第3話 慌てる鵜鷺は穴へ入れぬ
「知らないよ。さっきから嘘ばっかり言って。そこまで隠さなくてもいいじゃん!」
「嘘じゃない。何回も言ってる通り、桜屋敷とは付き合うどころか告白自体されてないんだって。」
一限の自習時間が始まった当初、俺は昨日の呼び出しが告白ではなかったと、教室で弁明を繰り返していたのだが、流石に周りの空気に配慮し、慧斗の提案で彼が所属する手芸部の部室に来ていた。(先生が来たときは近くの人に、三人がトイレに行っていて今は離席していると伝えてもらうよう、依頼済みだ。)
移動し、話し始めてから、話し始めて既に十五分程経っているが、今のところ聞いてもらえる気配はない。
「そうやって、昨日の連絡の時からずっと言ってるけど、告白じゃなかったっていうのが、そもそも信じられない。」
「確かに羽瑞希の言う通り例の教室だったけど、本当に違ったんだって、お願いだからそろそろ話を聞いてほしい。」
羽瑞希はそっぽを向いてしまう。少しの静寂が流れるが、それが今の俺にとってはとてつもなく長く感じるものだった。
「はずきん。確かに俺も灯弥に騙されたんかなって、ちょっと思ってたんやけど、流石にこんだけ言うんやったら、告白されとらんのやないかな。」
流石に見かねたのか、慧斗が間に入ろうと言葉をかけてくれる。
「慧斗まで何言いだすの!旧棟三階ってもうそれしかあり得ないし、あれだけみんなが噂してたら…」
「⋯つまり、はずきんは灯弥より、みんなの噂を信じとるんか?それと、いくらなんでも焦りが見えすぎやで。」
「ちょ、ちょっと、慧斗そんなことは……。」
羽瑞希は見る限り、何も言い返せることが無さそうで、うつむき、黙ってしまった。にしても、慧斗にしてはかなり言い方がきつかったように思う。ましてや、普段慧斗が羽瑞希に話すトーンを考慮したら、なおさらだ。
黙ってしまった羽瑞希に慧斗は近付き、何か耳打ちしてからこちらに振り向いた。
「灯弥、ちょっとだけはずきんと二人で話したいから、すまんけど部屋の外で待っとってもらえるか。」
「…分かった。」
現状、俺に流れを変えることは難しいと、少し前から感じていたので、大人しく慧斗の要求を受け入れる。次に部屋に入った時には、慧斗の努力で羽瑞希が少しでも聞く耳を持ってくれているように、と願うばかりだ。
ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー
五分ほど、弁明の内容について考えながら待機していると、中から戻ってくるようにと指示がある。俺がゆっくりと扉を開けて中に入ると、羽瑞希からまず食い気味に声を掛けてきた。
「と、灯弥。その、さっきまでのは本当にごめん!で、でも、私普段からめっちゃ仲良くしてもらってると思ってた灯弥に嘘つかれたんだって思って、ちょっと気持ちが抑えられなくなっちゃって。」
「俺こそ申し訳ない。本当は今日早めに教室きて、二人に説明しようと思ってたんだが、例の噂が流れるような事情ができちゃって。」
まさか入った直後に謝られるとは思わなかったので、かなり驚いた。部屋の中の雰囲気を見る限り、慧斗はうまくやったようで、今の羽瑞希なら、話を聞いてくれそうな状態に見える。
「で、でも……確かにそれは事情だったのかもしれないし、ちゃんと事実確認をしなかったのは私なんだけど…でも、やっぱり、私的には昨日の放課後に呼び出してきた本人と朝、一緒に登校してきたら、流石にそう思うのも無理ないと思うんだよね。」
「俺もそれは思うで。どれだけ信用してても状況的に、ちょっとは疑うってもんや。」
「その件に関しては本当に申し訳ないと思ってる。だからしっかり説明するから話を聞いて欲しい。」
二人は頷いてくれた。しかし、羽瑞希に関してはちょっと疑ったってレベルではなかったように感じるが、それは今は置いておこう。
俺は羽瑞希と慧斗に、桜屋敷とは幼馴染であるという事(虚偽であることはもちろん心苦しいが)と関係性上、彼女から何か頼まれごとをしたら断わりづらい(本来はそれどころの話ではなく、命令に背くことはできないというレベル)というような内容の説明を行った。その一環として毎朝、彼女の部室で相談事などを聞かなくてはならず、その後、教室まで送るようお願いされたという事を、上手く伝えられたように思う。
「そんな感じだったんだね。話してくれたのはありがたかったんだけど、ちょっと一つ思うことあって、いいかな?」
「一つと言わず、気になったこと聞いてくれて全然いいよ。」
流石に羽瑞希は疑問があるようだし、質問タイムにすることにした。
