第17話 河川敷犬人リアルプロレス
夜中の三時くらいに尿意のため目が覚めた。
自室のベッド脇に敷いた、来客用の布団からガバっと身を起こす。
ベッドでは沌とセイヤが並んで寝ていた。
沌はまったく遠慮のない感じに、おへそ丸出しかつ足をおっぴろげて寝ている。黒いモコモコパジャマが彼女らしくて大変可愛らしい。
セイヤはその隣でブルーのシャツパジャマ姿。行儀よく横を向いて寝ていた。夜中まで沌のこっくりさんなんぞにつきあわされたためか、かわいそうなくらいうなされている。
それはよいのだが。
(アレ?)
しかし。いつもここで寝ているグラの姿が見えない。
部屋の外にでてリビングやキッチン、トイレなどを捜索するがどこにもいない。
(ははあ。さてはあの野郎)
俺はシャツを羽織り家を出た。
やがて一匹の子犬が学校へとつづく川沿いの道を歩いているのを発見した。
とぼとぼとぼとぼ。みっともないと言ったらない。
俺は彼に小走りで近づいていく。そいつは俺のツラを見るなり「やべえ」という動揺の表情を見せた。
『なぜここに!?』
「おまえの考えることなんて御見通しよ」
などとほざきつつグラの首根っこをひっつかんだ。
「ちょっとツラ貸しな」
ブラブラとぶらさがりながら暴れる暴れる。しかし全く無駄。
階段を降りて河川敷の広場まで連行した。
今日は満月。月灯りが川の水面に反射している。
なかなかロマンチックな光景だ。できれば犬なんかじゃなくて女の子と――いやそれも当分はいいかな?
『なんだ? この景色を吾輩に魅せたかったのか?』
などとグラがほざく。
「ああ。この景色。おまえにやるよ」
俺もそうほざき返した。
『ケッ!』
グラはそういっておすわり。そして首の後ろを足でポリポリと掻いた。
「俺も昔、十歳ぐらいのときこうして家出したっけな。懐かしい。俺は家出に関しても結構なガチ勢でさ。三日ぐらいは逃げ回ってたな。その辺の神社の境内で寝たりして。なかなかタフだろ? 親父とオカンはそんなに心配してなさそうだったけど、帰ったときに沌の奴がボロボロに泣いててちょっと罪悪感だった」
グラは前足で川の水をぱちゃぱちゃやっていた。仕草だけはまったくもって可愛いとしか申し上げようがない。
「で。どこに行くつもりなんだ。そちらのバカ犬のおぼっちゃまクンは」
むっとした顔でこちらを振り返る。
「おまえに餌だけじゃなくって犬用のスイーツなんか出してくれる家が他にあるかなあ。あるといいなあ」
『そんなことは期待しておらん。誰かの家に住むつもりもない』
「じゃあどうする気なんだ?」
グラは黙り込んでしまった。
「俺のそばにいないことには地獄に帰ることもできないぞ。それでいいのか」
奴はその質問には答えずに、
『オセに狙われるハメになったのは吾輩の責任だ』
などとホザいた。
「それで。一人で闘うつもりなのか」
グラは否定も肯定もしない。
「みんなで協力したほうが勝つ可能性が高いぞ。改めて言うのもバカバカしい話だ」
『そのためにおまえらに命をかけさせるわけにはいかない』
俺は呆れの溜息をついた。
「あのなあ言っておくけど」
ボリボリと頭を掻く。
「いいか。俺は全くそんな風には思ってないけどな――」
グラがまっすぐな目でこっちを見てくる。俺は目をそらしながら次のセリフを紡いだ。
「母親や父親それに沌は。おまえを家族だと思っているぞ」
グラはでかいめんたまをさらにひんむいた。
「そういうもんだよ人間って。一緒に住んでるとな。人間じゃない別の生き物でも、なんか家族かなーってカンジがしてくるんだ」
最初のころはなんて無表情な感情を表にださない犬だと思ったものだが。いまではこいつの考えているいることがよーくわかる。
俺は思い切り息を吸い込み、
「家族のためだったら命ぐらい張るのが当然だろうが!」
近所迷惑なんてものを一切度外視して叫んだ。
グラは両前足で耳を抑える。
『や、やっかましいわ!』
グラはちょっと助走をつけて思いきり踏み切ると、空中でくるくると旋回して強烈なドロップキックを見舞ってきた。
一回転して吹き飛ぶ俺。
「グオ! こいつただものじゃねえ!」
『当たり前だこの我輩を誰だと思っている!』
グラは川の水を前足で掬って、びちゃっとかけてきた。
『そんな家族だなんだって言われても! 家族なんかいないからわからんわ!』
「うるせえ!がんばってムリヤリ理解しろや!」
『できん!』
「できねえならカラダに教え込んでやる!」
俺はグラを持ち上げて川にほおり投げた。
『ブハっ! 殺す気か!』
水に濡れて体毛がペタ―っとなった様子がこれまたかわいらしい。
「てめえ水好きだろうが!」
『好きだけど!』
男には一度はとっくみあって闘わなくてはならないときがあるという。
その相手がまさか子犬(ポメ)とは。
河川敷犬人リアルプロレスは夜を徹する死闘となった。
いつのまにか朝日が昇っている。
時刻は五時ぐらいか?
俺とグラは激しく息をつきながら河川敷に寝っ転がっていた。
マンガなんかではこんなとき「やるじゃねえか」「おまえも」などと言って友情が芽生えるものだが、俺は全然こいつに友情など抱いていないし、むしろムカついている。それはむこうも同様であろう。だが。
『もういい……』
グラはそんな風に弱々しく呟いた。
「ハアハア……なにが……?」
『おまえを振り切って出ていくぐらいなら。オセを倒すほうが簡単な気がしてきた』
「あっそう……」
『そうと決まれば。さっさと帰って風呂に入ろう。温かいお湯で丁寧に洗い流してブラッシングもしろよ』
調子に乗んなこのクソ犬! と言いたかったがもうそんな気力もなかったので、
「真っ白になるまで洗ってやるよ」
などと適当をブチこいた。
『ハッ。そうなれば吾輩もテレビのCMに出られるな』
立ち上がってそのようにホザく彼の尻尾はプルプルと震えていた。
朝の爽やかな風が水面を揺らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます