第11話 パンツ剥ぎ痴女地獄、そして
「やっべ! 寝坊しちまった!」
昨日の夜更かしが祟ったか、目を覚ますともうとっくに家を出なくてはならない時間であった。スマホを取り出し沌に「わりい寝坊した! もしまだ待っててくれたら先に行っといてくれ!」と送信。慌てて準備を開始する。
「グラ! なんで起こしてくれねえんだよ!」
『ふん。貴様が学校に遅刻しようが吾輩の知ったことではない』
くう。イヤなヤツ。画鋲踏めばいいのに。
――結局十五分ばかり遅刻して学校に到着。駆け足で教室に向かった。
『む! なにかおかしい!』
教室の前、グラが異常を察知してワンワン! と吠える。
「たしかに。なんか騒がしいな」
教室の中からどったんばったんという騒音、悲鳴や叫び声が聞こえてくる。
「誰か取り押さえろよ!」
「ムリだろ!」
「どうしたっていうんだ一体!」
「生活指導のクソ松を呼んでこい!」
「そんなことしたら彼女、退学になっちまうぞ!」
俺はそーっと教室のドアを開いた。すると扉の真ん前にいたセイヤと目が合う。
「ちょっとー! アナタどこに言ってたのよ! あれなんとかしなさいよ!」
半泣きで胸ぐらをつかみガクガクと揺さぶってくる。
「一体なんだ――ああああ!?!?」
『大変なことになっておる。地獄でもここまでの地獄絵図はなかなかないぞ』
教室で繰り広げられている地獄はひとことで言うと『パンツ剥ぎ痴女地獄』。
「――沌! やめろ!」
沌は男子生徒のズボンをムリヤリ脱がしたのち、そのパンツをも剥ぎとり、ぽいぽいと窓の外に捨てていた。次から次へと。しかもこれをまったくの無表情で淡々と行っている。
格好も制服ではなく昨日買ったエロいピンク色のワンピースである。よく教室まで誰にも止められなかったものだ。
「どうしちまったんだおまえ!」
教室には逃げ惑う男子生徒。悲鳴を上げる女子生徒。
ケツ丸出しの男性が床にゴロゴロ転がっていた。
「早くあの変態を止めなさいな!」
とセイヤが懇願してくる。
正直見てる分には面白く、もうちょっと見ていたい気もしなくはないが――。
「わ、わかった。奴を止められるのは俺しかいない」
俺は素早いフットワークで沌に近づいていく。
彼女の顔面はまさしくリンゴのように紅潮し、白目も真っ赤に充血。まったく焦点が合っていなかった。
「フヒ、フフフフフフフ!」
奴は不気味な声をあげながら俺に迫る!
「ハッ!」
だが俺はそれを見事にかわし。
――トン!
沌の首筋にチョップを振り下ろした。
彼女は小さく呻き声を上げたのち、床にうつ伏せに倒れた。
「フウ……」
俺は額の冷や汗を拭った。教室からは「オオ」という歓声が上がる。
「保健室につれていってくる」
俺はそう言って沌の体をかつぎ上げた。
「あ、あんたすごいわね……格闘技かなにか習っているの?」
セイヤがやや安心した表情で俺の肩にポンと手を乗せる。
「昔独学で練習したんだ。首筋チョップ。中二病的にかっこいいと思って」
保健室のベッドに沌を寝かせてひとまずは安心。
「じゃあ先生ちょっと出てくるから。エッチなことしちゃだめだよ♪」
保険の先生が出ていく。なんでこの学校の教師はこういうノリの人ばかりなのだろうか。それはともかく。
「ほら。だから言っただろう? おかしいって」
隣のベッドに座ってグラに愚痴る。
『そうだな。まァ、もともと変わり者ではあるがこれはおかしすぎる』
「とりあえず昨日勉強した解呪方法を試してみるか」
カバンから昨日調べた解呪方法をメモしたノートを取り出す。
「道具が必要だけどここを離れるわけにも……そうだ。グラ。おまえ部室からロウソクと魔法円シートを持って来てくれないか?」
言ったあとで(あ、まずい怒るかな?)と思ったが、グラは「わかった。持ってくる」と快諾してくれた。
『ついでにケルベロストライデントが入ったギターケースも持ってくる。一応な』
「ああ。そうしてくれると助かる」
グラは前足で器用にドアノブを回し、保健室を出た。
俺はフゥと溜息をつき、改めて沌の寝顔を見つめる。
(こうして眠っている分にはいつもと変わらんな)
いつも思うのだがこいつは寝顔だけはとにかく可愛い。よく一緒に昼寝をしていた小さな子供のころから全く変わっていない。
