第20話 犬猫大戦争1

 犬は「ワン」猫は「ニャー」鶏「コケッコー」牛は「モーモー」豚は「ブー」。

 動物の鳴き声というものはどれを取っても実に可愛らしいもので、俺なんぞの愛好家になるといろんな動物の鳴き声の目覚ましボイスを大量に所持している。但しあんまり心地よくてむしろ眠くなってしまったりする。するのだが。

「ニャニャニャニャニャニャニャナアアアアアアァァァァァァァァゴ!」

 この日ばっかりは、凄まじい音量のニャンニャン声に一瞬で目が覚めた。

「なあぁぁぁんじゃこりゃ!」

 セイヤとグラ、それにミシャンドラもバタバタと目を覚ます。

「……zzzzZZZZ」

 沌のみ未だ睡眠を決め込んでいたので、デコピンにて目を覚まさせた。

「どうなってるんですの……これ……」

 部屋には耳をつんざくような猫の泣き声。

 セイヤやグラ、ミシャンドラたちはパニックを起こしている。

 俺は一度深呼吸してなんとか冷静さを取り戻し、部屋のカーテンを開いた。

 ――すると。

「うおおお!? なんじゃこらあああ!?」

 窓には白や黒、茶色、ブルー、オレンジなど、様々な色の『毛皮』がぺったりと貼りついていた。そいつらの正体はもちろん。

「猫だ! 大量の猫!」

『ついに来おったか――!』

 俺は窓のロックを外しムリヤリに開いた。貼りついた猫たちがナァゴと声を上げながら落下してゆく。

「外は一体どうなって――」

 人間三人と犬二匹は窓から顔を出し下を見た。

「あああああああああぁぁぁぁ!?」

「悪夢ですわ……」

「やばい」

『地獄絵図だ……これに比べたら地獄など天国だ……』

「クウーン」

 窓から見えるのは、とにかく見渡す限りの猫、猫、猫。

 庭には何層にも猫、猫、猫が重なりあい塀から溢れそうなほど。家の周辺の道路もビッシリと猫で埋め尽くされており自転車や車の通過は不可能。挙句の果てにご近所さん家の屋根の上にまで大量の軍勢がスタンバり、ギニャアアアと威嚇の声を上げている。

 早朝とあってまだ人通りが殆どないが、これが昼間であれば大変な騒ぎになっていたであろう。

 元来猫好きの俺であってすら鳥肌が立つ。セイヤも青い顔をして目を背け、グラとミシャンドラに至ってはマジでゲロ吐く五秒前という顔。沌だけは若干嬉しそうな顔をしているという気がしなくもない。

『タカユキ! 窓を締めろ! 入ってくるぞ!』

「ハッ――!」

 三毛猫の軍勢が家の壁をよじ登ってくる!

 俺はガラス窓を締めカギをロックした。

 三毛たちが前足でバンバンと窓を叩く。

「さ、さてどうしようかみんな……?」

 どうしようと言われたって困るってなもんだ。皆がうんともすんともワンとも言えずに静まり返るなか――

『ナナナナナナナアアアアァァァァァンン!』

 凄まじい大音響が脳内に直接響く。いつものグラたちの喋る声と同じ感覚だが、これは沌やセイヤにも聞こえているようだ。

『みなさーーん! お待たせしました! 地獄の美猫オセちゃんだナー! ようやく準備が整ったので襲撃させて頂いた次第でございます! みんなー! 楽しもうねー!』

 グラがギャインギャインと吠え、ミシャンドラは無言でクルクルと回転し始める。

 俺は部屋に置いてあったケルベロストライデントを手に取り、

「オカンとオヤジが家にいるときじゃなかったのがせめてもの救いか……」

 部屋を出ようとする。が。

「なっ! あんたバカ!? いきなり出ていくつもり!?」

 セイヤが腕をひっつかんで制止する。

『落ち着けタカユキ。まずは作戦会議だ』

「まあそうか……」

 俺はまた深呼吸をして床にあぐらを掻いた。みんなも同じように腰をおろす。

「作戦会議はいいが。あんまりゆっくりしているヒマはないようだぜ」

 窓からは今にも三毛猫たちが入って来そうだし、さきほどからズドンズドンという音と共に家が揺れている。恐らく玄関扉をブチ破ろうとしているのではないか。

『どうしたのー? 来ないならこっちから行くよー!』

 またオセの声が脳内に響く。

『とにかく。こんな数の猫を相手にしていたらラチがあかん。オセを叩くべきだ』

 とグラが提案。俺が翻訳してみんなに伝える。

「でも。こんな数の猫の中からどうやって見つけるんですの?」

 セイヤの言うことももっともだ。

『ヤツの匂いや風体は覚えているのでなんとか見つけられるかもしれん……あまりに猫の匂いが充満しすぎて少し時間はかかると思うが……』

「時間はもう殆ど――」

 などと話している内に。

 ――ズドン!

