第三章の五 過去
「何、ここ……?」
奏はどこが前でどこが後ろなのか分からない真っ白な世界の中を歩いていく。自分が信じた前を見て進んでいると、遥かかなたに真っ赤な鳥居の群れが見えた。その鳥居は千本鳥居の様に真っ直ぐ伸びている。
奏は何が起きているのか分からないまま、その鳥居へと近付いていった。
するとそこで鳥居の下に誰かの姿を認める。
「誰……?」
奏の質問には答えないその人物は、深くフードを被っている。全身が灰色のポンチョのような物で隠れていた。
その人物は黙って鳥居の奥を指差していた。
「これをくぐれって言うの?」
奏の言葉に、その人物はこくんと頷いた。
禍々しさも、神聖さも感じられない、ただの鳥居の様に見えるその列に、奏は一歩足を踏み入れた。すると世界が白から色を取り戻す。
「何? これ」
奏の周りの景色が歪み、生まれたての赤ん坊とその両親の絵が浮かび上がった。
「父さんと、母さん……?」
その両親は、奏の両親だった。
「じゃあ、その赤ん坊は……、アタシなのかしら?」
赤ん坊を抱いた両親はとても幸せそうに微笑んでいた。それは奏が歓迎されていることを意味していた。
その景色を見つめていた奏は、思わず歩みを止めていた。
するとまた景色が歪み始める。
「え? 何?」
今度は三歳頃の奏の姿が浮かび上がった。その奏の目の前には、血まみれの少年の姿があった。幼い奏はその少年を恐れるでもなく、一緒に遊んでいるようだった。
「やだ、この頃のアタシ、見えていたのね」
一緒に遊んでいる奏の傍には、見慣れた老婆の姿があった。守護霊の老婆は幼い奏と血まみれの少年を温かい目で見守っている。
何日か幼い奏はその血まみれの少年と遊んでいた。しかしいつしかその少年は現れなくなってしまった。幼い奏はきょろきょろと周りを見渡している。ぱたぱたと走り、辺りを探しているようだった。だがそこに少年の姿は見当たらなかった。
守護霊の老婆はそんな奏の頭を軽くぽんぽんと叩いた。幼い奏はそこで少年が自分の知らない世界へと旅立ったのだと理解したようだった。
さて、奏は幼い頃そのような子供だったため、周りからは奇異な目で見られることが多くあった。
白いもやを見てしまった四歳の頃は、幼稚園ではイジメにあっていたほどだった。
「思い出したくなかったわね……」
世界が歪んで、また新たな世界を構築する。その時に幼い奏は子供たちから指をさされ、笑われていた。
幼い奏が泣きながら母親の胸にすがる。母親は優しく微笑みながら、奏の背中をぽんぽんと叩く。不思議とその行為をされると落ち着く奏がいた。
「気持ち悪いって、言われていたのよね」
奏はその光景を見ながら思い出したように呟いていた。映像からは音声が一切流れていない。ただただ淡々と映像が流れているのみだった。映像は奏の幼稚園での出来事を映し出していた。
幼稚園での奏は、もう『見る』ことが出来なくなっていた。しかし感じることが出来る奏は、小さな隅にいる何者かを感じていた。そこをじっと見つめている。周りの子供たちはそんな奏を不気味がっていた。
小学生にあがった頃、イジメはエスカレートしていた。
奏は一人でいることが多くなっていたが、たまたま級友に声をかけられる。それは遊びの誘いだった。
奏は嬉しくなって、待ち合わせ時間よりも早くに待ち合わせ場所とされていた公園へと到着する。しかしその日、その場には誰も現れなかった。
そんな日が何日か続いたある日、奏は不思議な黒猫と出会うのだった。
奏のいる世界はどんどんと歪んでは、奏本人が忘れていた過去を次々と映し出していた。奏は中学までイジメを受けていた。
その理由はやはり、気味が悪い、と言うものが大半だった。中学の頃になると、肝試しをすることが流行っていた。奏はその肝試しにいく級友たちを止めていた。本当に危険な場所が中にはあると感じていたからだ。
しかしその言葉に耳を傾ける級友は少なく、ほとんどの級友は次々と肝試しに行くのだった。奏が声をかけたグループは、多かれ少なかれ、心霊体験をしていた。そのことがますます奏が気味の悪い存在になる原因となっていったのだった。
奏は段々と話さなくなった。口数も少なく、人見知りをするようになっていった。
誰も自分の言葉を信用してくれない。
信用するどころか馬鹿にされてしまう。
だったら、最初から言葉を飲み込んで、彼らに降りかかる災難を見て見ぬふりをするしかないだろう。
そう考えていた。
しかしそんな自分が嫌に感じることも少なくなかった。
もっと言葉に力が欲しい。
そう願うことも多く、奏は高校にあがる際に一大決心をすることとなった。
今までの自分はもう捨ててしまおう。
性別も、何もかも関係ない。
自分を表現出来る術を探さなくては。
そう思った奏は、高校に入る頃に今の話し方へと変わっていた。昔の奏を知っていた級友は、その変わりように驚いているようだったが、奏は無心になってその級友たちの言葉を気にしないようつとめていた。
そんな風に自分をがらっと変えた奏は、高校生になると不思議なオネェキャラとして男女共から人気を得ることとなる。
幸運にも、奏の外見は悪くはなかった。
中性的な端整な顔立ちに、そのキャラクターはギャップがあり、周りから注目を浴びるのに十分だったのだ。
肝試しへと向かう友人たちへ、奏は何度も忠告をした。
気軽にそのような場所へと行ってはいけない、と。
奏の不思議な力を信じる友人も多く出来た。だから奏は今のキャラク ターになったことを後悔していない。
試行錯誤して出来上がったキャラクターだったが、それを演じているうちに本当の自分をさらけ出すことも出来るようになっていった。
友人たちとの距離も縮まり、奏は十分に幸せな高校生活を送ることが出来たのだった。
映像はそこで突如としてまたもや乱れてしまう。
「今度は何?」
奏の言葉に反応するかのように、映像が映し出された。それは、奏の
「あずさ、ちゃん……?」
奏にはあずさが何故泣き崩れているのか分からない。傍に立っている
他にも橋姫と
あずさは奏に向かって何かを叫んでいた。しかし何を叫んでいるのか、映像から音が出ていない奏には分からない。
「あずさちゃん、泣かないで……」
奏の胸がちくりと痛んだ。
そうか、自分は
疑問に思っているとまた世界が歪んでいく。今度はどんな映像が映し出されるのだろうかと身構えていた奏だったが、映し出されたのは入った時と同様の千本鳥居だった。
「ここで立ち止まっていてもしょうがないわね」
奏は千本鳥居の奥を目指して再び歩みを開始する。頭の中に思い出されるのは、あずさの泣き叫んでいる顔だった。
「ごめんなさいね……」
奏はぼそりと呟く。
どれだけ歩いただろうか、ようやく鳥居の終着点が見えてきた。
最後の鳥居には、最初の時と同様にフードを目深に被った女の姿があった。
女はすっと何か果実のようなものを奏に差し出してくる。
「これは……?」
奏の当然の疑問に、その女は全く答える気配がない。奏はその果実をゆっくりと受け取る。
「これを、食べろと言うの?」
女は白の世界をバックに、こくんと頷いたのだった。
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