「わたしは、セナ、というのですか?」

「は……?」

「す、すみません。何も、わからなくて……」

 びくりと肩を震わせ、女性の声に顔を俯ける。そうではないのだろうが、まるで怒られているようだと感じる声音だった。

「セナさん、それって……」

「わからないって、セナ。それ、本気で言ってんのか?」

 面食らった顔で呆ける女性。それは、すぐさま苦笑に変わった。

「冗談――じゃあ、ねえみてえだなあ。あんた、そういうジョークセンス、なさそうだったもんな……なあ――何があった?」

 瞬間。一転して、鋭い光を帯びた瞳に見下ろされ、一歩後退りをする。まるで、蛇に睨まれた蛙だ。

 何が、と言われても……わたしが知りたいくらいなのだが……。

「それくらいにしましょう。セナさんが怯えていますよ。とにかく、ここでは体も冷えてしまいます。一度、部屋へと戻りませんか?」

 わたしと女性の間に入り、笑顔で宥める少年に促されて。わたしたち三人は、今来た経路を辿るように戻る。

 そうして二人は、わたしがいた部屋の手前――すぐ隣の扉前で、足を止めた。

「セナさん。もしかすると貴方は、眠っていたところへ急な警報音が鳴ったそのことに驚いて、脳内が一時的に混乱しているだけなのかもしれません。一度、ゆっくりと休んで様子を見る、ということにするのは、いかがでしょうか?」

「ふーん? んなことがあんのかよ?」

「わかりませんけれど、何らかの原因があることは、確かでしょうね。それに、今から話し込んだとしても、睡魔に襲われてしまい、効率的ではないでしょう。ならば、明朝の方が良いかと」

「ふうん。だそうだ、セナ。あんたもそれで良いか?」

 とりあえずと、わたしは一つ頷いた。

 反応を受けて、女性はドアノブに手を掛ける。

「じゃあな、セナ。目ぇ覚めて困ったことがありゃあ、何でも言えよ。あたしが助けてやる」

「だそうですので、遠慮なく訪ねてくださいね。それでは、おやすみなさい、セナさん」

 二人はそう言うと、扉の向こうへと消えてしまった。

 わたしのことを知っているようだったが、どんな関係のひとたちだったのだろうか。

 味方かどうかはわからないけれど、一応、敵ではないということだけは、わかった。

「――敵……? どうして……」

 何故、あの二人を敵か味方かで判断したのだろうか。

 咄嗟に至った考えへ首を傾げながらも、わたしは扉を開けて部屋へと戻った。

 上着を脱いで、まだ仄かに温もりの残っていたベッドへと身を沈ませる。

 本当に混乱しているだけなのか。起きたら元通りになっているのだろうか。

 不安の中、目を閉じる。そうであれと、淡い期待を抱いて。

 そうしてわたしは、静かに襲い来る睡魔へと、意識を委ねた。


 ――これは、はじまり。

 このまま目覚めることなく、何も知らずにいられたならば。

 そうであれば、どれだけ幸せであっただろうか。

 だって、間違いなくこの瞬間が、わたしの人生で一番であったから。

 何も知らず、すべてを忘れていられたら……。

 もしかしたら、これは神様がくれたプレゼントだったのかもしれない。

 けれど、何も知らない愚かなわたしは、手を伸ばしてしまうのだ。

 嘘というベールに隠された、その先にあるもの。

 いつだって残酷でしかない、リアルという真実へと。

 そして、ただただ後悔をするだけとも知らずに――

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