第7話(後編) 桜屋敷かなみが思っていたものとそれは、まるで別物だった。

 「こちら、サーモンとほうれん草のクリームパスタと、モッツァレラとシチリアトマトのアラビアータになります。取り皿はコチラです。デザートとサービスコーヒーは食後で大丈夫でしょうか?」


「あ、は、はい、大丈夫です。ありがとうございます。」


 とりあえず、料理が来たので、桜屋敷が何者なのか考えるのをいったんやめ、俺は気持ちを切り替えることにした。


「おー!すごい美味しそうだな!ちょっと待っててくれ。」


 そう言いながら、取り皿にそれぞれのパスタを半分ずつ移す。一方の雫さんは、ペコリペコリと謝意を表明しながらも、パスタが分けられるのを待ち遠しそうにしていた。


「そういえば、アラビアータ頼んだけど、辛いのは大丈夫なのか?」


「”はい。むしろ辛いのはすごい大好きなんですよ。よくコンビニで蒙王タンメンのカップ麺をリピートしてしまうくらい位には好きなので、本当に大丈夫です。”」


「それなら良かった。ってか、好きだから悩んでたんだもんな。逆に、考えればわかるようなこと聞いてごめんよ。」


「”大丈夫ですよ。心配していただけたんだなって、ちゃんとわかりましたし。”」


 そう言って、俺たちは手を合わせる。


「いただきます。」 


 横を見ると、雫さんも口パクで「いただきます」と唱えて、ペコリと頭を下げていた。


 雫さんが行きたい!と思っていただけあって、パスタは非常に美味しく、二人共、食べ終わるまで夢中になってしまい、最後まで一言もしゃべることは無かった。

 もし、慧斗や羽瑞希と、このあたりで遊ぶことがあれば、また来てしまうような気がする。

 

 しばらくすると、俺たちがパスタを完食したことに店員さんが気付いてくれたようで、料理の皿を下げて、ケーキとコーヒーを持ってきてくれた。届いたケーキを、先ほどと同じように取り分けるため、未使用のフォークを手に取ると、


「”注文もパスタの取り分けもやってもらってしまって、ちょっと申し訳ないので今度は私がやってもいいですか?”」


 と申し出てくれる。特に俺も断る理由は無かったので、任せることにしてフォークを雫さん手渡した。


「ケーキ切り分けてくれてありがとな。そういえば切ってもらってるときに悪いんだけどさ、一昨日の放課後、雫さんって何してたか聞いても大丈夫か?」


 そう尋ねると、それまで手際よくフォークで切り分けていた雫さんの手が、完全に停止してしまう。そのまま一分ほど、何か言い出すまで待ってみたが、彼女は俯いたままで、動く気配は感じられない。


「と、突然、聞いちゃってごめんよ。今聞くことじゃなかったな。とりあえずケーキ食べようか。」


 そう言いながら残りを切り分けて、食べてもいいよと手で示すと、雫さんは少しづつケーキに口を付け始める。結局、ケーキを食べ終わるまで、何も話してはもらう事はできなかった。


「そうだなー。そしたら、おとといの放課後何してたかについて、俺に話すことはそもそも可能なのかどうか、教えてもらってもいいか?」


 ブンブンブンと、彼女は首を振ってしまう。どうやらそれがかなり厳しいことのようであると知り、続けて俺は口を開く。


「分かった。とりあえず、このことはもう聞かないよ。それでも、もし話してくれる決心がついたら教えてほしい。」


 それに対して、彼女は何も返答をしてくれなかったが、俺にはほんの少しだけ、頷いたようにも見えた。

 俺も、過去の話したくない事なんてたくさんあるしな!やはり、桜屋敷の言ったとおり、雫さんから事件について聞ける可能性はかなり低いと分かったので、今後は、気が進まないが、美七崎さんあたりに直接聞くなど、別のアプローチ方法が必要となりそうだ。

 

「よし、じゃあこの話終わり!すごい美味しかったよ!良い店連れてきてくれてマジでありがとうな。」


 とりあえず、いったんこの悪化した空気をどうにかしたかったので、周りの迷惑にならない程度に、それでも大きめには聞こえるように、ちょっとだけ声を張った。俯いていた雫さんはそれに驚いたのか、目をぱちくりさせてこちらを見上げている。


「桜屋敷が来るのって、確か15時半位だったよな?そしたらまだ二時間弱あるし、ちょっとそこらへんぶらつこうか。ここら辺お店いっぱいあるけど、行きたいお店とかあったりするか?」


 少し申し訳なさそうにしながらも、俺が空気清浄機のような働きをしようとしたことを、無駄にしてはいけないと気づいたのか、ちょいちょいと俺の肩をつついて体勢を下げるように促してから、耳元で話しかけてきた。


「”私が決めてもいいんですか?”」


「ああ。雫さんあんまりここの辺り来ないって言ってたしさ、俺がいれば普段は入れないようなところでも入りやすいだろうし、全然大丈夫。」


「”何から何まで配慮していただき、本当にありがとうございます。そしたら、三か所くらい気になっている所があるので、そこに行きたいです。”」


「分かった。よしじゃあケーキもコーヒーも無くなったし、さっそくその気になってるって所に行こうか。」


 二人で席を立って、お会計に向かう。まぁこれくらいならと思った俺は雫さんの分も払ったのだが、彼女が差し出した1000円札一枚と、100円玉硬貨二枚を受け取るまで断固として動かないという強い意志に敗北して、俺はそれらを受け取った。