(セイヤにも言われたけど。悪いことをしたな。呪いが解けたらちゃんとフォローしてやらないと。なにもウソをついてゴキゲンを取る必要はない。俺が思っていることを言ってやれば――)
などと考えをめぐらせること数分。
――突然。
「うわッ!」
沌が目を見開き真っ赤な眼球を露わにした。
「沌! 起き――」
次の瞬間、ベッドの上に立ち上がったと思ったら、目にも留まらぬスピードで俺にのしかかって来た。
その艶っぽい表情。太腿の柔らかい感触。蠱惑的な汗の匂い。
顔が熱い。心臓がバクバクと高鳴る。
「初めまして。になるのかな?」
「は!? なに言ってんだ沌! おまえのことなんかオムツ取れる前から知ってるぞ!」
「トンじゃないわ。私の名前はシトリー」
「シトリーだと!?」
「そう。わたし人間界でもけっこう有名なんだってにゃあ」
シトリーと言えば『ソロモン七十二柱の悪魔』の中でもかなり有名な部類に入る。その個性はひとことで言うと『ドスケベ猫』。
「一昨日の夜からこの子に取りついてるんだけどね。結構ガンコでさあ。完全に意識を奪うのにいままでかかっちゃったにゃ。まあ「過程」を楽しませてもらったからいいんだけどね!」
「クソ! やっぱり悪魔憑きか……!」
下から拳を放つが簡単に受け止められる。
「あらあら。乱暴だにゃあ。大事な体に傷をつけるつもり? まあそんなこと不可能だけど」
「グッ――!」
さらに強い力で俺を押さえつける。
「そんなことよりさ。いいことしようにゃ! この子のカラダだからかな? 昨日からあなたを食べたくてしようがないの」
そういうと沌……いやシトリーは自らワンピースをずりおろし、まっしろな胸を半ばあらわにした。
「な、なにをして――」
「ほら。あなたも出して」
俺のシャツに手をかけ、乱暴にボタンを外す。
「や、辞め――」
「本当にやめちゃっていいのかにゃ?」
首筋にザラザラとした舌を這わせた。背中に寒気が走る。
「あなただってしたいんじゃないの? 素直になりなよ。それとも。実はもうこっちは素直だったりして」
と俺の股間に手を――
「キャンキャンキャンキャン!」
伸ばそうとした瞬間。ドアがガラガラと開き、同時に仔犬の可愛らしい泣き声が聞こえた。
「グラ!」
ヤツは素晴らしい脚力で飛び上がり、沌の首筋をペロペロと舐めた。
(これは――『魔犬魂浮牙』!)
グラの得意技、魂を操る魔犬魂浮牙により――
『穢れた魂よ! その姿を現せ!』
沌のカラダからなにか透明なものが現れる。それはやがてはっきりと像を結んだ。
『ぐ、グラシオ・ラボラス! くっそにゃー! いいところでジャマを!』
『黙れ下等生物。雌猫風情が吾輩の誇り高き名を口にするな』
現れたのは一匹の子猫だった。薄紅色の体毛にすらりとした体格、長い尻尾。そしていかにも猫といった風情の鋭い目つき。アビシニアンという品種のものに極めて近い。
ヤツはそのちんまりとしたおしりをクイっと上げてグラを威嚇している。
こう言ってはなんだが、その様子は大変に可愛らしかった。
グラはもちろんそんな威嚇にひるむことなく、シトリーを問い詰める。
『誰の差し金だ? この娘におまえを呼び出すような魔力はない。つまりおまえが自ら『召喚された』ということ。しかし。おまえはそんなことを自分からするようなタイプではない』
『うるっさい! そんなこと教えてやるもんか!』
俺はその様子をポカンと見つめていた。するとグラの叱責を受ける。
『なにをボウっとしておる! 闘うぞ!』
「た、闘う!? そんなこと言われたって!」
『勝てぬ相手ではない。いいから早くアレを持て』
といつのまにか持ち込まれていたギターケースを前足で示す。
「ちくしょう! どうなっても知らねえぞ!」
俺はケルベロストライデントを取り出しテキトウに構えた。槍の先端の犬たちがワンワンワンワン大変うるさい。
シトリーはそいつを見て大袈裟に驚いて見せた。
『あらぁ怖~い。そんなもの喰らったらひとたまりもないにゃあ~。そういうことなら――!』
シトリーの両眼が妖しいピンク色の光を発すると――
『タカユキ! 逃げ!』
一瞬カラダが痺れるような感覚があった後。
――パン!
