第16話 迎え撃て! メス猫ども

 大森ふ頭で発生した謎の発煙事件はニュースにも取り上げられ大きな話題となった。公園は現在も立ち入り禁止となっているらしい。

 われわれも被害者として警察に話を聞かれた。無論、本当のことを話したところで信じてもらえるわけもないので、ただ「急に意識がなくなって――」などと回答したのみだが。

「あのクソ女! ゼッタイにゆるさねえ!」

 そして現在ワタナベ家の自室では、邪猫皇女オセ対策会議が行われていた。

 出席者は俺、沌、グラ、セイヤ、ミシャンドラ。それにグラの仲間のナベリウスやアモン、マルコシアス、アイムたちまでわざわざ呼び出してある。

「フン。あなたが悪いんじゃない! ちょっとかわいいからってホイホイ騙されて」

「タカユキが悪い」

 セイヤと沌の二人が俺を攻めたてる。

「ち、ちきしょう。俺は被害者なのに」

「邪、邪、邪! なにが被害者よ! 男ってホント最低ね」

「サイテー。はだしでがびょう踏めばいいのにぃ」

「ぬぐぐぐぐぐ……」

『ねーほんとそうだよねー沌ちゃんに謝れニャー!』

「あ、アイムちゃんまで!」

 地獄のデカ猫にまで攻めたてられ非常に悲しい。

『まあまあ。あっしにはダンナの気持ち。よーくわかるですよ』

「ナベリウスくん……」

 この瞬間、人間と地獄のミニチュアダックスの間に友情が芽生えた。

『とにかく。まずは対策を考えるべきでゲス』

「うむ。俺の処分はともかく、まずはあのクソ猫どもをどうするか」

 ナベリウスくんと俺の発言を受けて、皆、うーむと考え込む。

 四本足の奴らがこぞって首をひねっている様子はなかなか可愛らしい。

『まあ対策というかなんというかって感じではありやすが』

 一番おしゃべりなナベリウスくんがまず口を開く。

『グラのダンナが真の姿を取り戻せば、あんなヤクチュウの猫なんぞ敵じゃありませんよ。いますぐタカユキのダンナを徹底的に鍛えてグラ様の魔力を取り戻しては?』

『ええナベちゃんそんなこと言ったって』

 俺の師匠であるコーギーのマルコシアスが口を挟む。

『ボクたちだってできる限り鍛えてるんスよ? これ以上の急成長はムリッス!』

 第二の師匠であるアモンちゃん(雌チワワ)も深く頷く。

『えー? いけませんかねえ? タカユキくんを精神的にゴリゴリに追い込みまくれば』

「ナベリウスくん、ちょっとおまえ」

 さきほど築かれた友情はすでに砂上の楼閣と化した。

『いまでも十分に追い込んでいる! これ以上はタカユキ様がキケンだ!』

 アモンちゃんがフォローしてくれる。

『まあそのとおりだと思うけどさー。効率的なやりかたがあれば検討してみるのもいいと思うにゃ』

 アイムちゃんが意外に冷静な意見を述べる。

『うむ……まあそれはその通りだと思うが……タカユキ様が心配で……』

 アモンちゃんが俺をじっと見つめる。――いろいろ精神的ダメージを負ったあとなので彼女の好意がありがたい。

「ありがとな。アモンちゃん」

 彼女の背中にポンと手を置くと、嬉しそうにきゃわんと吠えた。

「とんとん……」

 と沌が肩をつついてくる。

「みんななんだって?」

 そうだ。通訳してやるのを忘れていた。

「この二人が、俺をなんとか鍛える方法を検討してくれるってさ」

 沌はカクンと首を倒し「わたしも修行する」と呟く。

「ああ。そうしてくれると助かる」

 と頭を撫でてやった。

「うわあ……こんなにいいカンジなのにこの男ときたら……」

「うるせえなあセイヤは」

『ただニャー……』

 アイムちゃんがゴロゴロと喉をならしつつ口を挟んでくる。

『相手がなにをしてくるのかわからにゃいのが不気味なんだよニャー』

『ふうむ。確かにそうでやんすねえ』

「そのことなんだけど――」

 俺は挙手をして、自分の考えを述べた。

「恐らく奴らはネコ……この人間界の猫を使って襲撃してくるつもりなんじゃないかと思う」