―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―


 結局、彼女が行きたかったのはアパレルショップとアニメグッズショップだったようで、それらを全力で満喫し、今は三か所目へ向かっている。そんな現在の雫さんの顔は明らかに緩み切っていた。それにしてもここまで一緒に行動している相手が楽しそうにしてくれると、こちらもなんか少し浮かれた気持ちになってくるものだ。


「本当に楽しそうでよかったよ。最後はゲーセンだったよな?」


「”はい!しばらくずっと行ってなくて、ちょっと勝手がわかりませんが楽しみです。”」


「そっか。あ、そこ曲がったとこにあるよ。」


 既に時間は15時前頃なので、三か所目がゲーセンになったのは偶然かもしれないが、結果的に最良の選択だったのかもしれない。


「着いた着いた。何かやりたいのとかあるのか?」

 

 そう聞くと、雫さんはねこチャンの大きいぬいぐるみが景品となっているクレーンゲームを指さしている。


「あ、あれか。良いんじゃないか?やるんだったら、荷物持っておくぞ。」


 一つ目にプレイするゲームが決まったようだ。うーん、にしてもあまりプレイしたこと無い人がいきなり、大きめのぬいぐるみをクレーンゲームで取ろうとするのは少し厳しいかもしれない。そういったクレーンゲームは一般的に確率機であることが多く、俺は小さいころから何度も辛酸をなめさせられてきたのだ。きっとそんな感じで人は失敗を繰り返して、成長するものなのかもしれない。まぁ、俺のクレーンゲームの腕前が成長する気配は、全くもって無いのだが…。

 しかしどうやら、俺と雫さんでは、生まれ持った才能の有無というやつが違ったようで、彼女は大きなねこチャンをなんと、一発で取ってしまった。しかもその取り方は、偶然確率機の確率が一発目に来たとか、そんな豪運の上に成り立ったものではなく、タグにクレーンの爪をひっかけるという、極めて技術的なやり方だったのだ。


「ちょ、すごいな!え、うっま!実は結構経験があるとか…?」


「”本当に経験とかそんなに無いですよ。なんとなくひっかけてみたら取れちゃったので、私もびっくりしました。”」


 その後も、いくつかの欲しい景品を見つけたらしく、その全てを三回以内のプレイ回数で獲得してしまっていた。一方の俺はというと…気にしないで貰えると幸いです…。う、羨ましくなんて…ないもんね!(泣)

 

 結局、雫さんは欲しいものをすべて取りきったようで、桜屋敷が来るまで、ゲーセンの前においてあるベンチで待つことになった。


「でも、本当にすごいな。存在の有無は分からないが、クレーンゲームのプロとか目指せるんじゃないか?」


「”私なんかじゃ流石に、絶対無理です。きっとここは私みたいな人でも取れるよう、お客さんに優しいゲーム屋さんなんですよ。”」


 それだと、俺のメンツが全く立たなくないか…。


「いやいや。絶対自信もっていいと思うぞ。ほんとに羨ましいよその技術。」


 純粋な気持ちで雫さんを褒め、そちらの様子を確認すると、数秒前とは打って変わって、彼女は考え込んだ様子で俯いていた。


「ど、どうしたんだ?何かあったか?」


 そう聞いても、その様子に変化は見受けられない。三分ほどそのままだったが、突然彼女は、俺に何かを話す決心がついたようで、肩をちょいちょいとつついてきた。俺もそれに合わせて、聞くことができるように体勢を整える。そして、


「”かなみちゃんには内緒にしてほしいんですけど、おとといの放課後、実は私…”」

「ちょっと二人何してるの!?」


 ここまでの間の悪さを演出するのは、わざとであっても難しいだろう。せっかく決心をつけてくれたというのに…。桜屋敷が依頼者であることはもちろん分かっているのだが、今この状況に限っては『真に恐れるべきは有能な敵ではなく、無能な味方である。』という言葉を教えてやりたい。


「まさか、二人でお出かけすることになったこと自体めっちゃびっくりなのに、ちょっと距離近すぎるんじゃない?」


 怒りたいのはこっちだよ、本当…、何故かはよく分からないが、桜屋敷はぷりぷりと不満そうにしている。


「雫さんが、耳元で小声なら話せそうって言ってくれたから、それで話してるんだ。仕方ない事だろ。」


「それはそうかもしれないけど、近すぎる!もう通訳みたいにウチがなるから、そうやって会話してよね!」


「まぁ、そうしてもらえるなら、それでいいけど。俺はそろそろ帰るぞ?多分今日はもう俺にできることないしな。」


 さっき桜屋敷が来襲した時、雫さんは間違いなく、「”かなみちゃんには内緒にしてほしいんですけど、」と言っていた。彼女がそう言っている以上、今の状況ではきっともう情報を得ることは不可能だろう。


「え、もうハナヤちゃん帰るの?」


「あぁ。もう一回言うが、これ以上俺にできることは今日は無いからな。」


「ふーん。じゃあ今日はもう帰っていいよ。ウチはこれから優桜と二人で遊ぶから。」


「おう。楽しんで。じゃあな。」


 そう言い残して俺はその場から離れた。少し離れてから彼女たちの方を振り返ると、それに気付いた雫さんがこちらに手を振ってくれる。俺も小さめに手を振ると、雫さんの動きで気づいた桜屋敷がこちらにあっかんベーをしてきていた。

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