第22話 祝勝会。そして……

『えーそれではー今回のVSオセ攻防戦IN人間界におかれましては。ケガ人多数なれど、一人の欠員もなく無事勝利で飾ることができました! つきましてはささやかながら祝勝会を執り行いたいというところで、不肖ナベリウスが乾杯の音頭を取らせて頂きたく存じます。えー今回の事件はそもそもそちらにいらっしゃいます、ワタナベタカユキ少年がグラ様を召喚されたことに端を発しております。にもかかわらず我々が今回の事件に積極的かつ情熱をもって取り組むことができましたのはひとえに彼の人間性に感じ入ったからにございまして、実際私など自慢のキバをふるいまして、実に五十七匹もの猫を――』

『長いっス!』

『長いニャ!』

『長いぞナベリウス! いい加減にしろ!』

 ――家に帰りつくと、大量発生した猫たちはすっかり掃除されつくしていた。

 お調子者の犬猫たちは、我々がオセたちを倒した旨を伝えるや、すぐさま祝勝会の準備を始めた。

 場所はリビングルーム。折り紙で作られた輪飾りや、大量の風船、日本語と悪魔の言葉の両方で『大勝利おめでとう!』などと書かれた張り紙などが飾られ、見事なデコられっぷりである。沌とセイヤが作ってくれた料理(犬猫も食べられるヤツ)もローテーブルの上に並べられていた。

 人間はあぐらを掻くか正座をして。悪魔たちは四足で立って。目線の高さを同じくしているのがイイカンジである。

『えーこれはあい申し訳ないでやんす。多弁は私の悪いクセで御座いまして――。まーさっさと始めましょう! 乾杯!』

 音頭とともに、前足でグラスを持った動物たち(人間含む)が乾杯をあげた。

「紺野さん。あなた大変な目にあったばっかりなのに、よくもまあそんなにお口パンパンにして食べますわねえ……」

「死んだらちょうオナカ空いたんだもん」

『わいも参加してええんか? なんもやってへんけど』

『もちろんにゃー! 一回天使さんとお話してみたかったし!』

 グラは元のポメラニアンの姿に戻っていた。取り戻した魔力を敢えて封じ込めることで『ポメ形態』を保つことができたのだとか。今後は無駄なエネルギーの消費を抑えつつ、テキから身を隠すことも可能になった。などと喜んでいた。

『アモンちゃーん。全然飲んでなくないッスかー? もっと飲みなよー! はい! アモンちゃんのーちょっといいとこ見てみたい!』

『マルコシアスくん。貴殿はミルクで酔っているのか?』

「ワン! バウアウ!」

『おお! ミシャンドラ氏! 今回の影のMVPッスよね!』

 様々な犬種のドッグたちが仲良くじゃれ合う姿。犬好きには実にたまらない光景である。

『へへ。沌の姉さん。大活躍だったそうでやんすね! 是非武勇伝を聞かせてくださいよ!』

「……なんて?」

『セイヤちゃんお疲れ様ニャー! ねえねえいろいろお話しようよ! シュミは?』

「タカユキくん。彼女はなんて?」

 しかし。悪魔らが人間に話しかけるたび、通訳を行わなくてはならないのでなかなか大変である。

 ちなみに。グラ以外の悪魔の方々には一時間のタイムリミットがあるので、一度帰ってもらい再度呼び出している状態である。

 ――しばらくして。ナベリウスくんが再びマイクを握った。

『ええそれでは! 本日の主役二人にご挨拶願いましょう! タカユキくんとグラ様!』

「あいさつ!? 俺が!?」

『そうですよ! 早く早く!』

 マイクを口に咥えて俺に手渡す。こんなマイクなんてどこにあったのだろうか。

「仕方ないなー。あーテステス」

 立ち上がってマイクのスイッチを入れた。

「えーーーー。人間の皆さま、悪魔の皆さま。本日はご協力頂いた上、このような会合まで開いていただき、まことにありがとうございます」

 ワンワンニャーニャーと歓声があがった。

「まずは沌とセイヤ。当たり前のように巻きこんでしまったけど、よく考えたら全然自分には関係ないことで長期に渡ってご協力ありがとう」

 仲良く隣同士座っていた二人にぺこりと頭を下げる。沌は気持ち口角を緩め、セイヤは照れくさそうにぷいっと目を逸らした。

「それと悪魔のみなさん。主君のためという側面があるとはいえ、身を張ってのご協力ありがとうございます。みなさんは本当にお人好し、いやお悪魔好しですねえ」

 このくだらんギャグは結構受けた。

 それから天井辺りをふわふわ飛んでいるガルーダ様にもお礼を述べる。

 氏は『ええんやで。ヒマやし』などと笑顔で回答してくれた。

「私は黒魔術なんかにハマりこむくらいなものなので、元々皆さま悪魔のことが好きでございました。今回、みなさまの人となり、いや悪魔となりを知って、さらに好きになりました。ですので。これからもよろしくお願いします。以上です!」

