そんな淡い期待を抱いて、わたしは元来た道を戻る。
階段を下りていき、一階。そして、地下へ向かった。
「……そうだよね」
下り立った瞬間、私の期待は泡となり、儚く消えた。
奥に行くまでもなく、わかった。
この階に、部屋はない。
それでも、ここまで来たのだからと言い聞かせ、わたしは足を進めた。
地下にあったのは、物置の空間とボイラー室。それから、電気室だった。
コの字型の廊下には、他に何もない。
仕方なく、わたしは階段を上り、二階へと戻った。
「あの部屋のこと、何か知ってるかな……」
開かなかった部屋を思い浮かべる。
聞いてみよう。そう思い、二人の部屋の扉をノックした。
「……いないのかな?」
もう一度ノックをしてみる。だが、返事はない。
用があると言っていたし、きっと二人も旅行か何かで来たのだろう。ずっと部屋にいることもないか。
「また、後で聞いてみよう」
しかし、どうしたものか。一通り、館は見て回った。
だが、連れに関することは何も得られなかった。
ただ、館のどこにどういった部屋があるのかを把握したに過ぎない。
荷物の中には、時間を潰せそうな物はなかったし、まだ昼も遠い。
一人で、今からどうするか。
娯楽室へ行こうか……いや、あったのは一人で遊べるようなものではなかった。
では、どうしたものか。
迷った挙句、わたしは書庫へ向かうことにした。
どうやら、わたしは本が好きなようだ。並んでいる背表紙を見ているだけで、わくわくした。
現在この空間にいるのは、わたし一人だけ。貸し切り状態に、まるで独り占めしているようで、心が躍った。
そうしてわたしは、しばらく本を読んで過ごすのだった。
「ふう……」
時計をふと見上げると、昼を少し過ぎたところだった。
どうりで……と、声を上げた腹の虫を、服の上から押さえる。
少年のように手際よく――という想像はできないが、朝方にたくさんの食材が揃っているのは、ちらりと見た。
わたしにも、簡単なものであれば、何か用意できるだろう。
ちょうど、本も読み終わったところだ。ぱたりと閉じて、元通り本棚に戻す。
立ち上がり、腕や背筋を伸ばした。ぱきぱきと、小気味良い音が鳴る。
そうして書庫を出て、まっすぐ進み階段を下りた。
一階に着いて、玄関を横目に左へ折れて、そのまま食堂へ直進する。
そこにはやはり、誰もいなかった。
隣の調理場へ向かい、冷蔵庫を開ける。
さて、どうしようか。
本当にいろいろと揃っている。野菜や肉類、麺類も豊富だ。
これなら何でも作れそうだ……腕さえあれば。
書庫にいる時もそうだったが、こういった思考に至るということは、おそらく料理は得意ではないのだろう。本棚の前にいた時と、感情の揺れ方が違う。
とにかくと、わたしにも用意できそうなものがあるだろうかと考えながら、今度は棚を漁った。
と、そこで缶に入ったミートソースを見つける。これを使わせてもらうことにしよう。
スパゲッティーを茹でて、缶を開けるだけ。なんて簡単だろうか。
美味しければ良いのだ、ご飯なんてものは。
そう、誰に言うでもなく言い聞かせて。
わたしは、見つけておいたパセリをみじん切りにして、チーズとともに上からかけた。
朝にも飲んだオレンジジュースをコップに注いで、食堂へと運ぶ。
そうしてわたしは一人、優雅に食後の紅茶まで用意して、ランチタイムを楽しんだのだった。
「さて、と」
食器を片付けて、わたしは庭へ来ていた。
食後の散歩と言えば聞こえは良さそうだが、何のことはない。ただただ、暇なのだった。
もしかすると、何か目的があってこの地を訪れていたのかもしれないけれど、何も覚えていないのだ。一人では、ただただ時間を持て余してしまうだけ。
豪華な夕食を作る腕があれば、今から下ごしらえでもするのだろうが……生憎と、気も乗らなければ、そんな技術もないようだ。
というわけで、わたしは館の周りをぐるりと、ゆっくり回っていた。
「といっても、周りは木だらけ。館も同じ壁が続いてるだけで、外観に特別な装飾もないし……」
一周は、すぐに終えてしまった。周りを木々に囲まれていることと、館が四角いことを再認識しただけで、収穫はなかった。
玄関の前に戻ってきたわたしは、森の入り口へと目を向ける。
車一台分くらいの幅――舗装もされていない道が、門から遠く向こうまで続いていた。
行ってみようか……いや、やめておこう。バルコニーから見渡した森は、どこまでも続いていた。
歩いて行ったところで、疲れるか、迷うかしてしまうだけだろう。
それに、車やバイクが自分の物であるとは到底思えなかった。所持品の中に車両用の鍵はなかったし、自身が運転しているイメージはまったく持てない。
バイクはあの女性が乗っていそうだ……こちらは、印象にぴったりだった。
ここまで、あのバイクに乗ってきたのだろうか。
車は誰だろう。
それに、わたしはどうやってここまで来たのだろうか。
本当に、何もかもがわからなかった。
やはり、一人で考えていたって仕方がない――結局のところ至った結論に、溜息が零れた。
ともかく、ここは大人しくしていよう。
「ふあ……」
大きな欠伸。憚る人目がないため、堂々としたものだ。
お腹も満たされて、昨夜は飛び起きて――わたしは、睡魔に目を擦る。
「昼寝でも、しようかな……」
呟いて、わたしは部屋へと向かう。
少しだけ……そんなことを考えながら、一人には広いベッドに身を沈め、目を閉じたのだった。
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