第三章の八 お正月

「あけましておめでとう」


 かなでの声が響く。結人ゆいとの家で合流した奏とあずさ、そして結人が新年の挨拶をしていた。




 黄泉の国から奏が帰ってきてから数日で、もう元旦になっていた。冬休みも残り少ない。

 あの後、あずさは結人の家に行き、動いている奏を見ては大号泣してしまった。


「奏っ!」


 ぱたぱたと走り寄ると、奏はいつもの優しい笑顔を浮かべていた。


「凄い! 動いてる! あったかい!」


 あずさは奏に抱きつくとそう叫び、込み上げて来るものを抑えきれずにわんわんと泣いてしまった。奏はそんなあずさの背中をさすりながら微笑んでいた。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 結人の言葉に奏はにっこりと微笑みながら返した。

 こうして、奏は黄泉の国から現世へと戻ることが出来たのだった。身体の調子も悪くない。

 奏が帰宅後、守護霊の老婆が現れて言った。


「全く、悪運の強い子だね。私の仕事がまた増えたじゃないか」


 その声は優しく、奏を歓迎しているものだった。奏は、


「また、お世話になります」


 そう言って守護霊の老婆にお辞儀をした。


 そして今日は元旦。

 あずさの提案で、三人は神社に初詣に行くことになっていた。あずさはご機嫌な様子で今にも鼻歌を歌いだしそうな様子だ。


「神の加護を受けているのに、初詣、ですか」


 結人は半ば呆れている。


「こういうのは礼儀なの! しっかりご挨拶しておかなきゃ!」


 あずさはそう主張すると、初詣の長い行列に並ぶ。


「何をお願いしようかなぁ~」


 あずさは終始ご機嫌だ。


「直接お願いしたらいいじゃないですか」


 結人は言うが、あずさはそれを無視する。


「奏は何をお願いするの?」

「そうねぇ~」


 奏は少し考えてから口を開く。


「今まで通り、楽しく日々が送れるように、かしら」


 にっこり微笑んで言われ、あずさもにこにこと返す。


「奏らしい」


 そんな話をしていると、奏たちの番になった。

 三人はお賽銭を投げると、お辞儀をし、鈴(すず)緒(お)を振り、拍手をしてお参りをする。


「奏! 結人! おみくじ!」


 あずさははしゃぎながら言う。結人は完全に呆れ返っていた。そんな結人の様子に苦笑しながら、奏はおみくじを引くのだった。


「どうだったっ?」


 あずさに言われ、三人はそれぞれのおみくじを見せ合う。

 奏は中吉、あずさは大吉、そして結人は吉と出ていた。


「みんな今年もいい年になるね!」


 あずさは明るく言う。

 まだ日も高い時分だったが、奏たちは人ごみを掻き分けて神社を後にする。これからツクヨミの元へ向かうのだ。

 人ごみから離れ、人通りの少なくなった所でヤタガラスが舞い降りる。三人はヤタガラスを追いかけながら、ツクヨミのいるほこらへと向かったのだった。

 ほこらに辿り着くと、ツクヨミが白い息を吐きながら待っていてくれた。


「あけましておめでとうございます!」


 あずさが元気良く挨拶する。その元気さにツクヨミは微苦笑しながら、おめでとう、と返すのだった。


「あけましておめでとうございます」


 奏と結人もそれぞれツクヨミに挨拶をする。ツクヨミは奏の姿を見ると、


「身体の方はどうだい?」

「お陰様ですっかり良くなっています」

「それは良かった」


 奏の答えにツクヨミは微笑んだ。


「さっき神社でおみくじを引いたのよ!」


 あずさはツクヨミに言う。


「へぇ~。何が出たんだい?」

「大吉!」


 あずさは、どうだ、と言わんばかりに胸を張って言う。ツクヨミは良かったね、と言ってあずさの頭をぽんぽんとする。


「これから、橋姫にも挨拶に行くの!」


 あずさの言葉にツクヨミは、いいねと言った。


「是非会っておあげ」

「うん!」


 そして三人とツクヨミは他愛無い世間話を少しする。あの後、イザナギは高天原たかまがはらでいつも通り過ごしていることや、アマテラスはこの時期、忙しそうにしていることを話した。


「アマテラス、忙しいの?」

「そうだね。願いごとが殺到する時期だからね」


 ツクヨミは涼しげな顔で答える。なるほど、元旦から三が日にかけてアマテラスは一年でいちばん忙しい時期になるのだろう。

 まだまだ話していたかったのだが、橋姫にも会っておきたい三人は、きりの良いところでツクヨミのほこらを後にするのだった。




 ツクヨミのほこらを後にした三人はその足で川のたもとへと来ていた。


「橋姫ー!」


 あずさが叫ぶと、柳の木の下にぼうっと人影が浮かび上がる。片腕の無い美女は微笑みながら立っていた。


「あけましておめでとう! 橋姫」


 あずさは元気に挨拶をする。橋姫も笑顔でそれに答えた。


「あずささんは元旦から元気ですね」

「もちろん!」


 あずさは無邪気に笑っていた。奏と結人はそんなあずさを眺めていた。


「橋姫、あのね。さっきおみくじ引いたの!」


 ほら、と言ってあずさはおみくじを橋姫に見せる。橋姫はそれをまじまじと見つめて言う。


「あら、恋愛運が運命の人が近くにいる、ですって。もしかして奏さんのことかしら?」


 いたずらっぽく言う橋姫に、あずさの顔が赤くなる。


「あら? あらあらあら?」


 橋姫は顔が赤くなって俯くあずさの顔を覗き込む。


「か、奏は、関係ないよ……」


 あずさはそれだけを言うのが精一杯だった。橋姫はこれ以上は可哀想だと思い、触れなかった。そんな光景を見ていた奏が声をかける。


「何だか楽しそうね。何のお話をしていたのかしら?」

「たっ、楽しくない! 奏には関係ない話だから! 大丈夫だから!」


 あずさは驚いて何を口走っているのか自分でも分からなかった。ぶんぶんと頭を振りながら言う。


「あら、関係ない話だなんて、傷つくわ~」


 奏がしくしくと泣き真似をすると、あずさは焦ったようにあわあわとなる。その様子を橋姫はおかしそうにくすくすと笑いながら見守っていた。

 結人はそんな光景を無表情に見つめていたのだった。


 こうして賑やかな元旦が過ぎていった。

 何事もなく冬休みは終わっていき、あずさと結人は冬休みの宿題に追われる日々が始まるのだった。

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