という破裂音とともに身に着けている衣服が弾け飛んだ。下着に至るまですべてだ。
『私の能力は『ネイキッドハート』。テキの衣服を破壊する能力。重武装兵を倒すのにも便利だし、もちろんエッチなことにも使えるにゃ♪』
そうだ。たしかに魔術書にも書かれていた。これがヤツがドスケベ猫と言われる由縁。
『おちんちん可愛い! あとで落ち着いたら食べさせてね!』
「くそっ!」
俺がどこぞのお笑い芸人のごとくその辺にあった書類で前を隠している内に――。
「ニャニャニャニャ!」
シトリーは俺の脇を通り抜け、窓のさんの上にジャンプ。カギを器用に開けた。
『そのまま追い駆けてきてもいいよ!』
「ま、待ちやがれ!」
さすがにフリーダムが売りの我が校でも、全裸でほっつき歩いては退学になりかねない。ってゆうか生活指導のクソ松に見つかったら殺される。
俺は鞄からジャージを取り出した。
「ノーパンジャージはちんちんがしゃりしゃりするが仕様があるまい」
『あっ! 待て! タカユキ!』
ジャージの上下を身に着けた瞬間――
パン!
またあの音がして、ジャージが無残に弾け飛んだ。
「なっ……! どうなってやがる!」
『ヤツの『ネイキッドハート』は『永続』。おまえはもう生涯、衣服を身に着けることはできない』
「ウソだろ!?」
ベッドに敷かれた白いシーツをローブのごとく身に纏ってみる。
――パン!
布団は一瞬でボロ布と化した。
なんということ。俺はもはやジャパニーズ裸族として生きてゆくしかないのか。
『例外は――ヤツを倒した場合のみ』
グラはクルっと踵を返すと、入口のドアに後ろ足で蹴りを入れ乱暴に開けた。
『安心しろ。吾輩がどうにかする』
「ば、場所は分かるのか……?」
『屋上だ。魔犬の鼻を舐めるではない』
(――あいつにああは言ったものの)
グラは屋上へと続く階段を上りながら考えた。
自分は現在、魔力が殆どゼロに等しい。これでシトリーに勝つことができるのか。
(体技にも自信はあるほうだが……まあやってみなければわからんな)
屋上へと続く扉を開いた。すると。
「ガアアアアアァァァァァァ!」
野獣のごとき咆哮が聞こえた。
そこに立っていたのは。
髪の毛を角刈りにして、ぶっとい竹刀を肩に構えた巨躯の男。
『生活指導のクソ松……!?』
彼はグラにとっても(まあ当たり前だが)なんども学校から追い出されそうになった天敵であった。
『ニャフフフ。ここの人間の中では強い肉体を持ってるみたいだから借りてみたよ』
クソ松は巨体に似合わぬ可愛らしい声でそのように述べた。
『なるほど。中身はネコか』
『嬉しいな。地獄じゃあとても敵わなかったあなたをカンタンに殺せるなんて』
『ホザけ。化け猫風情が。リアルねこまんまにしてくれるわ』
(マズいな。コレは……)
クソ松……いやシトリーは竹刀を頭上に構え、グラに向かって振り下ろした。
『くッ――!』
横っ飛びしてこれを躱す。
竹刀の先端はそのままコンクリートの地面にハチ合わせ。バキキキキという快音と共にへし折れた。
『あら。簡単に折れちゃった。でもより凶悪になったと思わない?』
竹刀の先端は剣山のごとくギザギザになっていた。
『次は逃さないニャ!』
シトリーは凶器と化した竹刀を薙ぎ払うように振るう。
グラはそいつを驚異的な敏捷性と跳躍で避ける。
しかし。
『クッ!』
反撃に出ることはできず防戦一方。徐々に隅に追いやられてゆく。
『ちっ。体力も随分落ちているようだな』
『追い詰めたぞ! 死にゃあああ!』
シトリーが竹刀を振りかぶったその瞬間。
「待てええええええええええええええい!」
グラのピンチに颯爽と現れたのはモチロン――
『タカユキ!』
そう。この俺。ワタナベタカユキであった。
手にはケルベロストライデント。実に勇ましい。
「ん? クソ松?? そうか! シトリーの野郎! 今度はクソ松に乗り移ったか!」
『そんなことより! なんつー格好をしてるにゃ!』
俺は黒いガムテープで全身をグルグル巻きにすることによって己のカラダを隠匿していた。ところどころにスキマが――というかスキマだらけだが、局部と乳頭は完全に隠れている。
「さすがのネイキッドハートもこいつを衣服とは認識しなかったようだぞ」
『わあわあ! 変態さんだにゃ!』