 俺はマイクを置いた。

『いいっすよー! タカユキくん!』

『これからもどんどん召喚してニャ!』

『愛しております……タカユキ様』

 悪魔たちの暖かい言葉に心が和む。が。ワンワンニャーニャーと凄まじくうるさく、ご近所から苦情が来ないかが心配である。

『タカユキ殿! 素晴らしいごあいさつをありがとうございます。お次は――』

 ナベリウスがマイクをグラに渡した。

 グラは一度ゴホンと咳払いをしたのち、なぜか俺の方を一瞥してしゃべり始める。

『諸君。まずは謝りたい。吾輩の個人的な闘いに巻きこんでしまい大変申し訳なかった』

 グラがペコリと頭を下げる。俺はそれを同時通訳してやった。

『しかしながら。今回の闘いは、我々平和をもってよしとする悪魔にとって非常に有益なものとなった。なぜなら! ワタタビなどという危険薬物を流布し、世を乱す悪党はもういない!』

 一同大きな拍手と歓声を巻き起こす。

『そして有益であったのは人間のみなさんに取っても同じかもしれません』

(ん……人間にとって?)

 疑問に思いつつもそのまま通訳した。

『そちらにいらっしゃる沌くんとセイヤくんにおかれましては。今回の闘いや事前の修行を通じて、極めて顕著にその能力を向上させました。そのことは二人が今後歩んでいく道におきまして、大いなるプラスとなることでしょう』

 二人に盛大な拍手が送られる。ただし、もふもふの毛とぷにぷにの肉球のせいでそれほど大きな音はでていない。

『そして。そちらのタカユキくん。彼は闘いの中で魔力を完全に覚醒させ、最早かのソロモン王にも劣らない――というのは言いすぎですが、将来的には彼に迫るほどの魔力を身につけるのではないかと言う成長ぶりでございます』

 ――少々気恥ずかしいがこれも通訳した。

 ノリがチャラい悪魔たちは「フォーウ!」「ウェーイ!」などと俺を囃したてる。

『そして。彼がそのような魔力を身につけたということは』

 グラは一拍置いたのち――。

『我々の別れも近いということになります』

 と呟いた。パーティー会場はどよめきに包まれる。

『彼はもう十分にガープ様を召喚できるだけの魔力を身につけていると断言することができます。そして本日は八月十九日。ガープ様を呼び出すことのできる期日は明日まで』

 そうか――。忘れていた。あまりにバタバタしすぎてそんなことはまったく。

 俺は彼の言葉をそのままみんなに伝えた。

『そっかー……なんか寂しくなるニャー』

『今日はお別れ会も兼ねるということになるのですね……』

「グラちゃん……」

「うううう……そんな……寂しいですわ……うぐっ……」

『よおし! じゃあみんな! 今日は夜通し騒ぐッス!』

『えっ? でも我々は一時間しかこちらにいられないのでは?』

『なに言ってんスか! 明日グラ様と一緒に帰ればいいッスよ!』

『そうか!』

 ――かくして。

 らんちき騒ぎの大パーティーが行われた。カラオケ大会に王様ゲーム、悪魔・人間対抗サッカー大会、こっくりさん祭りにエクストリーム黒ミサ、地獄式フルーツバスケット、ポルターガイストビンゴ、暗黒せんだみつおゲーム、などなど。