 という衝撃音と共に家が大きく揺れた。

「こいつぁどうやら……」

『ナハハハーー! 玄関の鍵はぶっ壊したよー! これからみんなでそっちに行くね!』

 どうやら時間はほぼゼロらしい。

「ど、どーすんのよ! コレ!」

 セイヤが頭を抱えてうずくまる。俺も同じことをしたい心境だ。しかし。

「とん……とん……」

 沌がセイヤの背中をやさしくつついた。

「わたしが時間を稼ぐ……!」

「ど、どうやって!?」

 沌はなぜか俺の机からハサミを取り出した。

「そんなものじゃとても――」

「えい……!」

 沌はその小さなハサミで自らの前髪をぶった切った!

 すると。

 前髪の奥に隠れた左目が露わになる。

「――オッドアイ!?」

 セイヤが驚きの声を上げた通り、その瞳の中心は真紅に輝いていた。

 俺も数年ぶりに見る。

「この瞳を解放したとき。私の魔力は数百倍、いや数千倍にも膨れ上がる!」

「そうなのか!? なんで!?」

「なんかそんな気がする! 絶対そうだと思う!」

 ……まあとりあえず。

 魔術なんてものは『出来る!』と思い込むことが一番大事だ。

 従って沌はたぶんマジでパワーアップしたはずかもしれない! そう思いたい!

 そんな悶着をおこしている内にも、猫たちが階段を上がってくる音が聞こえる。

 数秒の後、俺の部屋のドアがこじ開けられた。

『ナハハハハハーーーーン!』

 部屋の前には大量の凶悪なツラをした猫たち。

 俺の胸に絶望が去来する。

 ――だがその瞬間!

「リン――」

 沌が謎の叫び声を上げながら両手をみょうちくりんな感じに組んだ。

「これはまさか!」

「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 裂! 在! 前!」

(りん! ぴょう! とう! しゃ! かい! じん! れつ! ざい! ぜん!)

 一文字を唱えるごとに手で印を結んでいく!

 これは! 『九字法』! 日本の修験道や陰陽道で使われる護身の術で、広い意味では黒魔術の一種であると言える。映画やマンガなどでも使われることがあり、ご存じの方も多いであろう。

「沌! いつのまにこんな大技を!」

「しゅぎょうの成果! はあああ!」

 沌を中心として黒い光のドームが展開されてゆく。

 そいつは部屋全体を覆い尽くした。

『ナナナナナナナナ!?』

 その黒い光に阻まれて、猫どもは部屋に侵入することができない!

「すげえぞ沌!」

 ヒザに手をついて荒い息を吐いている。俺は彼女の背中を優しく撫でてあげた。

 彼女はちょっとだけ嬉しそうな顔をしながらも、

「長くはモたない! 早くなんか考えて!」

 と叫んだ。

 俺とセイヤ、グラは顔を見合わせる。

「グラ! なんとかオセのヤツを見つけて――ああ!?」

 瞬間。ミシャンドラがこの状況に耐え切れなくなったのか、キャインキャイン! と泣き叫びながら部屋の入り口に向かって駆け出してしまった。

「ミシャンドラー! 戻れ! ドームの外に出てはダメだ!」

 彼は子供の頃から俺や両親の言うことを実によく聞く子だった。しかし。このときばかりは俺のいうことを聞かずにただただ前へ前へと突っ走った。そして。

「ワフ!」

 沌が展開したドームを踏み越えるや否や跳躍!

 猫の群れの頭上を飛び越え、ただ一点を目掛けた。

「ガオオオオオオンンンンン!!!」

『ンナナナナナナナナナ!!!???』

 ミシャンドラが目掛けたのは一匹のシャムネコであった。

 彼はその大きな口を全開にしてそいつの胴体を拘束した。

『――ヤツだ! あの気取り切ったふざけた毛色と下品な青い目! ヤツがオセだ! あの駄猫野郎め! 変装もせずに紛れてやがった!』

 ――ミシャンドラの『パーフェクト・スメル・ジャッジメント』!