「変態などではない! これはジャパニーズTMレボリューションだ!」
俺は無駄にカラダを捻ったかっこいいポーズを決めたのち、ケルベロストライデントを構えた。ワンワンワンワン! やかましいことこの上ないが、相手が猫ということでなんとなく頼もしい。
『だっさいにゃあ。そのヤリ。誰がデザインしたにゃ?』
「うるせえ! その見た目でにゃあにゃあ言うんじゃねえ!」
トライデントを手に突進! ――しかし。
『舐めるんじゃないにゃ! 人間が悪魔に敵うと思うか!』
シトリーは竹刀を野球のバットのごとくスイングし、ケルベロストライデントを払った。
「なにィ!?」
スイングの威力は凄まじく、トライデントはあっけなく俺の手を離れ地面に転がってしまった。
「――しまった!」
『死にゃあああああああああああ!』
竹刀の先端が俺の喉元をめがけて突っ込んでくる。
――避けないと。
だが間に合わない。
次の瞬間。「ぐさり」という硬いモノが肉に突き刺さる音と血の臭い。
「――!?」
しかし。俺は無傷だった。なぜなら。
『世話のかかるヤツ』
グラが俺とシトリーの間に入り、俺が受けるはずだった一撃を代わりに受けたからだ。
打ち上げられるようにして空中を舞ったグラの小さな体は、コンクリートにべちゃっという音を立てて落下した。
『グラーーーーーーーーッ!』
俺が駆け寄ろうとすると、グラはすっくと立ちあがる。
『バカモノ! ヤリを拾わんか!』
「ハッ――!」
見ればシトリーがケルベロストライデントを踏みつぶそうとしていた。
「うおっ!」
俺はヘッドスライディングをするようにしてそいつを奪取。なんとか立ち上がった。
TMRスタイルでコンクリヘッドスライディングを決めたため、全身がすりむけ血がしたたる。――だがそんなことより。
「グラっ! グラっ! 大丈夫か!?」
背中辺りがザックリと切れ流血状態。
茶色くふわふわした体毛が赤く染まっているさまは大変に痛ましかった。
『ふん……こんなもの。蚊に刺されたようなもんだ』
と首を後ろに回し傷をペロペロと舐める。
「……許さんぞキサマ」
俺はシトリーを睨み付け、再びヤリを構えた。
『ふん。そいつが勝手に入ってきたんじゃない。まあいいにゃ。かかってくるにゃ!』
俺は腰を深く落とし突進の構え――。
『ワンワンワンワン!』
だが。グラが俺を制止する。
「なんだよ!」
『そんなヤリさばきではいくらザコとはいえ悪魔を倒すことはできんぞ』
グラはヘッヘッヘ! と荒い息をついていた。
「そ、そんなこと言ったってヤリなんか習ったことないし」
『そういうことをいっているのではない!』
俺の足もとに近づき、後ろ足でゲシっ! と蹴りをいれてきた。
『ちゃんと魔力をこめろと言っている!』
「そんなこと言われてもやり方が……」
『やり方ならわかるだろう。召喚をするときと同じようにやればいい』
「召喚をするとき?」
『ああ。あのときのおまえはイイカンジに魔力を集中できているぞ』
俺は記憶を辿った。自分がいつもどうやって召喚の儀式を行っているか――。
『自信をもてタカユキ。おまえは不完全とはいえ、この私を召喚して見せるほどの魔力の持ち主なのだぞ。 あんなザコに負けるものか』
などともう一発蹴りを入れてくる。こんどは結構痛かった。
「わかったよ。言われた通りにしてやる。でもどうなっても知らねえぞ」
俺はヤリを持ったまま、コンクリの上に座禅を組むようにして座りこみ、
『な、なにをしてるんだオマエ』
きつく目を閉じた。
「なにって召喚をするときと同じ体勢を取ってるんだよ」
『座って目えつぶらないとダメなのか?』
「うん」
『その状態からどうやって攻撃するつもりだ。目ぇつぶっちゃってからに』
「おまえが俺の目となれ」
『ハァ?』
「だからおまえが――」
ビシッ! っという音が会話を遮る。シトリーが竹刀を地面に叩きつけたようだ。
『なんかベラベラやってるみたいだけど。そんなのいつまでも待ってるほどお人好しじゃないにゃ!』
ヤツの足音が聞こえる。
徐々に近づいてくる。
それでも俺は目を開かない。
むしろ目をぎゅっと閉じて意識を集中させる。
そして叫んだ。
「頼むぞグラ!」
『――!!』
(よし――いくぞ!)