『なんでそう思うニャ?』

 それにしてもかわいい喋り方である。

「あのオセって奴にゃあ猫共が気が狂ったみたいに集まってきてやがったんだ。猫の好きな臭い、つまりワタタビの臭いってだけじゃあないと俺は思う」

 沌もうんうんと俺に同意する。

「アイムちゃんしらねえか? ワタタビを使った魔術でそういうのがあるんじゃないのか? こう……相手を従わせる的な……」

『たしかあるはずにゃ。『ジオ・ワタタビ・オランテ』とかっていういわゆるテンプテーションの魔法。あたしはワタタビ大嫌いだから使ったことないけど』

「やっぱりか」

『相手によっては遠隔でも効果があるし、そうでなくても皮膚に茎や根っ子を突き刺したり、食べさせたりすれば誰にでも効果があるらしいにゃ』

 なるほど。猫たちを従わせていたのは前者の効果で、俺に茎を突き刺したのは後者の効果というわけだ。

「俺があいつにやたらと心惹かれたのもそのギガ・ワタタビの効果ってわけだ。つまり俺はなにも悪くないというわけだ」

『それはどうかにゃー……』

「そういえば奴は逃げ出す前に、まだ準備ができていないとも言っていた。その準備ってのは「兵隊」となる猫共を集めることだろうな」

『そうなると。確かに厄介だニャア』

 一同再び考え込む。そこへ。

「とんとん……」

 またも沌が俺の背中をつっつく。そして高々と手を挙げた。

「なにかアイディアが?」

 沌は自信ありげにうなずく。

「猫に対しては犬を集めていくよ作戦」

 ……作戦名の語呂が悪い。

「むこうはネコちゃんをいっぱい集めてくるつもりなんでしょう?」

「ま、簡単にいえばそうだ」

「ならばこっちはわんわんを山ほど集めれば」

 目をキラキラと輝かせる。

「おまえな……それ犬いっぱいと遊びたいだけじゃないのか? どうやって集めるっていうんだよ」

 すると沌は中二病臭いカバーをつけたスマートホンをいじり、画面を見せてきた。

「ここ」

 画面には「ワンワンふれあいカフェ ツナヨシ」などという文字。

 どうやら隣町にある犬カフェらしい。なにやら『犬持ち込みOK』などとマンガ喫茶かなにかのようなことが書かれている。

「ここにグラちゃんを連れて行って、犬という犬を味方につける。かんぺき」

「おまえが行きたいだけだろ……。第一、味方につけるなんてできるのかよ。なあグラ」

 グラの方に目を向ける。

「ん?」

 グラは四足で立ったまま、ボウっと部屋の一点をみつめていた。

「グラ? どうした? 大丈夫か?」

『ん……ああ……』

『グラのダンナらしくないでやんすねえ。先ほどから一言も喋っていない』

 ナベリウスが心配そうに視線を送る。

『あ、ああ。大丈夫だ。えーっと。犬カフェに行くって話だったか?』

「そうだ。犬たちを味方につけることってできるか?」

『そうだな、ま、自信はないがやるだけはやってみる』

「それじゃあ一応、一回は犬カフェ行ってみようか」

「わたしもいくー」

『了解でやんす。えーっと犬カフェに行って――』

 ナベリウスくんは口に咥えた鉛筆で紙片に議事を書きこむ。

 但し、なんて書いているかは全くわからない。

『えーじゃあ他に意見はありやすか?』

 するとなんと。

「み、ミシャンドラ! いつのまにこの部屋に!」

 ゴールデンレトリバーのミシャンドラが、その黄金の前足をたかだかと挙手させていた。

『はい、ミシャンドラ殿』

「ワンワン! ワワワワワン! ワワワ!」

 無論、なんと言っているかはいっさいわからない。

『なるほどにゃあ』

『さすがミシャンドラ殿』

『その通りだと思うっす!』

 悪魔たちは勝手に納得していた。

「なんて?」

『テキはその猫共の準備が出来次第、奇襲をかけてくる予定なのであろう。それならばこちらはその対策をすると共に、こちらからも奇襲をしかけることを検討するべき。とおっしゃってるでやんす!』

 ううむ。グラが翻訳するところのミシャンドラと同じ感じの喋り方だ。ミシャンドラって本当にこんな感じのキャラだったのだろうか? いつもぷるぷるおびえているようにしか見えなかったが……。

「なるほど……具体的には?」

「ワンワンワンワンワワワワン!」

 通訳によると『その女の所持品などがあれば匂いから探ることができるかもしれない』とのことだ。

「なるほど! 「パーフェクト・スメル・ジャッジメント」か! でも所持品なんてあるわけ――いや待てよ!」

 俺は部屋のすみっこに脱ぎ捨てられたジーンズのポケットを探った

「これ! 奴がもっていたハンカチ!」

「うえ。なにそれ。血ィついているし。どういう変態プレイなの?」

 セイヤが眉をしかめる。

「違う! 俺が血ィ出してる所を拭いてもらってさ、洗って返すからつって預かってそのまま忘れてたんだよ」

 沌がぷくーっと頬をふくらませながら、俺の脇腹に強烈なエルボーを食らわせた。

「ゲボボ! とにかく、こいつを嗅いでみてくれ」

 そういってミシャンドラの前にハンカチを置く。

「ワワンワ!」

『「覚えた」だそうでやんす』

「ようし。今後散歩のときになるべくいろんなところを歩いて奴の足跡を追ってみよう」

 俺がそう提案すると、ナベリウスくんが議事録に(たぶん)その旨を記入する。

『えーとそれじゃあ他には?』

 俺が通訳するまでもなく、ナベリウスくんが言っていることを察したらしく、セイヤがしゅたっと手を挙げる。

『はい。そちらのセイヤさん、でしたっけ?』

「えーと。さきほどそちらのワンコさんもチラっとおっしゃってましたけど」

 ミシャンドラの方をチラっとみやる。うれしそうに尻尾を振っていた。

「相手が奇襲をかけてくる可能性があるのでしょう? それでしたら、その対策をする必要があると思います。たとえば寝込みを襲われるようなことだって考えられますし」

「なるほど確かにそうだな」

「特に紺野さんなんて殆ど一人暮らしみたいなもんなのだから、対策しないと……」

 俺はうーんと腕を組んで思考したのち。

「じゃあ沌。おまえしばらくウチにとまるか?」

「うん」

 部屋全体がザワっとなる。

『マジでやんすか!? まさかそこまで進んでいたとはー!』

『いつも言ってた『魔術』とか『儀式』ってそういうイミの隠語だったっスね!』

『すごいエッチ! 私そういうの好き!』

『そんな……わたしはやっぱり所詮都合のいい女だったんですね』

「おまえら勘違い!」

 ――するとセイヤがものすごい勢いで立ち上がった!

「ちょっとー! なに考えてるの!? ダメに決まってるでしょうそんなの!?」

 顔がまさしくゆでだこ状態にまっかっかである。

「そ、そんなこと言われたって。じゃあどうすりゃあいいんだよ」

「それは……」

 セイヤは頭を抱えて床に突っ伏した。そして数秒後。

「わかったわ!」

 シャウトをかましながら再び立ち上がる。そして。

「私も泊まる!」

 部屋中から歓声が上がった。

「わ。ゼッタイ楽しい」

 トンは喜んでセイヤの腰に抱きつく。

「ええーい離しなさい! 別にあんたたちみたいな悪魔の子らとなれ合うためにやるわけじゃないんだからね!」

『まったくとんでもないスケベ男でやんすねえ旦那は! こんなかわいい娘二人を相手にハンディキャップデスマッチなんて』

「……まあなんでもいいよもう。夏休みだし、黒魔術部の合宿ってことにするか」

 うちの両親からもなんの反発もなく、むしろ大歓迎といった形で自宅の使用許可が出てわれわれの合宿がスタートした。

 初日は特に沌がはしゃいじゃって夜中まで眠らせてもらえなかった。

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