『グナナナナナ! 離すナーーーーー!』

 オセはめちゃくちゃに暴れて拘束から逃れると、地面に仰向けに倒れてからの突き上げるような蹴り、いわゆる猫キックを見舞ってミシャンドラを吹き飛ばした。

 俺はこちらに飛んでくるミシャンドラを空中でキャッチ。

「ミシャンドラ―――! バカ野郎! 危ないことをするな!」

 壁に背中をぶつけて咳こみながらも、ミシャンドラに説教を喰らわす。それから。

「でも! よくやってくれたぞ! おまえこそが我がワタナベ家のリアル番犬王! ガーディアンドッグの守護神! まさにジャパニーズケルベロスだ!」

 全力で褒めちぎる。ミシャンドラはでっかい舌で俺のほっぺたをチロっと舐めた。

『グナナナナー! ただの犬にこんな目に合わされるとはあああーーー!』

 オセはスゴイ勢いで体をスピンさせると、脱猫のごとく逃げ出した。それを追いかけるロシアンブルーが一匹。アレはオセの妹だとか名乗っていたフラウロスだろうか。

「くっ! 逃げ足が速いヤツめ!」

『追うぞ! ヤツはもうこの吾輩の鼻から逃れることはできん!』

 俺とグラは慌てて駆け出す。だが。

「ちょっと待ちなさいよ!」

 セイヤが首根っこを掴んで俺たちを止めた。

「追いかけるったってどうやって追う気なのよ! 猫を全部踏みつぶしていくつもり!?」

「う、まあそうか……どうしようねえ」

『じゃあまた作戦会議だな』

「ゆうちょうなこと言ってるんじゃないですわ! 私がなんとかしてあげるって言ってるの!」

 そう叫ぶと彼女は目を閉じて両手を合わせた。

「祝されたるマグネトライトロンの名の元に我強くして。光に満てる御身『神鳥ガルーダ』を召喚せん。これ御身の真の姿を授けたまいし神聖なる神の御意なれば目に見える姿にて。我現れ不義の知の求めによりて神の慈悲を超えることなく。あたう限りにおいて。我が求めに答えたもう! アレサロン・オサ・クデグラ・バンバンビガロ・ロス・インゴ・ベルナブレス・デ・ハ・ポン!」

「グワワワワワアアアア!」

 なんと! 天から降り注いだ虹色の聖光と共に神鳥ガルーダが現れた!

 ただし。

 その見た目は、真っ白なボディに黄色いクチバシがキュートなコブハクチョウである。

「やたらでかい。でもかわいい」

「クワ?」

 沌は馴れ馴れしくもガルーダ様の頭をポンポンと撫でた。

「ガルーダ様。お願い致します。このものたちを彼らが望むところにお運びください」

『ええよー。他ならぬセイヤっちの頼みやもんな。三人ぐらいまでならいけまっせ!』

 しゃべった! しかも関西弁? なんかインチキくさいが……。

「ありがたき幸せ。ではこちらの男とちっちゃい女、それからポメラニアンを背中に乗せて頂きたく存じ上げます」

 ん? 待てよ?

「おい。セイヤはどうするんだよ」

「ここでこの化け猫どもと闘うに決まってるじゃない。ほっておいたら家ぶっ壊されますわ。ご両親泣くわよ」

「闘うったって……一人でか?」

「いいえ。一人ではありませんわ」セイヤは髪の毛を後ろでギュッと縛りながら答えた。

「本当はこんなことやりたくない。いや。ゼッタイにやってはいけないのですけど……」

 などとブツブツと呟きながら、机の一番下の引き出しから悪魔召喚のための印章、魔法円や魔三角陣を描いたシートなど、一通りのグッズを勝手に取り出す。

「なにを――!」

「絶対できると思うのよね。なんども見ているし。私のもつエネルギーはあんたたち悪魔の子なんかよりも遥かに上だし」

 などと悪態をつきながらミニ冷蔵庫から常備品の鳥ムネ肉を取り出す。

 そして。彼女は目をつむり床にアグラを掻いて座ると。

「われは、汝、聖霊【ナベリウス】を呼び起こさん。至高の名にかけて、われ汝に命ず。あらゆるものの造り主、その下にあらゆる生がひざまずくかたの名にかけて、万物の主の威光にかけて! いと高きかたのに姿によって産まれし、わが命に応じよ。神によって生まれ、神の意思をなすわが命に従い現れよ。アドニー、エル、エルオーヒム。エーヘイエー、イーヘイエー、アーシャアー、エーヘイエー、ツアパオト、エルオーン、テトラグラマトン、シャダイ、いと高き、万能の主にかけて、汝、【ナベリウス】よ、しかるべき姿で、いかなる悪臭も音響もなく、すみやかに現れよ!」

