第三章の三 神の加護②

「あずさちゃん、凄いわね! あの天照大神あまてらすおおみかみ相手でも動じないなんて」


 奏は感服した様子であずさに言う。あずさは、一度会っていたからね、と答えた。


「アマテラスにお目通しが叶うなんて、よっぽどのことですよ、あずさ」


 結人が驚いたように言う。あずさは、ん~と唸ると、


「色々あったんだよ。夏にね」


 と言うだけだった。結人はあずさが何故アマテラスと面識があったのかを知らない。とにかく夏に何かがあった、と言うことしか分からなかった。

 そもそも、アマテラスとツクヨミは仲が悪かったはずだ。アマテラスはツクヨミの顔など見たくない、とそう思っていると結人は思っていた。しかし、二柱の様子はそんなことはないように見えた。きっとその辺りであずさが絡んでいるのだろう、と結人はあたりをつけていた。


「さてと、武甕槌命たけみかづちのみことのところ、行く?」


 ツクヨミの言葉に、あずさが言う。


「どんな神様だったっけ……」

「あずさちゃん、結人くんに襲われたとき、雷と一緒に来てくださった神様よ」

「あぁ、結人がビビッてた」

「ビビッてた、は余計です」


 結人は端整な顔をふくれっ面にして反論していた。あずさはしばらく考えたのち、せっかくのアマテラスの紹介なのだから、と会いに行くことにした。

 武甕槌命たけみかづちのみことの家は、アマテラスの家のように豪奢ではなかった。質素な高床式の建物に住んでいると言う。あずさは思い切って、その扉をノックした。


「誰だ」


 中からくぐもった声が聞こえてくる。


「ツクヨミだよ」


 それに答えたのはツクヨミだった。中から盛大なため息が聞こえてくる。そして、


「入れ」


 短く言われて、一同は武甕槌命たけみかづちのみことの部屋の中へと入っていくのだった。

 武甕槌命たけみかづちのみことは呆れたような顔でツクヨミたちを迎え入れていた。


「ツクヨミが人間と来た、と言うことは、何かまた面倒ごとなのだろう?」


 どうやら、武甕槌命たけみかづちのみことには、今回の訪問が歓迎されるような内容ではないことが明白だったようだ。逆立てた赤い髪やそれに似合った細い目がさらに胡乱気うろんげに細められている。


「人間の傍にいるのは、いつぞやの野狐やこではないか?」


 武甕槌命たけみかづちのみことの疑問に結人は少し身構えてしまう。しかしここは高天原たかまがはら。ここで何か問題を起こすわけにはいかない。結人は少し身構えたまま無言だった。


野狐やこが神格を得た、か……」


 武甕槌命たけみかづちのみことは独りごちる。その言葉はあずさたちの元へは届かなかった。


「して、人間よ。こんなところまで来て一体何用だ? ツクヨミが私に用があるわけではないのだろう?」


 武甕槌命たけみかづちのみことは面倒くさそうにあずさを見やった。その細い瞳に射抜かれ、あずさは一瞬すくむ足を叱咤しったする。さすがは武道を司る神である。その体躯もほどよい筋肉質で、高い身長からその細い赤い目で見下ろされると誰もが萎縮してしまうものだ。


「け、契約をお願いしたくて参りました……」


 あずさは武甕槌命たけみかづちのみことへと告げた。それを聞いた武甕槌命たけみかづちのみことは深く嘆息する。


「やはり、その件だったか……」


 面倒そうに言う武甕槌命たけみかづちのみことだったが、


「アマテラスから連絡が来ていた。アイツに言われちゃ、断れねぇよ」


 そう言って席を立つ。あずさは驚きの視線を武甕槌命たけみかづちのみことへとやる。そうしている間に、武甕槌命たけみかづちのみことは何事かを呟き、軽くあずさの額へとキスをした。


「これで良いのだろう? 全く、人間はすぐに面倒ごとに巻き込まれるのだな」


 呆れ気味に言う武甕槌命たけみかづちのみことへ、あずさは先ほどキスされた額を押さえながらお礼を言った。


「ありがとうございます!」

「もう用は済んだだろう? さっさと人間界へ戻れ」


 武甕槌命たけみかづちのみことに面倒そうに言われ、あずさたちは失礼します、と一礼すると部屋を後にするのだった。


「これでいいかな? あずさ」


 ツクヨミはにっこり微笑みながら言う。あずさも微笑みながら、ありがとう、と口にする。

 こうして、あずさは神々と契約を結んだ。これで牛鬼ぎゅうきから団扇うちわを取り返す算段はついたことになる。

 あずさたちはヤタガラスに導かれて、人間界へと帰っていくのだった。

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