第一章の四 『見える』弊害②

 そうして町中へと出た奏は、はぁはぁと肩で息をするのだった。


「情けないね」


 突然声が聞こえた。確認しなくても分かる、あの老婆のものだ。


「今度は話せるかい?」


 奏はこくんと頷くと、この不思議な老婆と共に近くの公園のベンチへと座った。

 桜の木の下にあるベンチは、木陰こかげになってはいるものの短い影では暑さをやわらげてはくれなかった。

 自身を守護霊と言う老婆は奏の隣に座った。


「色々聞きたいって顔をしているね」


 老婆は奏の顔を見上げて言う。奏は何から話したものか、と逡巡したのち口を開いた。


「さっきのアレは一体何だったのか、ご存知ですか?」

「あれは、報われない魂さ。執着心の塊だ。お前のように『見える』『聞こえる』人間を探している。食われちまったら、それまでさ」


 今までは『感じる』までにとどまっていた奏だったが、瓊瓊杵尊ににぎのみことによって本当に『見える』ようになってしまった。それ故、先ほどの男が望む人間になってしまった、と言うことだ。


「守護霊って仰いましたけど、僕とは一体どんな関係が……?」

「私はね、平安時代に生きた、あんたの先祖って言えば分かるかい?」

「平安時代……」


 予想よりも遠い時代の話だ。千年以上前のご先祖様が自分の守護霊だったと知った奏は老婆をよくよく見た。昨夜は暗く、良く見えなかった服装も、ただの着物と言うよりは尼さんのそれに良く似ている。


「出家されたんですか?」

「そうだね」


 老婆は答える。平安時代、老婆は自分の娘よりも長生きをしてしまった。娘は病気がちで何人もの祈祷師を呼んでは病気が治ることを願っていた。しかしその願いは成就じょうじゅされることはなかった。

 娘の死後、この世を儚んだ老婆は出家し、日々の修行しゅぎょうに明け暮れていたそうだ。


「そのうち、不思議な力が目覚めてしまってね。今のアンタと同じだ。『見える』『聞こえる』。そう言う体質になっちまったのさ」


 奏の不思議を呼び寄せる力は千年以上前から脈々と受け継がれている遺伝だった。


「守護霊と言えば、常に後ろにくっついているイメージなのですが……」


 奏は昨夜疑問に思っていたことを聞いた。すると老婆はカラカラと笑う。


「馬鹿だね。そんなんじゃただの監視じゃないか。私たちはね、いざと言う時に姿を現すのさ。今回のようないざって時にね」


 老婆は笑いながら答えた。


「昨夜僕のお腹の上に居たのは……?」

「アンタの腹の上は居心地がいい。だからたまにアンタの上で休ませて貰っているんだよ」


 当たり前のように言う老婆に、しかし奏は金縛りにあうからやめてくれ、とは言えなかった。


「おっと、そろそろ時間だね。アンタは神に選ばれた。私としても誇りに思うよ。頑張って神々のお役に立つんだね。いいかい? あの家には二度と近付くんじゃないよ」


 次は助けてやらないかもしれないからね、そう言うと老婆はカラカラと笑って奏の隣から消えていった。

 奏はこの日、瓊瓊杵尊ににぎのみことからの贈り物がとんでもないものだと知った。


(確か、あずさちゃんも貰った力だって言っていたわね……)


 奏はすっと立ち上がると、歩き出した。目的地はあずさの学校だ。まだ午後にはなっていない。この時間ならあずさは学校で部活動に勤しんでいるだろう。奏はあずさに会うべく、真夏の太陽の下、歩いていった。




 その頃あずさは、奏の読みどおり学校で部活動に励んでいた。

みなと~! パスっ!」

「はいよっ!」


 そんなやり取りをしながらバスケに勤しむあずさ。

 その体育館に奏がやってきた。


「あずさちゃん、いる?」


 声をかけられた女子部員は耳まで真っ赤にしてあずさを呼ぶために駆け出して行った。


「ちょっと、湊! あのイケメン誰よっ?」

「もしかして彼氏っ?」

「年上彼氏……、いいなぁ~……」

「違うわよ!」


 部員たちは口々に好きなことを話している。あずさはそんな部員たちを尻目に奏の元へと向かった。


「こうして見ると、本当に女子高生なのねぇ」


 奏は自分のせいで騒ぎになっていることに気付いていないようだった。


「どうしたの?」

「あずさちゃんにちょっと用事があったの。終わったらお話しましょ」

「もう少しで終わるから、ちょっと待ってて」


 あずさはそれだけ言うと、まだ騒ぎ続けている部員たちの輪の中へと帰って行った。

 あずさがバスケに興じている中、奏には一つ気になることがあった。体育館隅で立ち尽くしている女子生徒がいるのだ。この感じは、先ほどの傘屋敷に似ている。きっとこの世のものではないのだろう。しかし、先ほどまでに感じていた恐怖は不思議と沸き起こっては来なかった。その少女は真夏だと言うのに冬服のジャージを着て、ただただあずさたちを眺めているのだった。


「奏~、終わったよ~」


 その少女をじっと見つめていると、夏の体操服姿のあずさがやってきていた。


「あずさちゃん、あの子……」


 あぁ、とあずさは説明をする。

 あずさの話によると、この学校の七不思議の一つに、体育館の少女と言うのがあるそうだ。誰もいなくなった体育館で、何故かバスケのドラブルをする音が響いている。覗いてみてもそこには誰もいないのである。よくある七不思議の一つではあったが、奏とあずさには見えている。多分、その話の原因は体育館の隅にたたずむ冬服の少女だろう。火のない所に煙は立たないものなのだ。


「湊ー、お疲れ様ー!」

「お先に帰るよ~?」

「彼氏とお幸せに!」

「もう! 違うって言ってるでしょ!」


 奏と会話をしている間にセーラー服に着替えた少女たちが次々とあずさに声をかけて体育館を後にしていった。彼女たちはあずさをからかいながら楽しそうにきゃっきゃっと笑いながら去っていく。

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