 当然家はめちゃくちゃ。夜になって帰ってきた両親は初め面食らっていたが、すぐさま環境に適応。誰よりもはしゃいで参加していた。

 宴は当然のように深夜にまで及んだ。


 ――そして。

「またこのパターンか……」

 時刻は朝の四時。我が家に集まったアニマルたち(人間含む)はみな寝静まっていた。

 が。

「寝付けねえ……」

 俺がポツりつぶやくと。

『奇遇だな。吾輩もだ』

 合いの手を入れてくる男がいた。

『じゃあ散歩でも行くか?』

「ああ」


 いつものように河川敷に向かって歩いてゆく。

 夏ど真ん中とはいえ、さすがに外はまだ少々薄暗い。

『まったく。おまえは沌に対してもっと素直にならんといかんぞ』

「ああ。俺も沌が一回死んで以来、そう思うようになった」

『そうか。それは良かった』

「でもよお。具体的にどうすればいいんだ? いきなり「好きだ!」なんていってもおかしなことにならねえか?」

『吾輩はそれでもうまくいくと思ってはいるが……。まあ慎重を期するなら、少しずつ女の子として扱うようにしてはどうだ?』

「ううむ……難しいな……」

 そんなことを話している内に河川敷に到着した。

『くう。暑いな。さっさと水に入らんと』

 グラはいつもの通りキャインキャインとはしゃぎながら、川の水をぱちゃぱちゃやりはじめる。

 俺はそれをどっかりとあぐらを掻いて無言で見つめていた。

 この数ヶ月の出来事をいろいろ思い出しながら。

 やがて。グラがこっちに戻ってきて、俺のとなりでおすわりをした。

『なんだ。やけにおとなしいじゃないか』

「いつもこんなもんだろ」

『そうか?』

 グラは大きくノビをしながら欠伸をしてみせた。

「なあグラ」

『ん?』

「今更だけど。えらい迷惑をかけたな」

 グラは一瞬、俺を驚きの表情で見た。

『そうでもないぞ。結果的に、吾輩は人間界において大きな仕事をなしとげることができた』

「オセを倒したことか?」

『ああそうだ。長い間留守にしていたことを補ってあまりある功績だ。昇格もあるかも知れない』

 などといいながら尻尾をふりふり。なかなか可愛い仕草だ。

「むこうでの生活は忙しいのか?」

『ああ。もちろんだ。エラいからな。吾輩は』

「そうなると――」

 俺は背中を地面につけて、まだ星の浮かぶ空を見上げた。

「もうなかなかおまえに会うこともないかな」

 暖かい風が河川敷の芝生を揺らす。

『そんなことはない。いつでも召喚していい』

「そっちの都合もわからないのにそんな気軽に呼ぶわけにもいかねえだろ」

『そんなことは気にしなくてよい』

「するよ」

『むう……』

 しばらくの沈黙。

 近くを柴犬をつれて早朝ランニングをするゴツい男が通った。

「それにさ――」

『なんだ』

「もう今までみたいにいつも一緒で――。一緒に寝たり、一緒に飯食ったり、一緒に学校で授業受けたりすることはできねえんだよな」

 それを聞いてグラは「ヘッヘッヘッ!」と笑った。

『それはそうだろう。だいたい犬と一緒に学校に行くほうがどうかしている』

「でもよお」

 グラの頭に乱暴に手を置いた。

「いままで当たり前にいてくれたヤツが急にいなくなったら、なんか寂しいじゃねえか」

『出会いもあれば別れもあるのが人生だろう』

 などといいながら仰向けの俺にのしかかって、オデコをペロペロ舐める。

『おまえは若いからまだそんな経験は殆どないのかもしれないがな』

「……グラはたくさんあるのか?」

『いや。ない。一回も』

 ないんかい! とオナカをペシっと叩く。

『吾輩は無から産まれた悪魔だからな。家族なんてものはいない。だから』

 俺の胸の上でおすわりをした。

『家族と別れるようなことは今回が初めてだ』

 俺はなぜか鼻の奥がツンとなるような感覚に襲われた。

 そのせいで目の端から透明な水が流れる。

「おまえ。俺を家族だと思ってんのか」

『ああ』

「俺も――。えーっと……」

『俺も――なんだ?』

「その、沌とかおかんからはそう思っているように見えると言われる」

 グラはワン! と吠えると俺に頭突きを食らわせた。

『なんでキサマはそんなに素直じゃないんだ! だからダメなんだ!』

「いってえなあ! このバケモノ毛玉野郎! でっかい画鋲踏めばいいのに!」

『ああん!? やるか!? ダメ人間!』

「おお! 久しぶりにやったら!」


 ――その日の河川敷犬人リアルプロレスは三十分以上にも及んだ。

 結果は両者ダブルノックダウンの引き分け。

 ゼーハーと息を切らして川べりに仰向けになる。

 無論、今回もイチミリも友情など芽生えなかった。

 なぜだかお互いの手と前足を握り合ってはいるが。

「ああー。そういえば。忘れてたよ。アホ犬であらせられるお方」

『なんだ。カス人間』

「冥土の土産があるんだ」

 そういって手提げカバンの中をごそごそと探る。

「ホラ。てめえみたいなクソ毛玉は七月十八日が誕生日なんだろう? あまりにバタバタしてずっと忘れてた」

 まずはプレゼントその一。パーティー中にこっそり抜けてとりに行っていた、犬用ケーキをじゃーんと見せる。

「驚いただろう?」

『いや。正直、匂いで気づいていた』

「かー! このクソ犬は! 一ミリも可愛くねえ!」

 そういいながらもうひとつのプレゼントを投げ渡す。

『ん? ゴメスバーガーの袋か? ハンバーガーなら食わんぞ』

 グラは前足とキバを使って器用にそいつを開けてみせた。

『なんだこれは。猿?』

 中に入っていたのは、猿がシンバルを持って笛をくわえているおもちゃだった。

「そこのボタンを押してみろ」

『こうか?』

 グラが肉球によりてプニっとボタンを押した。すると。そのお猿はシャンシャンとシンバルを叩きながら、プップクプーと笛を吹き始めた。

「おまえ確か音楽の生演奏が聞きたいとかホザいてただろ? だからコレをやるよ。いつでもどこでも生演奏が聞きたい放題だぜ」

 グラはブハハハハハッ! とよだれを噴き出した。

『フハハハハハハ! この吾輩に対してこんなおもちゃ! ハハハハハハ! これが音楽の生演奏だと! ガーハハハハハハハ!』

 ヤツはおなか丸出しで仰向けになり、文字通りハラを抱えて笑った。


 ――そんなにバカにしていたにも関わらず。

 ヤツは地獄に帰るとき、随分大事そうにそのおもちゃを抱えていた。

「ではガープ様。よろしくお願いします」

「オッケーでごわす」

 ガープという悪魔は黒いハネを生やしたハムスターのような、大層かわいい見た目をしていた。

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