第19話 オセ襲来まったなし
それからというもの。俺たちは連日に渡り、オセ迎撃作戦に奔走することとなった。
「オラオラァ! みんな起きろー!」
まず最初に日の出と同時に行うのは「みぃ散歩」。ミシャンドラを伴って町内を散策し、彼の犬離れした嗅覚を用いてオセの行方を捜す試みだ。
「ミシャンドラ! 一応もう一回ハンカチの匂いかいどけ!」
作戦は俺、グラ、ミシャンドラ、沌、セイヤの五人(匹)で行う。
「ふわ……まだ眠いのに……」
セイヤは無地の黄色いTシャツにイージーパンツという姿。イメージより私服には頓着しないタイプなのだろうか? 対してシトリーとの闘い以来すっかりおしゃれに目覚めた沌は、ピンク色のかわいらしいベースボールシャツに白のホットパンツを合わせていた。
『沌。いいぞその服。ラフだけどかわいらしいではないか』
グラがそのように吠える。むう。考えがシンクロしてしまった。
「ん? グラちゃんはなんて?」
「服可愛いって」
「ありがとう」
沌がグラの頭を撫でる。
「タカちゃんはどう思う?」
「えっ!? ま、まあ俺もちょっと可愛いと思うかな?」
すると沌はうつむいて「ありがとう。うれしい」と非常―――に小さな声で言った。
「うわ……この感じずっと見せつけらるんですの……? 辛いなァ」
ミシャンドラの奮闘虚しくこの日は残念ながら成果はなし。
『もうこの町にはいないのかもしれぬな』
「まァ普通に考えればわざわざこの町に逗留はしないか」
『となると隣町の朝松町あたりじゃないか? あの辺りならホテルなんかもあるはずだ』
「詳しいな地獄の魔犬よ……じゃあ明日はその辺りまで行ってみるか?」
「えーこれ以上長くなるんですのー?」
「文句言うな」
セイヤはまいどまいどグダグダに疲れ果て、ひどい時には沌におんぶをしてもらっていた。情けないヤツ。もっとも俺もここ最近のスパルタ修行がなければ同じようなものだったかもしれない。
ひとっ風呂浴びて汗を流したあとは(さすがに一緒にではない)二チームに分かれる。
タカユキ・グラ組と沌・セイヤ組。
沌とセイヤは奴らを迎撃するための白魔術と黒魔術の訓練を庭先で行う。
「どりゃああああああ!」「どすこい」
とっくみあって闘う二人。どうみても相撲ごっこに興じているようにしか見えないが、あれでも魔術修行になっているらしい。
「さて。俺たちも行くかあ」
「うむ」
グラを買い物かごに入れ、隣町へと自転車を走らせる。
目的地は犬カフェ『ツナヨシ』。
名前の由来は無論、あの歴史に名を遺すドッグラバー『犬公方』であろう。
店内も畳敷に彫りごたつテーブルという『和』を意識したものになっていた。
毎日ここに通い詰めて五日目。
店員のお姉さんたちからは「あらあら。よっぽど気に言っちゃったのねえ」と実に暖かい視線で見られる。
「この犬用フードのささみジャーキーと人間用のアイスコーヒーで」
「ご指名は誰にしますか?」
「えーっと。このアンズちゃんってコにしようかな」
「はーい♪」
ご機嫌な感じに注文を取って去っていく店員さん。
(さて……俺は特にやることもないんだよなあ……)
したがって。店にいるドッグたちと戯れることとする。大型犬はミシャンドラが、小型犬はグラやナベリウスたちがいるので、ここでの狙いは主に中型犬ということになる。俺はシェトランドシープドッグやビーグルなど好きな犬種の子を撫でて回っていた。
「ご指名のアンズちゃんでーす」
するとしばらくして。この店のナンバーワン、柴犬のアンズちゃんがピンク色の可愛らしいリボンとちょっと煽情的な感じの犬服を着てやってきた。
「よしよし。いい子だな。こらこら噛んではいかん。ペロペロするのだ。うん。いいぞ。ん? 最近どうだ。発情期とかしてるのか? あーん?」
