3

「さて、と……」

 食堂を出て右を向くと、調理場の壁が続いていた。廊下からも入れるのだろう。入り口が一つある。

 その前を通り過ぎていくと、男、女と入り口の別れた浴場が、顔を出した。ひょっこり覗くと、脱衣所がある。

 中には使用した形跡があった。エルサさんは、ここでシャワーを浴びていたのだろう。

 しかし、今は用がない。夜になったら来ることにしよう。そう決めて、わたしはその場を後にする。

 突き当たりには風呂場しかなかったので、くるりと踵を返した。

 食堂の前まで戻り、右に折れて。並んでいるトイレや書斎、応接室をそれぞれ覗いて、階段の前まで戻ってきた。

 目の前には、玄関へと続くホール。階段の横を通ると、リビングに娯楽室らしき部屋があった。廊下の突き当たり奥には、物置だけがある。

 少し戻って玄関を背に立ち、頭上を見上げた。天井は、遥か上――そこは、吹き抜けになっていた。

 おそらく、昨夜覗いた場所だろう。わたしは今、ブラックホールの中にいるようだ。

 他に、部屋はない。目の前には、壁だけが続いている。

 どうやら、一階にある部屋は、これですべてのようだ。

 わたしは一度、玄関から外へ出てみることにした。

「庭だ……」

 扉を開けると、広がっていたのは庭だった。

 青い空に、眩しい太陽。爽やかな風が、とても気持ちいい。

 しかし残念なことに、花壇には雑草が生えていた。手入れがされているようには、見受けられない。

 部屋や食堂を見る限り、管理の行き届いている館に見えたのだが……。

 とはいえ、雑草類はすぐに生えてくる。完璧すぎても、息が詰まるというものか。

 そう勝手に納得をして。わたしは、花壇から視線を前方へずらす。

 庭の向こうには、門が見えた。きっちりと閉じられた門を正面に、左側には駐車場だろう――車と、大型バイクが一台ずつ停められていた。

 くるりと振り返る。外から館を見上げると、情緒溢れる二階建ての、正方形の形をした洋館がそこにあった。

 わたしも、旅行でここに来たのだろうか……十八ということは、学生だろうか。連れとは、本当に恋人なのだろうか。

 二人で、旅行に……果たして、そうなのだろうか。

 もし、わたしが先に着いていたのならば、そのひとはいつ来るのだろう。

 いや、もしかしたら別の部屋に泊まっていて、今頃わたしのことを捜しているのかもしれない。

 わたしは、再び建物の中へと足を踏み入れた。

「下は地下、かな……」

 階段は二階行きと、もう一つ。同じ折り返し型の、更に下へと続くものがあった。

 あることには気付いていたが、さてどちらへ向かうか。

 上に行って、また下へ戻るのは効率が悪い。

 しかし、客室が地下にあるとは思えないし、勝手に足を踏み入れても良いものなのだろうかと、躊躇した。

 そのためわたしは、二階へと爪先を向けることにしたのだった。

「えっと……」

 階段を上りきって、後方へと回る。そこにあったのは、一階と同じ、物置だった。

 扉を閉めて、隣の部屋の前に立つ。ここは、娯楽室の上にあたる場所だ。

 見るからに、客室だろう――館の主人か、家族の部屋の可能性もないとは言い切れないのだけれど。

 わたしは一つ息を深く吸って……コンコンコン――ノックをした。

 しかし、返ってくるものはない。しんと静まり返っている。

 誰もいないのか――やや緊張しながらも、試しにドアノブへ手を掛けてみた。

 しかし、ガッという音に阻まれる。どうやら鍵がかかっているらしい。開けることはできなかった。

 やはり、主人か家族の部屋であったのだろうか。

 もしかすると、連れが鍵を掛けて、中で寝ているのかもしれないが……。

 ともかく、わたしはその場を離れることにした。立ち尽くしていたって、何もわからない。部屋は他にもある。

 そう思い左側へ向かうと、吹き抜けに着いた。

 手すりに手を添えて下を覗くと、やはり。先程立っていた玄関ホールが見えた。

 その場から離れ、ホールを右手側にまっすぐ歩く。すると、扉があった。

 そこは、どうやら応接室の上にあたる部屋で、書庫になっていた。

 自由に入って良いのだろう。様々な本が並んでいた。奥にはバルコニーがある。

 立つと、庭や駐車場がゆうに見渡せた。心地よい風に吹かれ顔を上げると、外の景色が広がっている。

 玄関から出た時にも思ったが、どうやらこの館は森の中にあるらしい。

 どこまでも広がる空と、青々とした緑の森。ぐるりと木々に囲まれた、自然を肌で感じられる館。

 遥か彼方には、海のような、煌めく青白の水面が見える。

 街の喧騒から離れた場所――わたしは、癒しを求めてきたのだろうか。

「少し、冷えるな……」

 ふるりと震える。だいぶと暖かくなってきたが、まだ少し寒い時期だ。風に当たり過ぎただろうか。上着も着ずに、薄着で外に出てしまった。

 冷たい風から逃げるように、バルコニーから。そして、書庫から廊下へと出た。

 書庫の隣には収納室。そしてトイレ。

 吹き抜けを背にまっすぐ歩いた突き当たりが、あの二人の宿泊している部屋だ。

 その隣は、わたしの泊まっている部屋。

 そして――

「隣に、まだ部屋がある……」

 わたしの部屋を挟むようにして、一つ。同じ造りだろう。客室があった。

 扉の前に立って、ノックをする。

 またもや返事はない。

 わたしは、そっとドアノブに手を掛けた。

 と、カチャリ。今度は抵抗感など一切なく、わたしの体は室内に招かれた。

「……誰も、いない?」

 整然とした、一見すると綺麗な部屋。使われている形跡はない。

 なにしろ、うっすらと埃が積もっていたからだ。

 どうやら、ここはただの空き部屋らしい。

 それにしても、館の主人は余程慌てて旅行へ行ったようだ。最低限の掃除だけを済ませて、使われる予定のない場所はこうして放置されているのだから。

「使われてもないのか……」

 ここにいるのでは……なんて、少し期待した自分がいた。そのぶん、肩が落ちる。

 開かなかった一部屋が気になるが、これで二階はすべて見て回ったことになる。

 さて、どうしようか……。

「地下も見てみようかな」

 もしかしたら、地下にも部屋があるかもしれない。

 勝手に侵入してはならない箇所ならば、そのように注意書きがあるだろう。

 行くだけ行ってみよう。どうせ時間はあるのだし。

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