第8話 一体その時、桜屋敷かなみは何に妬いていたのだろう。

 彼女たちは確かに笑顔であった。しかし、その貼り付けたような笑顔が自身に向けられたものではないという事実に、俺は心底安堵している。先ほどから彼らは、お互いが何年何組だとか、部活はなんだとか、そんなどうでもよい事ばかりを聞きあって、それぞれの探り合いは手詰まりになりつつあるようだ。しかしだからと言って、俺がその間に割って入るつもりは毛頭ない。だってなんか、二人とも笑顔なのにすっごい怖いし…。

 それにしても、桜屋敷が羽瑞希を警戒して、そんな状況になってしまうのは分からなくもないが、参加させてもらおうとしている、いわば面接者側の羽瑞希がその状態なのは少しまずいだろう。


「鵜鷺先輩は、ハナヤちゃん、いえ、花浅葱先輩と知り合ったのはいつぐらいなんですか?」


 おーッと!ここで桜屋敷選手が、鵜鷺選手の懐にとびこんで行くーッ!はたして、この攻撃にどのような対処、返しをするのか―ッ?

 ここからの実況・解説は、花浅葱灯弥でお送りいたします!よろしくお願いします。

 

 ここでの、桜屋敷選手の一手、花浅葱さんはどう見ますでしょうか?

  

 そうですね。これまでの攻撃と比較すると、少し踏み込みが深い手だったんじゃないでしょうか?とりあえず、鵜鷺選手がこれにどう返すのか見ていきましょう。


「そうだなー、私は一年生の夏休み明け位に灯弥が転入してきて、そのちょっとあと位からかな。でもそんな長い仲って訳じゃないけど、友達とか知り合いの中ではトップレベルに信頼してるよ!ね、灯弥!」


 ここでなんと、解説の花浅葱さんに話しかけるという選択っ!これは…、レギュレーション的には大丈夫なんでしょうか?


「あ、あぁ。わざわざ口に出すのは恥ずかしいが、羽瑞希と慧斗に対してはそう思ってる。」


 大丈夫なようです!それにしても、桜屋敷さんの信頼を獲得するために、花浅葱さんから信頼を得ているという事を主張したのは、悪くない選択だったのではないでしょうか?これを桜屋敷選手はどう捉えたのか気になります!

 しかし、良い選択のように思えるのも事実ですが、その選択をしたという事は、花浅葱さんに恥ずかしい思いをさせることに対して、鵜鷺選手はなんとも思っていないのではないでしょうか!


「そうなんですね。まぁ、ウチはもっとずっと前からなので、比べ物にならないですけど。」


 おっと、桜屋敷選手は何故か不満そうだ!これはもしかして、鵜鷺選手の信頼主張をマウント発言と捉えてしまったのかッ!?


「いや…、それは確かに、良いなって思うけど、量より質だって私は思うけどなー?」


 鵜鷺選手サイドもどうやら引く様子は無い様子ッ!いや、突っかかるなよ!あんた、許可を求めている側じゃなかったか!?


「私はそうは思いませんけどね!所詮お友達はお友達で、幼馴染には到底及ぶとは思えませんけど!」


 ていうか、なんでそんな桜屋敷も張り合っているんだ?別にあんた、俺との関りに ついて意地を張る理由とかないだろ。そもそも本当の幼馴染って訳じゃないんだし。


「とりあえずこのままだと、埒あかないので、お互いに一回この話は終わりにしませんか?」


「そ、そうだね。一回、ほかの事話そうか。ほかに何か桜屋敷さんが私に聞きたいこととかあったりする?」


 お、いったんここらで実況・解説の仕事は終わりを迎えられそうだ。ていうか、ちょっとだけなんか、楽しかったな。


「うーん、そうですね。あ、鵜鷺先輩が知ってる、ハナヤちゃんのここだけの話とかあったりしますか?」


 おっと、風向きが変わった気がするぞ…???


「そうだなー、あ!ペイペイの話とか面白いかも?」


「え、どんな話なんですかー?」


 ちょ、ちょ何話そうとしてるんだ!


「ごめん灯弥。参加させてもらうためだから…!」


「いや、ダメだろ!そんな簡単に俺の情報売らないでくれ!」


「黙っててハナヤちゃんは。で、鵜鷺先輩、どんな話なんですかー?」


「えっとねー、とあるネットの買い物の支払いの時だったらしいんだけどね、ペイペイが使えるって書いてあると思ったらしくて、コンビニまで歩いて行ってペイペイに5000円くらいチャージしたんだって。それで払おうとしたら、ペイペイじゃなくてペイパルっていう決済システムの方だったらしくて、もう一回一人で歩いてペイパルの入金しに行ったんだって。結構なやらかしじゃない?」


「え、それはハナヤちゃんドジすぎますね。ていうか、落ち込みながらとぼとぼ歩いてコンビニに向かってるハナヤちゃん想像したら、面白すぎます!」


 いやー、ペイペイとペイパルって似すぎじゃないか?本当にあの時一ミリも疑わず、ペイペイに入金してたんだよなー…。


「他にハナヤちゃんの何か、面白い話とかやらかし話とかあったりしますか?」


「ちょっと…、二人共…?一回さ、その話終わりにしないか?」

 

………。


「ちょっとハナヤちゃん?」


「な、なんだ?」


「鵜鷺さんと話したいことあるから、もう、先に教室戻ってていいよ。もともとは二人っきりで話すつもりだったし。はい、行った行った!」


 追い出されてしまった。いや、むしろ、もう何を話しているのか聞きたくないし、追い出されてよかったのかもしれない…。ていうか、初めは二人っきりで話したいと言ってたくせに、やっぱり来てと誘いなおして、最終的にはやっぱり俺の事を追い出すなんて、流石に二転三転しすぎだろう。俺のいる意味、結局無かったし…。