よく知らないのだが、おっさんたちが大好きなキャバクラというヤツもこういう感じなのだろうか。ちなみに沌は初日に来たときに、あまりにハッスルしすぎて出入り禁止になってしまった。大変遺憾である。
しばらくしてグラが「フウ……」などと溜息をつきながら帰ってくる。
「よう。どうだった? 収穫は」
『まあそれなりだ』
「頼んでみたの? 協力してくれって」
『うむ。だがまだ冗談かなんかだと思っている感じだな』
なかなか前途は多難であるようだ。
『ま、しかしなんとかはなりそうだ。どうやら私のルックスは人間界の犬の基準だと「イケメン」に該当するらしいからな。少なくとも雌は釣れると思う』
「……なんかハラ立つな」
『いずれにせよここの犬だけでは足りないかもしれん。今度は別の町の犬カフェに行ってみよう』
グラはメス犬たちに囲まれて、終始得意そうなツラをしていた。悪魔によるワナでしか女にモテたことのないこの俺とグラ。どこで差がついたのだろうか。
午前中のちょっとした癒しタイムが終わると、今度は一日で最もハードな時間が始まる。
『オラオラー! もうへばったっすかー!?』
『タカユキ殿あと百十五本』
『がんばるでやんす!』
『ははは。なんだかたのしそうにゃあ』
アモン、マルコシアス、ナベリウス、アイムのオールスターを呼び出しての修行が行われる(ナベリウスとアイムはほぼ見ているだけだが)。
『タカユキ! 目で見るな! 魔力の流れを掴め!』
「うるせーぞグラ!」
(こうか……?)
悔しいがグラのアドバイスは的確で、ぐんぐんと腕が上がっていることを感じる。
『おお!大分良くなってきたっスね!』
『しかしまだまだ』
マルコシアスとアモンの同時攻撃を受けながら、ふと(俺は一体なにを目指しているんだろう)などと考えた。
――そんなハードな日々を送ってもう一ヶ月近く。
『セイヤはあんなに毎日いて大丈夫なのか?』
あまりに修行がハードなもので夕飯前ぐらいに寝てしまって、夜中全く眠れないということがよくある。根がインキャだからその辺けっこうナイーブなのだ。
「さあ。あいつん家、教会だからなぁ。一種の奉仕活動ってことになるのかな?」
そんなときはグラを付き合わせて夜散歩をするのが常となっていた。
コースは例の友情崩壊を確かめ合った河川敷。
「もう八月十八日か……夏休み終わっちまう」
川の水を蹴り上げながらそんな風につぶやく。
「いいのかなあ。高一の夏休みをこんなことに費やしていて。みんな部活とか頑張ってるっぽいのに」
『なにを言っている。おまえの目的は黒魔術を使った世界征服なのだろう? これ以上ない環境だと思うが?』
「そうか……。そうだな。沌の奴もドンドン腕を上げているし、オセを倒したら一気に世界征服に向かって動けるな」
『……まあ勝手にしてくれ。我輩には関係ないから』
一ミリも興味がなさそうに地面に伸びてワワンとアクビをする。なんとも憎めるガイである。
「あれ。そういえばさ」
なにかのひっかかりを覚えてグラに尋ねる。
「八月十八ってなんかの日じゃなかったっけ?」
『ん? いやなんかの日といわれてもな』
「十八じゃなかったかな? でもたしかその辺の日になんかイベントがあったような」
『おまえの両親の結婚記念日のことではなくてか? 今日の夜行便で小旅行に向かっていたであろう』
「あーそのことかなあ?」
行先は苗場スキー場。ああ見えてふたりともけっこうアクティブなのである。
「まあいっか。じゃあそろそろ帰ろう。ちょっと歩いたら眠くなってきたかも」
『今度は一人で歩きに行けよ』
結果的に二人で夜散歩に出たのはこれが最後になった。
日常はあっという間に崩壊する。
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