俺は呼吸を止めた。
自分の中にエネルギーが蓄積されていくことを感じる。――そして。
『ワン!!!(今だ!)』
グラが吼えた!
それと同時に目を閉じたまま立ち上がり、
「ワオオオオオオンンン!」
真正面にヤリを繰り出した。
『ぬぎゃにゃああああああああああああ!』
両手に確かな手ごたえ!
シトリーは呻き声と共に屋上の端から端まで吹き飛び、周囲を囲む金網に背中を打ちつけた。
「やった――!」
しかし。
『ミャミャミャミャミャミャーーーーーーーーー!』
猫。一体の仔猫がこちらに駆け寄って来る。
『しまった! 脱出していやがった!』
そいつは二メートルほどもジャンプして跳びかかると、
『ミギャギャギャギャギャ!』
俺の体を覆うガムテープの端っこに嚙みついた。そして。
『ダニャーーー!』
そいつを一気に引っぺがした。ビイイイイイイイ! という快音とゴムの臭い。
俺の全身、特に股間に一〇〇万ボルトの電流が走った。
「ギイイイイヤアアアアアアアアア!」
あまりの痛みにすっぱだかのままコンクリートを転げ回る。
『ニャーーーーーーーハハハハハ! 痛そう! 痛そう! 痛そう! 痛そう!』
可愛らしいアビシニアンは勝ち誇った雄たけびをあげると、
『トドメにゃあああ!』
キリモミ回転をしながらこちらに跳びかかってきた。
(こんどこそダメかな……)
俺は思わずギュッと目を閉じる。
しかし。
(……なんだ? なかなかこないじゃないか)
致命的ダメージを前にして時間感覚が狂ったか。シトリーがなかなか襲いかかってこない。そして俺の耳にカーン! カーン! というなにかやけに聞きなれた、不思議と安心するような音がうっすら聞こえてきた。
俺は目を開く。すると足もとには心臓を抑えて苦しむシトリーがいた。
そして。背後から今度ははっきりと「カーン!」という音が聞こえた。
「この音は! 沌!」
俺の叫びと同時に屋上のドアが開き、よく見慣れたやたら前髪の長い女の子が姿を現した。左手には藁人形。そして右手には釘とカナヅチ。
「保険室に。猫ちゃんの毛いっぱい落ちてたよ」
彼女は人形に釘をブッ刺し、そいつをカナヅチで思い切り叩いた。
『ウミャアアアアアアアア!』
『今だ! タカユキ!』
「うおおおおおおおおお!」
俺はトライデントを頭上に振りかぶった。
そして目を閉じて意識を集中。
「ハアッ!」
魔力をたっぷりこめたヤリを思い切り振り下ろした。
轟音と共に屋上の真ん中に巨大な穴が開き、コンクリートの粉末が空中を舞う。
それと同時に。
「みゃみゃみゃ……」
硫黄臭い黄色い煙がドーム状に立ち込めて屋上全体を覆った。
そいつはしばらく滞留した後、柱状になって天に昇ってゆく。
俺はそいつを見つめてポツりと呟いた。
「シトリーは……死んだのか……?」
さすがにちょっと後味が悪い。いくら凶暴な悪魔とはいえ猫ちゃんを――。
「悪魔は滅びはせん。安心しろ。もっとも。実体を持って復活するのは数百年後だろうがな」
「それなら……よかった」
俺はフラフラとした足取りでグラの所まで歩いた。
そして右の拳をヤツに向かって突き出す。
『……どうした? この拳はなんだ?』
「なにって。知らねえのか? グータッチだよ。拳を合わせるんだ」
『なんのために』
「一緒にすげー頑張って闘っただろ。その健闘を称える必要がある」
『変なヤツだなタカユキは』
「ユートゥーだぜバカ野郎。いいから早くしろ。なんか体がダルいんだ」
グラは前足の肉球を俺の拳にふよっと合わせた。
『これでいいの――おいッ! タカユキ! 大丈夫か!』
「タカちゃんんんんんんん!」
意識が遠くなってゆく。不思議と悪い気分ではなかった。
――気絶したクソ松はあとでスタッフが美味しく……じゃなくて病院に運びました。
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