第二章の四 神無月/文化祭①
ツクヨミが出雲へと出向いた神無月がやってきた。
田んぼの稲は早いところだともう稲刈りが終わり、少し寂しい様相を呈(てい)している。外の風が少し涼しく、過ごしやすい日が続いていた。
そんな神無月のある日。
あずさは夏の暑い時期と同じ、アイスミルクティーを注文していた。奏はホットのブラックコーヒーだ。注文した飲み物が揃ったところで、奏が口を開いた。
「あずさちゃんからの呼び出しなんて、珍しいじゃない? どうかしたの?」
あずさはミルクティーのストローから口を離して言う。
「ちょっとね、色々あって……」
あずさは言う。天狗の里を後にしたあの日、橋姫に会いに行ったこと。そこで
「妙な気配?」
「うん。でも橋姫にもはっきりとは分からなかったみたい」
その話を聞いた奏は、前回会った結人の様子を思い出した。
「そうね、この前会った時の結人くんの印象は、不思議な子って感じだったものね」
「奏もそう思った?」
「えぇ」
「でもあの後から警戒して吉田くんと接していたんだけどね、何もないの」
あずさは続けた。学校では極力必要最低限のこと以外で結人に接することはないことを。それでも結人の態度は変わらない。いつもニコニコとしていて、あずさ自身警戒しているのが、もしかしたら馬鹿みたいなのではないかって思えてくるのも確かだと言う。今後結人に対してどう接していけばいいのか、それを奏に相談したかったのだ。
「そうねぇ……」
奏は秀麗な眉を
「まがりなりにも神様からの忠告なのよね? だったら、あずさちゃんは警戒を緩めるべきではないと思うのよ。これまで通り、あたり障りなく接して、誤魔化していくのがいいんじゃないかしら?」
「そっかぁ……」
「疲れると思うけれど、神様の忠告を
「そうだよね」
橋姫は善意で忠告してくれたのだ。それを無視することはやはり出来ない。あずさはストローを口に含みながら言った。
「頑張ってみる」
そしてミルクティーを飲んでいるあずさは、突然あ、と声を出して鞄の中を漁っている。奏は何事かとそんなあずさの様子を
「文化祭……?」
あずさが取り出したのは、今月行われる予定の学校での文化祭のチラシだった。
「男女逆転喫茶店をやることになったの。奏も来てくれるでしょ?」
「まぁ、誘ってくれるの? ありがとう、絶対に行くわ」
奏はにっこり笑って答えた。それにしても男女逆転喫茶店とはどういったものだろうか。奏はあずさに質問するが、あずさはそのままの意味だよ、と言ったきり、答えてはくれなかった。分からなかったら、実際に来て確かめて欲しいと言うことだろう。
奏は手帳に文化祭の日付をメモすると、楽しみにしているわ、とあずさに返した。
それから二人は、久々に会ったこともあり何気ない話題で盛り上がっていた。気付けば外は真っ暗だ。
「あら、つるべ落としね。日が落ちるのが早くなってるわ」
「ホントだ」
外を確認した二人は、喫茶店を後にする。
奏はあずさを家まで送ると、その足で橋姫のいる橋へと向かっていた。
確か留守神として橋姫は残っているとあずさが言っていた。奏は橋姫へ会いに来たのだった。
「橋姫、いるかしら?」
「はい」
奏の問いかけに、暗闇から片腕の無い美女が姿を現す。橋姫だ。奏は橋姫のいる柳の木の傍に腰を下ろした。
「あずさちゃんから聞いたわ。あずさちゃんのクラスメイトから妙な気配を感じるって」
奏は単刀直入に聞いた。
橋姫は最初は何のことなのか分かっていなかった様だったが、すぐに思い出したようで、あぁと声をあげた。
「あの転校生の子ですね」
橋姫の言葉に奏は頷く。その転校生から感じる妙な気配とは、具体的にどう言ったものなのかを聞いているのだった。
「そうですね。獣、でしょうか」
「獣?」
「人ではあらざるもの。獣。そのような印象を受けました」
「そうなの……」
奏は腕組みをしてん~、と唸っている。
「ごめんなさい。余り良く分からないんです、本当に」
「いいえ、大丈夫よ、ありがとう、橋姫」
その言葉を聞いた橋姫はすーっと姿を消していった。奏はそのまま座り、聞こえてくる鈴虫の音色に耳を傾けながら何やら思案していた。
橋姫の話だと『獣』と言うことだ。つまり結人は人間ではない……?
その時、
『聞き分けの良いヤツばかりが妖怪じゃない』
妖怪の世界で何かが起きていると言うことだろうか。結人は獣の妖怪、と言ったところか。
奏は暗い川を眺めながら考えていたが、やはり考えても
そして文化祭当日。
奏はあずさのクラスへと向かっていた。校内は人で
「いらっしゃいませー!」
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