第三章の一 冬休み①

 季節は進み、木枯らしが吹きすさぶ冬がやってきた。山々の緑はどこか暗く、夏とは違い茶色や赤などがまばらに散らばっている。遠くの山の山頂は薄っすらと雪を被っているようだ。低い雲が山を覆っている。

 そんな中、かなでとあずさはいつもの喫茶店にいた。その席には当然のように結人ゆいとも同席している。そんな中、奏はあずさに、


「冬休みは何か予定があるかしら?」

「お正月は家族で過ごすけど、それ以外は特に。何で?」


 あずさの答えに奏はにっこりと微笑んで言う。


「雪のある場所まで旅行に行かない?」

「雪っ! 行く行く!」


 あずさたちの住む地域では滅多に雪が降らなかった。ただただ寒い木枯らしが吹き荒れている。そのため多くの雪を目にすることは稀な経験だった。


「じゃあ決まりね!」


 奏が言うと、当然のように結人が口を出した。


「僕も行っていいですか?」

「いいわよ、みんなで行きましょう」


 こうして三人で冬休みに旅行に行くことが決まった。あずさは結人の同行を少し不満に思っているようだったが、最早口に出しても流されるだけなことは明白だったので我慢していた。




 そして待ちに待った旅行当日となった。

 新幹線を乗り継いで、やってきた場所は一面が雪景色だった。駐車場に長く停められている車には雪が覆いかぶさり、人が歩いていない場所にはくるぶしまでの雪が積もっている。


「うわぁ! 雪! 雪! 雪!」


 あずさは無邪気にはしゃいでいる。こんなに多くの雪を見るのは初めてのことだったようだ。奏はそんなあずさを微笑ましく眺めている。結人はと言うと、雪で興奮するようなことはなく、ただただ寒さに耐えているようだった。


「そんなつまらなそうな顔して、来なければ良かったのに」


 あずさはそんな結人に不満そうに言う。結人は苦笑いを浮かべる。


「寒さには強い方なんですけどね」


 真っ白な息を吐き出しながら結人は言う。


「向こうとはちょっと違う寒さだものね」


 奏の言葉に頷く結人。そして奏は、


「さぁさぁ、お宿へ招待するわ」


 そう言うと、近くのタクシーを手配して、目的の宿へと向かうのだった。




「ここよ」


 タクシーを走らせること三十分程。

 山の上にある大きな旅館へと辿り着いた。


「すごぉい……」


 あずさは開いた口がふさがらない。立派な建物に少し気圧されしているようだ。


「ここ、アタシの祖母の宿なのよ」


 奏はにっこり微笑みながら言う。その言葉にえっ、と二人は驚いていた。

 中へ入ると、


「いらっしゃいませ。倉田くらた様ですね」

「はい」


 中年の仲居に声をかけられる。奏を先頭に部屋へと案内された。


「そちらの女性の方のお部屋はお隣になります」


 仲居に言われ、あずさは隣の部屋へと荷物を置いてくる。そして奏の部屋へと戻ってくると、一緒に用意されていたお茶をすするのだった。


「ごゆっくり、おくつろぎください」


 仲居はそう言うと、そっと扉を閉めて出て行った。


「なんだか、さっきの仲居さん、不思議な感じがするわね」


 奏はあんな人、居たかしら? と疑問に思っているようだ。しばらく三人で談笑していると、部屋をノックする音が聞こえた。奏がどうぞ、と声をかけると、そこには一人の老婆の姿があった。


「あら、女将」


 奏が声をかけると、女将、と呼ばれた女性はにっこりと微笑む。その雰囲気は奏が纏っているものと良く似ていた。


「お世話になります、女将さん」


 そう言ったのは結人だった。


「まぁまぁ、元気な子たち」


 女将はにっこりと微笑んだまま言う。


「女将さんってことは、奏のお祖母様?」


 あずさの疑問に女将はそうですよ、と頷いてみせた。そして、


「奏、ちょっといいかしら」


 そう言って奏を呼び出しては、どこかへと消えていくのだった。




 呼ばれた奏が部屋に戻ると、二人はどうかしたのか? と尋ねてきた。


「いえね、お祖母様の宿で、度々宿泊客が行方不明になるらしいの。警察にも連絡はしているそうなんだけども、見付からないらしいのよ」

「まるで神隠しみたいな話ですね」


 結人の言葉に奏は頷いてみせた。何が原因なのかがはっきり分からないそうだ。


「もしかして、さっきの仲居さんが、山姥やまんばだったりして!」


 あずさがぽん、と手を打ち言う。


山姥やまんば、ですか?」

「そうそう! こういう深い山にいるって噂の!」


 結人の疑問にあずさは頷いて見せている。確かに、先ほどの仲居からは妙な気配を感じなかった訳ではない。

 しかし、証拠が何もない現状で、ことを荒立てることは出来ない。


「あずさちゃんの勘は馬鹿にはできないけれど……」

「そうですね、何せ、神に守護されている訳ですから」

「でも、証拠が全くないのよね」


 奏は困ったわ、と呟く。

 今はとにかく様子を見るしか手がなさそうだった。三人はとりあえず、温泉で旅の疲れを癒やすことにした。




 さて、男湯では奏と結人が温泉に浸かりながら話をしていた。


「奏さんは、山姥やまんばについて、どういう知識を持っているんですか」

「アタシ? そうねぇ、人里離れた山奥にいて、旅人をもてなすふりをして、食べてしまう妖怪、ってところかしら」

「なるほど」

「結人くんは?」

「僕ですか? 僕たちあやかしの世界では山姥やまんばは別名、鬼婆おにばばと呼ばれていますね」

鬼婆おにばば?」


 結人はそうです、と答える。しかしやっていることは山姥やまんばのそれと変わらないそうだ。旅人をもてなすふりをして、最後には食べてしまう。そういう妖怪として知られているらしい。

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