第二章の三 天狗の世界②
「じゃあ部屋からは出ないの?」
あずさは太郎坊の様子を知ってか知らずか質問を重ねる。太郎坊はますます落ち着きがなくなってきている。
「部屋からは……出ない。出てしまってはお山を守れなくなる」
明らかに虚勢を張っているように見える。ここであずさもおかしいと思ったのか、奏の顔を伺った。奏はふぅ、と息を吐き出すと、
「あなたのこと、他の天狗に聞いてもいいかしら?」
「いやっ! あのっ……」
「何か知られたら困ることでも?」
「ない、が……」
「じゃあ決まりね! 他の天狗たちに聞いてくるわ」
奏はこれで話は終わりだと言うように立ち上がる。あずさもそれに
「また遊びに来るわね」
奏はそれだけ言うと太郎坊の部屋を後にするのだった。
「ちょっといいかしら?」
「人間?」
「人間がいるぞ?」
パニックになりかける烏天狗たち。あずさはそんな烏天狗たちに言った。
「
「
「そうよ」
今度は奏が答えた。
「
奏とあずさは頷く。烏天狗たちは合点が行ったようだ。
「太郎坊のことを聞きたくて……」
太郎坊と言う言葉を聞いた途端、烏天狗たちはぎゃはは、と笑い出した。
「突然何?」
あずさが言う。しかし烏天狗たちのツボにはまってしまったのか、なかなか笑いを収めてはくれない。奏とあずさは辛抱強く彼らの笑いが収まるのを待った。
「すまぬ、すまぬ。太郎坊のことだったな……」
烏天狗の一匹がひぃひぃと呼吸も荒く言う。
「あやつは腑抜けよ」
他の烏天狗が言う。それを聞いた烏天狗たちは再びぎゃはぎゃはと笑っていた。
「ちょっと、腑抜けってどういう意味よ?」
奏が詰め寄る。
烏天狗たちは呼吸も荒く説明してくれた。ある日の夜、彼が部屋の明かりを
また、ある時は山で瞑想をしていた太郎坊だったが、烏天狗の立てた羽音に驚いて逃げるように山を後にしてしまった。
「あやつは、腑抜けておる。大天狗など名ばかりだ」
烏天狗はひぃひぃと笑いながら言った。
話を聞いたあずさと奏は何故太郎坊が部屋から出ないのか納得できた気がした。こんな噂話を部屋から出たら聞かされてしまうのだろう。自分を馬鹿にしている笑い声に耐えられなくなった太郎坊は部屋から出ずに引きこもりの様になってしまったということだ。
烏天狗たちはこの神からの使者が一体何をしに来たのかは聞かなかった。ただ久々の人間の客人に、部屋を一つ用意してくれた。
「お前たちが何をしたいのかなんて興味はないが、神からの遣いならば 丁重にもてなさねばならぬからな」
そう言って彼らは奏たちに部屋を用意し、出て行ってしまった。
二人きりになった奏とあずさは先ほど聞いた烏天狗たちの話をまとめていた。
「酷い話ね」
「会った時の太郎坊の様子が少しおかしかったのも、これが原因なのかな?」
「おそらくね」
奏の言葉にあずさは憤慨している。
「太郎坊じゃなくたって、あんなこと言われちゃ部屋から出たくなくなるよ!」
二人が出会ったときの太郎坊の
「おい、人間!」
二人がどうしたものかと思案している所に、先ほど太郎坊の部屋へと案内(あない)してくれた小天狗が現れた。
「あら、どうしたの?」
奏の問いかけに小天狗は言う。
「太郎坊様は偉大な方なのだ!」
二人の頭に疑問符が浮かぶ。どういう意味なのだろうか。
「太郎坊様は小天狗の時分、他の天狗を遥かに超える妖力を持っていたんだ。それを
天狗の武器である
「それでも、太郎坊様は負けなかった! 私のような小天狗にも優しく接してくださった!
きっと、太郎坊と言う名の重圧と今もまだ戦っているのだろう、と小天狗は言う。
「でもな、太郎坊様は絶対その重圧に勝って、また我々の前に優しい笑顔と共に帰ってきてくれるんだ!」
小天狗は強い口調で主張していた。奏はその姿を微笑ましく見つめていた。
「そうね。また優しい太郎坊様がみんなの前に出てこられるよう、アタシたちも頑張るわ」
奏の言葉に、小天狗は本当か? と興奮気味に言う。奏は絶対よ、と言うと小天狗の頭をぽんぽんと撫でた。
小天狗が部屋からいなくなるとあずさがぽかーんとして口を開いた。
「珍しい……」
「何が?」
奏は何故あずさが呆けているのか分からない。
「奏が『絶対』なんて単語を使うなんて思ってなかったから……」
「あら、そうかしら?」
「小天狗ちゃんとあんな約束するなんて思ってなかった」
あずさは
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