第三章の六 黄泉の国②
じゅうぅぅ……。
「痛い!」
三途の川の水は、生者であるあずさを拒むかのように立ちふさがっていた。足を踏み入れた瞬間に肉が焦げる臭いがする。あずさの足が少し溶けたのだ。
見た感じは浅い川だ、駆け抜けようと思えば駆け抜けられそうなのだが、その強烈な痛みに一歩足を踏み入れただけで音を上げそうになる。
「でも……!」
あずさは気合いを入れる。駆け抜けるつもりでいるのだ。
「馬鹿ですか……?」
結人は呆れたように口を開く。
「だって、駆け抜けるしか方法がないもの」
「では……」
結人はそう言うとあずさを抱きかかえる。
「ちょっと? 結人、何してるのっ?」
抱きかかえられたあずさは驚きを隠せずにいた。
「何のために僕がいるのか、忘れないでください」
結人はそう言うと、風のような速さで川を渡る。じゅうじゅうと肉の焼けるにおいが充満するが、結人の顔は涼しげであっという間に川を渡る。
「これで、第一関門は突破、ですね」
「大丈夫なの?」
あずさは結人の足を見やる。そこには大した傷は残っていないように見えた。
「これくらい、大丈夫ですよ」
結人は涼しげな顔のまま言う。
無事に
「何、この臭い……」
「死臭、ですね」
あずさの問いに答えたのは結人だった。奥へと突き進むにつれて、その死臭は酷くなっていく。堪らなくなったあずさは、結人から受け取った天狗の団扇を取り出し呟いた。
「風よ」
するとあずさと結人の周りに風が生まれる。停滞していた空気が動き出し、重くのしかかっていた死臭もまた
風を纏った二人がどんどんと奥へと進む。
二人が眼前に目をやると、今まさに
「奏っ! ダメっ!」
奏は差し出された果実を、口にしようとしていた。その瞬間。
「奏っ! ダメっ!」
聞きなれたあずさの声に、奏は弾かれたように声のした方を見やる。
「あずさ、ちゃん……?」
声のする方を見ると、あずさと、その傍らに結人の姿まで見える。
「これは、夢?」
混乱する奏に対し、奏の傍にいたフードの女がちっ、と舌打ちをした。その瞬間、今まで奏を包んでいた白の世界が一変する。
奏はでこぼことした洞窟のような場所に立っている。手にしていたおいしそうな果実もどろりとした腐った果実へと変わっていく。
「きゃぁ! 何これっ!」
奏は寸でのところでその果実を口にすることなく、取りこぼしていた。
「どうしてあずさちゃんたちが、こんな所に?」
「迎えに来たんだよ!」
「迎え……?」
奏にはいまいちピンと来ない。あずさはそんな奏の傍に立っている女に声をかけた。
「
そこから現れた顔は、腐っていて片目の窪みにはウジが湧いている。奏は驚いて
「生きた人間がここに来るなど、久方ぶりだな」
「死者は蘇らない。この男は死んだのだ。
「
「ほぅ……」
あずさの叫びに、
「そこまでして、何故この男にこだわる?」
しかし、その次にははっきりとした声で答えた。
「仲間だからです!」
そう、あずさにとって奏は、今年の夏から始まった神々との生活の中、一緒に苦楽を共にした仲間なのだ。奏の知識に助けられた。奏の言葉に勇気を貰った。奏がいたから、出来たことだってある。
「だから、私の大事な仲間だから、だから、返してください!」
あずさの絶叫に、
「そこまで言うのなら、その仲間とやらとの絆を見せてもらいたいものだな」
少し小ばかにしたような言い方に、あずさはどうすれば良いかと尋ねる。
「そうだな、ある男をここに連れてきて欲しい」
「ある男?」
あずさの疑問に答えることはなく、
「三日以内に連れて来い。さもなくば、
「分かりました。三日ですね」
あずさは答えた。
「約束、破ったりしませんよね」
あずさの念押しに、
「あずさちゃん……」
奏は一連のあずさの気持ちに感極まる気持ちだった。自分にも何かできることがないだろうか。
「
奏の申し出に、
「良かろう。ただし、三日後、ある男を連れてこられなければ、お前は
重い言葉に、奏は分かりました、と答えた。
こうして、あずさは
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