―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―


 その後、後から教室にきた羽瑞希によると、参加は許してもらえたそうだ。ただし、今こなしている依頼を終えてからにしてほしいと伝えられたようで、どうやら雫さんの件が決着するまでは参加不可能という事になったらしい。

 

 まぁとりあえずそれはそれ、これはこれだ。俺は羽瑞希づてで昼休みに部室に来るように指示を受けていた。


 コン。


「はややはん?ほうほ。(ハナヤちゃん?どうぞ。)」


 明らかに何かを食べながらの返答を受けて、俺は扉を開ける。


「おう、朝ぶり。羽瑞希の参加、許可したんだな。」


「んー、らっえ、いおいおはやひへふれはおん。」


「最初のはなんて言ってたか分かったが、ちょっと流石にそれは分からん。」


 俺がそう言うと、桜屋敷は残った焼きそばパンを全て口に詰め込んでから、麦茶で流し込んだ。多分というか、絶対噛む回数足りてないな。

 そうして、桜屋敷の前にあったであろう食料が、全て包みなどのごみだけになったことを確認し、俺は切り出した。


「いきなりなんだが、美七崎さんに一回、直接話聞こうと思ってて、桜屋敷もついてくるか?」


 桜屋敷は俺の提案を聞いて、少しだけ迷ったようだったが、すぐに首を横に振り、


「いや、ウチはやめとく。もし、美七崎が犯人だってウチの前で認めでもしちゃったら、ちょっと落ち着いていられる自信ないし。」


 と、断ってきた。


「そっか、了解だ。で、そういえばなんだが、結局なんで羽瑞希の参加認めたんだ?傍から見てる感じ、お前、凄い嫌そうだったろ。」


 ペイペイの話が始まるまでの間、桜屋敷は羽瑞希と敬語で会話しながらも、明らかに乗り気ではないという意思が滲み出ており、俺のやらかし話を多少聞いた程度で覆されるような感じではなかったのだ。


「あれ、ウチ、そんなにわかりやすかった?」


「牽制というか、わざとなんじゃないかって疑うくらい、めっっっちゃくちゃ滲み出てたぞ。」


「そう言われると、無意識にウチ牽制しちゃってたのかも?まぁでも結果的に、羽瑞希先輩はいつでも話ができる位置にいてもらわないと困るって、思ったんだよね。だから、ウチも最初は話すだけ話して拒否しようと思ってたんだけど、結局許可しちゃった。」


 桜屋敷はそう言いながら、昼食で出たいくつかのごみを一つの袋にまとめて、部屋のはじにおかれた、分別までしっかりと彼女によって管理されているであろうゴミ箱に投げ入れた。


「ほう?よくわからんが、まぁ話せるくらい仲良くなってくれるなら、険悪な関係よりはいいと思うぞ。」


「でさ、ハナヤちゃん。おとといなんだけど、ウチが部活終わって来るまで、優桜と二人で何してたの?まさか、優桜が出かけるのオッケーするとは思わなかったんだけど?」


「雫さんに聞かなかったのか?別にお昼ご飯食べて、辺りぶらついてただけだぞ。」


 なんとなくこの感じ、桜屋敷が乱入してくる直前に、雫さんがをしようとしてくれたことについては、伏せておく方が賢明だろう。もし話してしまえば、桜屋敷は嫉妬の炎に飲み込まれ、俺が「仲良すぎない人の方が話しやすいこともあるんだよ。」なんて言っても、それが簡単に鎮火されることは無い気がする。


「ふーん。…でもやっぱずるい!」


「いやいや、お前、あのあと雫さんと二人で遊んだんだろ?なら別にそれでプラマイゼロだし、いいじゃないか。」 


「いや、そういうことじゃないんだけど…。」


「はぁ?じゃあどういうことなんだよ。俺にはいっちょん分からんよ。」


 桜屋敷が何に不満を持って、何に腹を立てているのか全く見えてこない。そもそも話がかみ合っていないような気さえする。


「分からないんだったらそれはそれでいいけど、今度はウチの事を誘って。」


―――???。


 「二度言わないと分かんないの?それが次のお願いだって言ってるの。」


 「お、おう?分かったけど…。」

 

 結局、最後まで桜屋敷が何を考えていたのか全く分からなかったが、命令ならば俺はそれをこなす以外に選択肢など存在しない。


「このお願いもそのうちちゃんとこなしてほしいけど、とりあえず、今は優桜の件に集中してね。それ終わんないと、羽瑞希先輩も呼べないし。」


「おう。だから、そのためにちょっと残りの昼休み時間で美七崎さんのいる教室に行ってみるよ。」


「分かった。多分次はもう明日だね。じゃあ。」


 そう言って桜屋敷は手を振ってくる。その表情はこの間と異なって、あっかんベーをしてはいなかった。

 扉を閉めて部屋を後にすると、少し前から降っていた雨はさらに強くなっており、部室棟から校舎への連絡通路を通る時にぐっしょりと濡れてしまいそうだ。もし部室内のカーテンが閉め切られていなければ、俺はすぐに校舎へ戻っただろう。そう思うほどには強く雨が降っていた。

 これは美七崎さんのところへ行く前に、一度教室へ戻ってタオルを確保した方が良いような気がする。

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