第二章の一 転校生

 暦は進み、九月に入った。

 夏休みを終えたあずさたち学生は、少し憂鬱ゆううつな気持ちで学校へと足を向けている。


みなと! おはよ~!」

「おはよ~!」

「聞いたわよ! 夏休みの間に年上のイケメン彼氏が出来た、って」


 あずさが教室の扉を開くと、少し日焼けしたクラスメイトたちがやってきた。彼女たちは少しからかい気味にあずさに声をかける。

 あずさは、そんなんじゃないんだから! と全力で否定するが、クラスメイトたちはニヤニヤ笑いをやめない。あずさは否定することに疲れてきて、もうクラスメイトたちの言葉をそのままにして席についた。

 予鈴がなる。

 久々に会ったクラスメイトたちも、一斉に自らの席へと戻っていく。


「みなさん、おはようございます」

「おはようございまーす」


 休み明けの先生は少し気だるそうに挨拶をした。


「今日は新しいお友達を紹介したいと思います。さぁ、入って」


 先生の呼びかけに応じるように、教室の扉が開いた。そこに立っていた新しいクラスメイトの姿に、女生徒たちは小さなため息をつく。

 その転校生の髪は真っ黒で少し毛先にクセがあった。一重瞼だと言うのにぱっちりした目にまっすぐな鼻梁びりょう。前髪は左側へと軽く流している。


「自己紹介して」


 先生に促されたこの美麗な転校生は、低く良く通る声で自己紹介をした。


吉田結人よしだゆいとです。よろしくお願いします」


 その声を聞いた女子生徒たちは感嘆の息を漏らす。


「吉田君の席はあそこだよ」


 そうして指し示された場所は、あずさの隣の空いている席だった。

 結人はゆっくりとその席へと向かい座ると、あずさに向けてにっこり微笑んだ。


「吉田結人です。よろしくね」

「あ、湊あずさです。よろしく」


 あずさは咄嗟に挨拶を返していた。




 休み時間になると結人の机の周りは人だかりが出来ていた。


「結人君はどこから来たの?」

「お家は近い?」

「好きな食べ物は?」


 などなど、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。結人はそれをにこにこと微笑みながら答えていっていた。


「ねぇねぇ、あずさ! ラッキーね!」

「何が?」

「結人君の隣の席じゃない!」


 あずさの友人たちはそう言うとうらやましそうにあずさを見つめる。


「あずささん」


 そこへ結人が声をかけてきた。


「はい」

「学校案内をお願いしてもいいかな?」

「え? 私?」

「うん、是非」


 にっこりと微笑む結人にあずさは面食らっていたが、転校生を無下むげにもできない。あずさは学校案内を買って出るのだった。




「ここが音楽室だよ」


 あずさは休み時間を用いて結人の案内をしていた。結人は終始にこにこしていた。二人が並んで歩く姿に、周りの生徒たちは自然と道を空けてしまう。人だかりが出来るでもなく、二人は学校内を歩いていた。


「音楽室と言えば、七不思議だよね」


 結人がふいに言った。あずさは不思議そうに結人の顔を見上げる。


「ほら、肖像画の目が動くとか。なかった? そういうの」


 にこにこと言われ、あずさはん~、としばらく考える。


「高校生になってからは、ないかな」

「そうなんだ」


 結人は少し残念そうに返した。

 実際、体育館での少女以外、学校内であずさは見ることがなかったのだ。七不思議の殆どが嘘、と言うことになる。


「次は理科室ね」


 あずさは淡々と案内を進めていった。




 その日の学校帰り。

 あずさはいつもの喫茶店へと入っていた。九月と言ってもまだまだ暑い。暑さから逃げるように喫茶店へと入ると、奥のボックス席に見慣れた奏(かなで)の姿を見つける。


「奏、おまたせ~」

「あら、あずさちゃん、いらっしゃーい」


 奏のにっこりと微笑む顔を見て、あずさはどこかほっとする。

 最近は神々からの依頼もなく、平和に日々を過ごしていた。たまに見えることがあるが、それらは悪さをしない小鬼たちだと奏から言われ安心していた。


「学校、お疲れ様。どうだった?」


 奏がにこにことしながら聞いてくる。

 あずさは座っていつものミルクティーを注文すると、


「転校生がやってきたの」


 と、出来事を話していた。その転校生は柔和にゅうわな物腰で、あっという間に女子生徒たちからの人気を得てしまったこと。その転校生の学校案内をあずさがしたこと、などを話した。

 そんな話をしていると喫茶店の扉が開く。反射的に目を向けると、


「あ、吉田くん……」


 くだんの転校生の姿があった。向こうもあずさに気付きゆっくりと笑顔で近付いてきた。


「あら、この子が転校生くん?」


 奏の問いかけにあずさはこくりと頷いた。


「はじめまして。僕、吉田結人って言います」


「あら、ご丁寧にどうも。アタシは倉田奏くらたかなでよ。せっかくだから一緒に飲まない?」

「いえ、僕ちょっとやることがあるので……」

「あら、残念」


 結人はあずさに、また明日と挨拶すると、別のボックス席へと向かったのだった。


「綺麗な子ねぇ、あずさちゃん」


 奏があずさに言うが、あずさはどこか冴えない顔をしていた。


「綺麗な顔なんだけど、なーんか嘘くさいんだよね」

「嘘くさい?」

「そう。なんだか作り物みたい。ずっとにこにこしてるけど、その笑顔も作り物みたいな感じがするの」


 あずさはじーっと結人の座った席を見つめながら言った。結人は何やらかばんから取り出すと、書き物を始めていた。


「そうなの。あずさちゃんがそう感じるのなら、何かあるのかもしれないわね、結人君には」


 奏はそう言うと、他に変わったことはなかったかをあずさに聞いていた。あずさと奏はそのまま取り留めの無い会話を続け、気付けば日が落ちていた。九月に入り、少しずつ日の入りが早くなっている。


「あら、もうこんな時間! あずさちゃん、送るわね」


 奏はそう言うと伝票を持って立ち上がった。

 帰り際に結人の傍に行く。


「結人くん、アタシたちそろそろおいとまするわね」


 急に声をかけられたと言うのに、結人は別段驚いた様子もなく、にこにこ顔でお気をつけて、と返すのだった。

 その態度に奏も少しの違和感を抱いていた。

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