 魔三角陣を中心として黄色い硫黄の煙が立ち上がり、中心から一匹のミニチュアダックスフンドが現れた。

「うっそだろ……!?」

 そしてセイヤはマルコシアス、アモン、アイムを次々と召喚していく。

「さあ。これであんたたちは魔力を無駄にせずにオセとやらの討伐に迎えるわね」

 その場にいる全員がポカンと口を開けるばかり。

「どうしたの? タカユキくんと紺野さんとグラくんはグルーダ様に乗ってオセを追う。残りの犬猫ちゃんたちは私と一緒にここの猫共を一掃する。この配置になにか文句でも?」

「――すまねえ。おまえ俺たちのことなんて嫌いなのにここまでしてもらって」

 両手を合わせて感謝の意を述べる。すると。

「邪! 邪! 邪! 邪! なに言ってるの!? 嫌いなんかじゃないし! ただ悪魔の子だから殺さなきゃいけないと思ってるだけだし!」

 俺をビシっと指さし、ややこしいことをホザいた。

「おお? それはつまり人間としてはまあ好きだけど、黒魔術を使う所は嫌いってことか?」

「そういうことよ!」

「それなら良かった。俺もおまえのこと結構スキだよ!」

「邪! 邪! 邪! 邪!邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! 邪! キモいですわよこのバカ悪魔! 死ねー!」

 なぜか顔を真っ赤にしてキレ散らかすセイヤ。そんな彼女に――。

「わたしはセイヤちゃん大好き」

 沌が思い切り抱きついた。

「やめなさい! 馴れ馴れしいのよ! こっちだってあんたのことなんて好きっちゃ好きだけど複雑な気持ちもあって今の所若干は距離を置きたいと思ってるんだからね!」

 よくわからないが、とかく乙女心は複雑らしい。

「そんなことより! そこの犬猫ちゃんたち! 準備はOKなの!? もうすぐこのバリケード解けちゃいそうですわよ!」

『もちろんでやんすゲス!』

『こんな猫どもなんてハナクソと一緒ッス!』

『タカユキ様のためなら。わたしはどんなことでもできる』

『がんばりまーすにゃ♪』

 四者四様のファイティングポーズを取る。いずれもクソがつくほど可愛らしい。

「で、でも待てよ。ホントに大丈夫か? たった五人でこの数――」

 そのとき。家の外から猫の泣き声とは別種の声が聞こえてきた。

「今度はなんだ!?」

 窓の外を見やると――。

『おお! あいつら! 来てくれたのか!』

 家を取り囲む猫の群れをさらに囲むようにして現れたのは、犬の軍勢であった。

 猫軍よりは少ないが百匹以上はいるだろうか。プードルにマルチーズ、狆、ビーグル、シーズー、パピヨンなど人気の愛玩犬から、どこからやってきたのかドーベルマンや土佐犬、ピットブルにセントバーナード、ジャーマンシェパードなどの武闘派まで!

「みんなかわいい」

「ああ。かわいいな」

 俺と沌ふたりしてその様子を写真に納める。生き残ること前提の立ち回りである。

「まァこれだけ猫がうじゃってりゃあ、グラの友達でなくても集まるわなあ」

「大変頼もしいですわね」

 犬の軍勢はすでに戦闘に入っており、猫どもをちぎっては投げちぎっては投げ。

「セイヤ。任せていいか」

「もちろん。楽勝よ」

「頼んだ。おまえの好きな食べ物は?」

「バーニャカウダ」

「帰ったらそれを山ほどオゴる」

 俺たちは固い握手を交わした。

『ほな行くでー。背中に乗りい』

 俺はケルベロストライデントを持って神鳥ガルーダの背中に飛び乗った。グラと沌も続いてジャンプオンする。

『しっかりつかまっときや!』

 凄まじいスピードだが背中の羽毛がヤケに掴まりやすく、快適なフライトであった。

『こっちきたのは数えるほどやけどな。結構こっちの映画とか好っきゃねん。とくにアニメな。ディズニーの。みにくいアヒルの子って知ってるか? アレほんま泣けるで』

 そんでエラいおしゃべりな機長さんであった。


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