第三章の一 冬休み②

「外見の特徴としては、背が高く、長い髪で、耳まで裂けた口を持っているとか」


 結人の言葉に奏はなるほど、と頷いてみせる。確かに先ほどの仲居は女性にしては背が高かったように思える。しかし中腰だったのかあまり違和感はなかった。

 二人はそんな会話をしながら風呂からあがるのだった。




 部屋に戻ってゆっくりしていると、あずさが血相を変えて奏たちの部屋へと飛び込んできた。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「ないの!」

「え?」

「太郎坊から貰った団扇うちわがなくなってるの!」


 あずさの必死の訴えに、二人は驚きを隠せない。


「本当に団扇うちわは持って来てたんですか」


 結人があずさに尋ねると、あずさは口を尖らせて言った。


「当たり前じゃない! アンタみたいな得体の知れない人が一緒なのよ? 絶対持って来た!」

「得体の知れないって、心外ですね」


 結人は苦笑いを浮かべて答える。


「あずさちゃん、どういうことか順を追って説明してくれる?」


 奏の言葉に、あずさは一呼吸置くと説明を始めた。

 鞄の中に入れていた団扇うちわが、風呂から出たらなくなっていたこと。金銭は無事であったこと。


「それは確かなことなのね?」

「うん」


 奏の言葉にあずさは力強く頷いた。とりあえず奏たちはあずさの部屋に向かうことにした。

 部屋に入った奏と結人は高い場所を中心に団扇うちわを探した。しかし見付かる気配が一向にない。


「何故金庫に入れておかなかったのです?」


 素朴な結人の疑問に、あずさは、アンタ以外誰があんな団扇うちわ欲しがるのよ、と答えた。それを受けて結人ははぁ~と深いため息を漏らした。


「こうなってくると、いよいよあずさちゃんの言っていた山姥やまんば説も怪しくなってくるわね」


 奏はそう言う。結人は眉間みけんに皺を寄せながら、


「是が非でも団扇うちわは返してもらわないと困りますね」

「本物の山姥やまんばなら、夜、あずさちゃんを食べに来るかもしれないわね」

「そうですね」


 奏と結人はん~、と唸る。

 団扇うちわを持っていないあずさは何の力もない人間と一緒である。二人は夜、あずさの部屋に潜んで、山姥やまんばの出方を見ることにした。




 夕飯の時間になった。

 あずさは奏たちの部屋に行き、夕飯に舌鼓を打っていた。


「ん~、おいしい!」


 色とりどりの小鉢に、季節の野菜、天ぷら、煮物、おひたし等、山の幸、海の幸が勢ぞろいだ。味も悪くなく、多すぎず、少なすぎない豪華な料理はあずさの舌を幸せにしていた。しかし。


「もう! 二人とも、せっかくのおいしい夕食なのに凄く暗い!」


 そうなのだ。

 奏と結人はあずさのように無邪気に夕飯を楽しむことが出来ずにいた。


「そりゃ、獲物を横取りされちゃ、うかうか夕飯なんて言ってられませんよ」


 結人の少し棘のある言い方に、あずさはうっ、と言葉を詰まらせた。


「ごめんって……」

「あずさちゃんは悪くないわ。元々はアタシがここに泊まろうなんて言ったから……」


 奏は自分のせいで今回の件が起きたと思っているようだった。


「奏は悪くないの! 自己管理が出来てなかった私のせいなの!」

「全くその通りですね」

「結人は黙る!」


 あずさは結人をぎろりと睨みながら言う。

 それぞれの思いの中、夕飯の時間が終わっていく。あずさはもう一度お風呂に入ってくると言うと、席を立った。残された奏と結人は、夜どのようにして山姥(やまんば)を呼び出すのかを相談していた。


「確実にあずさちゃんを食べに来るとは限らないわよね」


 奏の言葉に、結人はいや、と言う。


山姥やまんばは必ず現れますよ。極上の餌を目の前にしているのですから」


 しかし、山姥やまんばが本当にあずさの団扇うちわを盗んだものなのかは怪しい。とにかく山姥やまんば本人に聞くしかなさそうだ。


「あずさちゃんの許可は貰ったから、部屋に潜んでいるしか出来ることはないみたいね」


 奏の言葉に結人は大きく頷いた。




 そして夜。

 あずさは打ち合わせどおりに部屋にいた。その部屋の押し入れの中には結人と奏がいる。あずさは何でもなかったかの様に眠るふりをしていた。

 そのままで深夜を回った頃。

 あずさの眠るふりは、深い寝息へと変わっていた。結人と奏は狭い押し入れの中でじっと息を殺して待っている。奏はこれで山姥やまんばが来なかったら、そう考えることがないわけではなかったが、同じ妖怪である結人が確信を持っている。その確信を信じて息を殺している。

 するとしばらくして、すっと部屋の扉が開いた。


「来ましたね」


 結人が小声で言う。奏は目を見張っていた。

 部屋に入ってきたのは髪の長い、背の高い老婆だった。風呂で結人が 言っていた外見にそっくりである。

 その老婆は片手に包丁を持っていた。


「こやつが極上の、神に見初みそめられた者、か……」


 老婆は恍惚に呟いている。

 結人が言うように、あずさは彼女にとって、極上の餌だったようだ。恍惚な表情のまま、山姥やまんばが包丁を振り下ろそうとしたその時。

 結人が押し入れのふすまを開けて飛び出した。


「これはこれは、極上の餌が三人も……」


 山姥やまんばに慌てた様子はない。


「餌になるのはどっちかな?」


 結人はにやりと笑った。奏はその隙にあずさの元へと駆け寄る。

 奏はあずさを抱きかかえるようにして起こすと、すぐに後方に下がって山姥やまんばと距離を取った。その隙に結人は野狐やこの姿へと変わる。


「狐、か」


 山姥やまんばは別段驚いた様子もなく、野狐やこの結人を見やる。一食触発の状態で、あずさは目をこすりながら目覚める。

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