第9話 暗い部屋で一人

 沌は誰もいない家に帰り着くと、自室に籠り魔法円を展開し始める。

 彼女は焦燥にかられていた。

 少なくとも悪魔召喚の部門において、タカユキの方が自分よりはるかに素質がある。そんなことはとっくの昔に知っていた。しかしここまでの差がつくとは。このままではあのとき誓いあった世界征服の野望にとって、自分はまったく必要ない存在となってしまう。

 ――それだけは耐えることができない。

 沌は入念に準備を整えた上で、

(今度こそ――!)

 再び呪文を唱えた。

『われは、汝、聖霊【アスタロト】を呼び起こさん。至高の名にかけて、われ汝に命ず。あらゆるものの造り主、その下にあらゆる生がひざまずくかたの名にかけて、万物の主の威光にかけて! いと高きかたのに姿によって産まれし、わが命に応じよ。神によって生まれ、神の意思をなすわが命に従い現れよ。アドニー、エル、エルオーヒム。エーヘイエー、イーヘイエー、アーシャアー、エーヘイエー、ツアパオト、エルオーン、テトラグラマトン、シャダイ、いと高き、万能の主にかけて、汝、【アスタロト】よ、しかるべき姿で、いかなる悪臭も音響もなく、すみやかに現れよ!』

 すると。魔三角陣から黄色い煙がたちこめ、一瞬で部屋全体を覆った。

「やった――! ゲホゲホゲホ!」

 沌は目をこすりながらも三角陣の内部に存在する悪魔の姿をとらえようとする。

 煙ではっきりとは見えないが確実になにかがいる!

 沌は早く煙を晴らすべく、立ち上がって窓を開けた。すると。

『ホントに来られちゃった。これが人間界かぁ~』

 彼女の耳、いや脳内にうっすらと女性のような声が聞こえた。

『あなたのカラダ。貸してね』

 沌の意識は薄暗くフェードアウトしていく。

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