第三章の四 牛鬼再び①
人間界に戻った三人は、ゆっくりと山を降りた。これで
「何かあったら、必ず神様に助けを求めるのよ?」
奏の念押しに、あずさは大丈夫! と明るく答えていた。それから結人と別れ、奏は一人、帰路についていたのだった。
その途中で、聞き覚えのある羽音を奏は耳にした。奏は身構えて上を見上げる。するとそこには見知った
「人間ごときが、さっきはよくもやってくれたな」
「出たな、守護霊」
「くそ!」
「それは……!」
「食らいなさい!」
「馬鹿者! やめろ!」
守護霊の老婆の制止を聞かずに、奏は聖水を
「うわぁぁぁ!」
「人間ごときが……、必ず、殺してやるからな……」
「やったの……?」
奏の呟きに、守護霊が語気を強めて言う。
「この大馬鹿者が!」
「え?」
その声を最後に、奏の意識が朦朧とする。
「何、これ……?」
奏の呟きに守護霊の老婆はただただ悔しそうに奏を見つめているだけだった。
奏は重たい身体を引きずりながら、何とか自宅へと帰宅したものの、そのまま玄関先で倒れてしまった。かなり調子が悪い。が、聖水は全て
奏は気のせいだと自分に言い聞かせると自室にあるベッドへと倒れこんで深く眠りについた。
それから数日、奏は寝込んでいた。
自分の身体ではないかのような、泥に浸かっているような、どんよりとした体調が続き、外出はおろか、ベッドから起き上がることも困難な有様だ。
数日間姿を見せなかった奏を心配し、あずさが奏にメールを送っていた。そして今日、あずさが結人と一緒に見舞いに来ることになっていた。
ピンポーン。
家のチャイムが鳴る。
奏は重たい身体を文字通り引きずって玄関へと二人を迎えに行くのだった。
「いらっしゃい、二人とも」
玄関から出てきた奏を見たあずさは驚きを隠せなかった。
「奏、顔色かなり悪いよ!」
二人は急いで奏を部屋のベッドへと寝かせる。
「
あずさはすぐに橋姫の名を呼ぶ。するとあずさの隣にぼうぅっと橋姫のシルエットが浮かんだ。
「どうしましたか? あずささん」
橋姫があずさに向き直り口を開いた。
「奏に、また聖水を渡してあげて欲しいの」
あずさに言われた橋姫はちらりと奏の様子を
「ありがとう、橋姫」
奏は顔面蒼白のままその瓶を受け取り、飲み干した。すると身体から鉛のような重さが取れ、この数日間が嘘のように身体が楽になる。
「橋姫の聖水は凄いわね」
奏は笑顔で橋姫に言うが、橋姫は何も言わなかった。
「で、何があったの?」
あずさはようやく本題に入ることができた。奏は数日前の出来事を話す。帰宅途中に
話を聞き終えたあずさは、呆然としていた。そして結人はきりりと自分の爪を噛んでいた。
「でももう大丈夫よ。橋姫のお陰で、元気になれたもの」
奏の言葉を聞いてあずさは安心したようだった。改めて橋姫にお礼を言うあずさだったが、橋姫は何も言わずにその場から姿を消したのだった。
三人になったことで、あずさは奏に、外へ出ないかと提案した。
「ずっと寝たきりだったんでしょ? 外の空気吸わなきゃ!」
その言葉で奏たちは外出することが決まった。奏が着替えをしている間、あずさと結人は外で待っていた。着替えを済ませた奏が出てくる。
「お待たせ」
そして三人は人通りの少ない田んぼのあぜ道を歩いていた。散歩にはうってつけの場所なのだ。夏場は賑やかだった田んぼも、この季節はさびれて、なんだか少し物悲しい雰囲気になっている。
「久しぶりの外の空気はどう? 奏」
「気持ちいいわ」
あずさの問い掛けに笑顔で返す奏。これでもう奏の体調は万全だと思っていた。
そんな時だった。
空から聞き覚えのある羽音が聞こえてきた。上空を見上げるとやはりそこには
「
「おやおや、お揃いで」
「そこの人間、そろそろ死ぬだろう? それを見に来たんですよ」
「奏は死なないわ! さっき橋姫に聖水を貰ったばかりだもの!」
あずさは叫んだが、
「何、これ……」
あまりの急な体調の変化に、奏がついていけない。
「奏、どうしたのっ?」
傍にいたあずさが慌てる。
「大丈夫、よ……」
力なく微笑む奏の姿が痛々しい。そこへ奏の守護霊が姿を現した。
「もう、長くはないよ」
その声は忌々しげに
「え? どういうことですか?」
「コイツは、
守護霊の老婆が言う。
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