噂に芝居って……いったい何のことなのだろうか。

 言いながら、二人ともが俯いてしまう。

 どうしよう……嫌われたか。はたまた、呆れられたか。いや、そんな生易しいものじゃない。

 いったいどうしたら、この誤解は解けるのだろう。

 わたしが動けずにいると、ゆらり。

 エルサさんが、俯けていた顔を上げた。

「ったく、最初っから言っといてくれよ。そしたらさあ、無駄な時間使うことなかったんだからよお……なあ――あんたが噂の、猟奇殺人犯なんだろ?」

「え――?」

「もう良いのですよ、知らない振りは。幼稚なごっこ遊びは、止めにしましょう? だって、この館を真っ赤に染め上げたのですから――それが、何よりの証ですよね」

 このひとたちは、何を言っているんだろうか。

 二人の様子が、おかしい。

 先程までの、わたしを軽蔑するかのようなそれとも、また違う。


 ――彼らは、豹変していた。


「なあ。いっつもそうやって館に来たやつらを騙して、バラバラのぐちゃぐちゃにしてんのか?」

「そうなのですか? さすが、噂をご自身で流されるだけありますね。相当な自己顕示欲の持ち主とお見受けします……満たされないのですね。そうして、繰り返すのですね。ねえ、どうですか? 今もその頭の中は、ボクたちのことを切り裂く妄想でいっぱいなのでしょう?」

「やった時さあ、どうだったんだよ。やっぱり今みてえに笑ってたのか? 愉しかったのか? なあ、どんな気分だったんだよ」

「それで、いったい何を使われたのですか? 処理は、どうされたのですか? もったいぶらずに聞かせてください。是非、教えてくださいよ」

「な、何のことを言って――わたしが、殺人犯?」

 愕然と目の前の二人を見る。

 またもや脳内で警鐘が鳴り響いていた。

 きっと、いや確実に。

 わたしは、このままここにいてはいけない――そう、本能が告げている。

「んだよ、あくまでもしらばくれるってか……じゃあ――」


 ――殺すか。


「――え?」

 小さな呟きは、確かに耳へ届いた。

 それは、歪んだ口元――エルサさんから発せられた言葉。

 冗談ではなく、見下された鋭い視線から投げられた声に、この瞬間。

 わたしは、になったことを知った。

「あたし、身内には甘いんだけどさ……あんた、同じ匂いがするし。だから、仲良くなれると思ったんだけどよお……なのに嘘吐きやがるし、性懲りもなくしらばくれるし……ってえことはさあ、裏切る可能性があるっつーことだろ? 歩み寄る気なんざねえってことだろ? そんなやつとは相容れないね。仲良く? んなの無理だよなあ……それにあたし、トーリを傷付ける可能性があるやつは、ぜってえ許さねえんだよ。そいつは徹底的に壊す。んで、殺す――ってえことだから、死ね」

「あ……あ……」

 震えて声も出せない。

 縋るようにトーリくんの顔を見る。が、その瞬間に愕然とした。

 あの優しい瞳が面影さえ残さず。今や残虐な笑みを浮かべ、冷たい視線を放っていた。

 もう、ここに救いはない。

 やっぱり、わたしの直感は間違っていなかった。

「わかりました。今からは、ですね。であるならば――、ですね」

「トーリ、く……エ、ルサ、さ……」

「ああ、良いですね、そのお顔……ボク、もっと見たいなあ……さあ、どうぞ。みっともなく泣いてみてください。叫んでも良いのですよ? 遠慮なんて、いりませんから。恥ずかしがらずに、ね? だって、どうせもうすぐ壊れて動かなくなってしまうのですから……だからその前に、いっぱい声、聞かせてくださいね?」

 すらりと、トーリくんが取り出したのは、何の変哲もない包丁だった。

 だが、それは既に赤い液体で汚れている。

 気付いた瞬間、思わず口元を手で押さえた。

 再び口角が上がる。触って実感したそれは、止められそうにない。

 そうして唇を隠したままに、わたしはおそるおそる、思ったことを口にした。

「も、もしかして、あれをやったのは……」

「あ? 何言ってんだ、あんただろ。いい加減とぼけてんじゃねえよ。しつけえな」

 鋭く刺さる視線。しかし、何故だろうか。そこに嘘はないと感じた。

「わ、わたしじゃないです……あんなこと、わたしには、できません……!」

「どうだか……じゃあ、何だ? あんたじゃなきゃ、誰がやったっつーんだよ。あたしらか?」

「それも、違う……と、思います……」

「あん? 何だ、それ」

「わからないです……でも、エルサさんとトーリくんはやってないって、そう、思います……」

「は?」

 指をぽきぽきと鳴らして。首をごきごきと回して。

 女は胡乱な目でわたしを見る。

「じゃあ、誰だよ。今すぐ連れてこい」

 今すぐ――そんなこと、言われても……。

「あー、そういやあんた。連れがいるとか言ってやがったな」

「キーツ……」

 思わず漏れた声……すぐにそれが失言だと気付くが、遅い。

 放った言葉は、二度と返らない。

「へえ? キーツってのか、そいつは」

「おや、それは初耳です。連れの方がいらっしゃることすら、わからないといった反応をされておられたのに。やはり、すべて演技だったのですね。ここで名前を口にされるとは……とんだ女優ですね、セナさん。名演技でした。本当にボク、すっかり騙されてしまいましたよ」

「ち、違うんです。本当に忘れてて……さっき! さっき、寝て起きたら、思い出してて……」

「寝て起きるたびに一個ずつ思い出すってか? ははっ、何だそれ」

「でも、本当に――」

「るっせえよ……吐くんなら、もっとマシな嘘吐きな」

「そんな……」

「もういいや……あんたと話すのめんどくせえ。飽きた――大人しく、死んどけよ」

 ソファーに座ったままのわたしに向かって、大股で歩いて来るエルサさん。

 武器はなく、手のひらを握ったり開いたりを繰り返している。

 どうやら、彼女はその身でわたしを殺そうとしているのだろう。今から暴力を振るおうという女の顔は、愉しそうに歪んでいた。

 隣にゆらりと立つトーリくんの手には、包丁。

 こちらの顔には、一切の笑みが消えていた。冷酷な瞳が、わたしを蔑んでいる。


 このままじゃわたし、二人に殺されてしまう――


 じわりと浮かんだ涙が、こんな時に視界をぼやかせる。

 ああ、邪魔だ。これでは見えないではないか。

 わたしは――

「へえ……」

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