第10話 沌の様子がおかしいなんてもんじゃない
――そんなことがあった翌朝。
いつもの通り沌の家の前で彼女が出てくるのを待つ。
昨日のことがあったから、いっしょに登校したがらないかな? などとも思ったが、沌はいつも通りの時間に現れた。
「沌おはよ――ん? おまえ大丈夫か?」
なにやらいつもと違う雰囲気を纏っている。いつもダランと下ろしている前髪を少々横に流しており、過剰防寒具のカーディガンや分厚いタイツも身に着けていない。まあそれはむしろ良いのだが。
「風邪でも引いているんじゃないか?」
頬を中心として顔全体がほんのりと赤く染まり、なんだかトロンとした目をしていた。唇もやけにつやつやと水分を含んでいるような気がする。
「引いてないよ。カゼなんか」
声にもなにか違和感がある。やけにねっとりとしているというか色っぽいというか。
「ウソだー。ゼッタイ熱あるって!」
「そんなことないよ」
そういって沌は急激に俺との距離を詰め、
「ホラ」
首にぎゅっと腕を回した。
「な、な、な!?」
顔が紙一枚隔てたくらいの距離にある。そして。
「ねつなんてないよ」
コツン。
自分のオデコを俺のオデコにくっつけた。
――驚きに心臓が高鳴る。
「へいねつでしょ?」
沌はそう言ってオデコを離した。
「いやよくわからなかったけど……」
まだ心臓がバクバクと音を立てている。
「そんなイタズラするくらい元気なら大丈夫か……」
沌はそんな俺のツラを見て、非常に彼女らしくない妖艶な笑みを浮かべた。
「タカちゃん。顔まっか。なにされると思ったの?」
「うるせー! 早く行くぞ!」
一部始終を見ていたグラがポツリと呟いた。
『ふむ……沌の中でなにか意識改革のようなものがあったらしいな。よいことだ』
学校のほうでも沌の変な感じは話題になっていた。
「今日の紺野さんいつもとちがくね?」
「なんかいろっぽいっていうか」
「目が出てるしな。アレ? かわいいかも」
「オレは前からかわいいと思ってたよ」
「インスタ映えするねえ。先生写真撮っちゃおうかな」
「なにかあったんだろう」
「そりゃあ女の子があんな風に変わるって言ったらひとつでしょ」
「つまり……大人の階段をアレしたってこと!?」
「相手はもちろん……」
「うそー! ワタナベくんのいきがってるけど童貞な感じ好きだったのに」
「全部聞こえてるぞてめえら! 少しはひそひそ話せ!」
――とはいえ。別段事件もなく、授業は滞りなく進み放課後を迎えた。
「さーて今日も部活に行くかー」
カバンを持って立ち上がる。
「あっちょっと待ちなさいよ」
するとセイヤが話しかけてくる。
「なんだ? おまえも来るか?」
「そうじゃなくて」と沌を指さす。
「紺野さん明らかに体調悪そうじゃない。家帰って寝てたほうがいいんじゃないの?」
「まあそうだな。じゃあ沌。今日はおとなしく帰ろう」
「風邪じゃないけど。帰るのでもいいよ」
沌はボソボソ声でふわっとした回答を返した。
「よっしゃ。じゃあ帰るか。セイヤも一緒に帰ろうぜ」
「えっ!? わ、わたしはいつもいつもあんたら悪魔崇拝者につきあってるほど暇じゃないの!」
「そっか。ならいいや。じゃあな」
グラがちょこちょこと後ろをついてくる。
『まったく。あの女も素直になればよいものを』
帰り道。俺は一方的にペラペラとしゃべり、沌は主に頷いたり相槌をうっているのみ。後ろからワンワン吠えながらグラもついてきている。まあいつものことであり、普段ならむしろ安らぎを感じるようなものではあるが、今日ばかりはなんだかソワソワと落ち着かない。
「なあ沌、本当に調子は悪くないのか?」
商店街を通過するあたりでそう尋ねた。沌は見慣れたはずの景色をキョロキョロと見回しながら、
「大丈夫だから」
俺の右腕に両腕を絡ませた。
「なっ!」
「買い物したいな。服欲しい」
「ええええええええ!? どうしたおまえ! ぜったいおかしい! ぜったいカラダに変調をきたしている! ぜったいにオナカ痛い! 即座家帰ったほうがいい! いや病院行かないと死ぬ! ゼッタイに死ぬ! ぜったいにオナカ痛い!」
『いいではないか。行ってやれタカユキ』
「そんなこと言ったっておまえ!」
『我輩は先に家に帰っておる! ちゃんとエスコートしろよ! さもないと魂を抜く』
「どういうこったそりゃあ……」
グラは走り去ってしまった。
沌はにっこりと微笑みつつ俺の目をじっとみつめた。
(やっぱおかしいよ……こんなかわいい顔をするのは沌じゃない……)
「ただいまー」
帰宅。リビングではグラがミシャンドラをいじめて、父親が飯を作り、母親がテレビのお笑い番組を見て爆笑している。といういつもの光景が繰り広げられていた。
「キャンキャン!」
グラは俺の姿を見かけるや、顔面に強烈なボディアタックをブチかましてきた。
「なにしやがるこのバカ犬!」
『どうなったのだ! 沌とは』
仰向けに倒れた俺にのっしとのしかかってくる。全然重くはない。
「なにをそんなに興奮しているのか知らんが別になにもないよ。服買って帰ってきた」
「なんだつまらん」
とわざわざ顔を踏みながら俺から降りた。
「やっぱりあいつおかしいよ……」
『なにがおかしい。女の子が服欲しがって』
「だってさ。買った服これだぜ」
スマートホンを取り出し、試着した様子を撮影したものをグラに見せる。
『ほうほう』
一枚目の写真には、赤いオフショルダーのカットソーにデニムのホットパンツという、普段の沌のイメージとは著しく乖離した姿が映されていた。
「おかしいだろう?」
グラがモフモフした前足でスマホをスライドさせる。
二枚目はこれまたド派手なショッキングピンクのミニスカートワンピース姿。お腹辺りをギュッと締める黒いコルセットが胸を強烈に強調していた。
『なかなか似合うではないか。イメージよりもスタイルがよいのだな。沌は』
「まあ胸はそこそこあるよな……ってそうじゃなくてさ。あいつがこんなおしゃれでセクシーな服を欲しがるのがおかしいって言うんだよ」
グラはそうかなー? とでも言いたげに首をかしげる。
「もしかして呪いにでもあってるんじゃないかな? あいつよく人を呪うからさ。呪い返しにあったとか」
『ありえない話ではないな』
「仕方がない。解呪の方法を調べてみるか」
「なんの呪いかわからなければ調べようがないのではないか?」
「うーむ。でも一応文献をあたってみる」
その日は夜中まで解呪の方法を調べて、気づいたら眠っていた。
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