第二章の三 天狗の世界①
「道は開けておくって言ってくださってたけど、本当にこの道であってるのかしら……」
奏は額からの汗を拭うと息を切らしながら言う。
「奏、だらしないよ~」
一方のあずさは息も乱さずに山道をどんどん進んでいく。
「きっとこっち!」
あずさの勘を頼りに、山道を進んでいくと突然道が開け、大小様々な建物が目に入った。木造のその建物に出入りしている者は、皆一様に鼻が長く立派だった。顔がカラスのようになっているのは烏天狗だろうか。女性の天狗は皆美しく、背中に翼がなければおよそ天狗とは想像がつかない。
山を切り開いて作られているこの場所こそが、天狗の里で、天狗たちの住み処となっている。
「壮観ね……」
険しい山道の先に現れた天狗の里を見た奏は感嘆の息を漏らしていた。一方あずさは、きょろきょろと周りを見て周っている。そしてその里の丘の上に建っている一際大きな
「奏! あそこ! あそこに太郎坊がいると思うの!」
奏はあずさのその言葉を信じ、その建物へと足を向ける。あずさの勘は間違いなくこの天狗の里まで導いてくれた。きっとあずさ自身が知らない能力が何かあるのだろう。
道を進んでいる途中、すれ違う天狗たちからは人間が来ていると妙な視線を投げられる。が、あずさはお構いなしにずんずんと
そしてその建物の門の前までやってきた。
「たーのーもー!」
あずさは大きな声で門扉に向かって叫ぶ。すると小さな天狗が門の上からひょっこりと顔を出した。
「人間……?」
小天狗は不審な目をあずさたちへと向けている。
「怪しいものじゃないの!
あずさは説明する。
「
小天狗の問いかけにあずさはこくりと頷いてみせる。
小天狗はしばらく考えていたようだったが、分かったと一言言うと門扉を開けて奏たちを中へと案内してくれた。
中は広い庭があり、そこには池があり、池には小さな橋がかかっている。
「ここに
奏の問いかけに前を歩いている小天狗は振り返る。
「太郎坊様に用があるのか? 人間」
「そうよ。会いに来たの」
「太郎坊様のことで
「ん~、ちょっと、ね。太郎坊様はどんな方なの?」
奏の
「太郎坊様は本当に凄い方なんだ。小天狗の
小天狗は本当に太郎坊を尊敬しているようだった。
「太郎坊様はこちらにいらっしゃる。失礼の無いようにな」
小天狗は建物の奥へと奏たちを連れてくると、一際大きな扉の前でそう言った。
「太郎坊様、
「
中からくぐもった声が聞こえてきた。その後、ドタドタと大きな足音が近付き、大きな扉が開いた。
「入れ」
低く重い声が聞こえてきた。奏とあずさはその声に導かれるように部屋の中へと入っていく。部屋の中は暗く、声の主であろう太郎坊の姿はぼんやりとしか見えなかった。しかしその影からは立派な翼を持っている、大きな体躯であることは分かった。
「あなたが、太郎坊さん?」
あずさが尋ねると、太郎坊はいかにも、と答えた。
「どうしてこんなに暗い部屋に一人でいるのかしら?」
奏の言葉に太郎坊は少し驚いている。
「お主、男なのか?」
「あらいやだ、これが女に見える?」
奏はにっこり笑って答える。
「しかし、その言葉遣いは……」
太郎坊は丸い目を更に丸めて驚いている様子だった。奏は言う。
「話し方が気に入らなかったかしら? 大丈夫よ、アタシたち、あなたと話がしたかっただけなの」
太郎坊はまだ頭の整理がついていない様子だ。少し
「私に話がある、とはどういうことだ?」
太郎坊はさすがに大天狗と言うだけあり威厳に満ちた声で言う。しかし、最早数々の神々と交流を持ってしまった奏たちはその声に臆することはない。
「アナタがどんな人物なのか知りたくて」
奏が言うと太郎坊は少し耳をぴくっとさせる。奏はそれを目ざとく見つけ問う。
「聞かれちゃまずいことでもあるのかしら?」
「いや、ないが……」
妙に歯切れが悪い。まるで威厳があるように見せているだけのようだ。どうやら
「どうしてお部屋が真っ暗なの?」
あずさはきょとんとして尋ねる。尋ねられた太郎坊は少し狼狽しているようだ。何やら落ち着きが無い。
「こ、これは、こちらの方がより集中してお山を守れるからだ」
なんだか自分に納得させるような歯切れの悪い言い方だ。奏はじっと太郎坊の様子を
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