「ちょっとだけ引っかかったことなんだけど、いくら幼馴染とはいえ、毎朝、相談事を聞くっていう、かなり負担がかかるお願いを断れない事情とか、なんかあるのかなって思って。これは聞いても大丈夫?」
「確かに。それは俺も気になっとった。」
「あぁ、別にそれは全然いいんだけど、細かいことはちょっと言い辛いから、大まかになっちゃうけどいいか?」
「せっかく説明してくれるんだから私は気にしないよ。」
「はずきんもそう言ってるし、俺も気にせんよ。」
正直なところ、これに関しては絶対聞かれると思っていたので、今朝会った時、桜屋敷と口裏をしっかり合わせておいたのだ。
「そう言ってもらえてよかった。まず前提なんだけど、桜屋敷の家とはかなり小さいころから、家族ぐるみで付き合いをしてたんだよ。で、これについては詳しく言えないんだけど、小さいころにちょっと家庭の事情で色々あったんだよね。それでちょっと俺自身が桜屋敷に頭が上がらないって感じなんだ。本当に申し訳ないんだけどその家庭の事情については、詮索しないでもらえると助かる。」
「そっか、分かった。理由について話してくれてありがとう。話しづらそうなこと、聞いちゃってごめんね。」
流石に、気にはなっているだろうが、家庭の事情と言ってしまえば、よほどデリカシーが無い人間でもない限り、それ以上聞いてくることはほぼないだろう。
羽瑞希の質問が落ち着き、ちらりと慧斗の方へ視線を移すと、どうやら彼も疑問に思ったことがあるような雰囲気だ。
「慧斗もなんか聞きたそうな感じしてるけど、何かあるのか?」
「お、よう分かったな。俺は別で気になることがあるんやけど、ええか?」
正直、慧斗が何を考えているのかわからないが、彼が放つ質問にしっかり答えられるのかどうか、正直、不安しかない。しかしここで怪しまれてしまえば、元の木阿弥なので、俺は何事もないような表情で話を進めていく。
「全然いいよ。俺に答えられそうなことなら。」
「ん。じゃあ。昨日、灯弥は桜屋敷さんに放課後の呼び出しを教室の前で受けてたやん?俺とはずきんはそれをこの目で確認しとったし。」
「そうだな。」
「これは俺が見とった感じなんやけど、昨日あの時、明らかに灯弥、初対面って感じだったように思うんよな。流石に桜屋敷なんて特徴的な苗字やから、昔の幼馴染だとしても忘れること無いと思うし。あと第一、昔から家族ぐるみで付き合いがあったて、今言うてたもんな。」
「え、確かにそういえばそうじゃん!慧斗よく気付いたね!」
Oh...それは確かにそうだ。なんで俺はさも当然みたいな顔で「そうだな。」なんて言ってしまっているのか。あの時は実際に初対面だったし、名前すらそもそも怪しかったので、もちろんガチの反応だったことは、言うまでもない。しかしどうあっても初対面であったことがバレるわけにはいかないので、俺はそれっぽいことを発言して誤魔化す以外に道は無かった。
「あーそれはだな。えっと、あ、そうそう。桜屋敷が入学するときにお互いに初対面みたいな感じで、基本的には関わらないように生活してほしいって、お願いされてたんだ。まぁ結局は、昨日のお話でそれも改められちゃったんだけどな。」
――後で桜屋敷には口裏を合わせてもらうように、連絡しとかないと駄目そうだ。
「んー、別に納得できない感じはしないけど、ちょっと考えてるような時間があった気がする…。怪しくない?」
「いやいや、そんなことないよ。ちょっと今日はさ、結果的に違ったとはいえ、羽瑞希と慧斗に嫌な思いさせたから申し訳ない気持ちになっちゃって、その話自体、一瞬頭から抜けかけてたんだよね。はは、申し訳ない。」
案外熟考していなくとも、それらしい言葉が話の流れでスラスラ出て、申し訳ないと思いながら、俺自身もかなり驚いていた。
「なるほど。まぁ反省してた結果なら仕方ないね。うん、そういう事にしとく。」
羽瑞希は納得してくれたようで、何度もウンウン言いながら頷いている。
問題は――慧斗のほうだ。
「慧斗。一応疑問に答えたけど納得はできたか?」
「まぁいいと思うで。納得納得。」
思っていたよりもあっさりと納得の意を示した慧斗に、俺は内心驚きつつも安堵する。
ふと、ポケットに入れていたスマホが、バイブレーションを鳴らして何らかの連絡があったことを伝えてきた。
えーっと、誰からかな。―――なんとなくそんな気はしていたがやはり慧斗である。
『正直納得しとらんけど、これ以上は聞かんでおく。代わりに、そのうちはずきんから一つ頼みがあると思うで、それをちゃんと聞いたってや。』
やはり、彼は納得していなかったようだ。しかし、彼の要求を満たすことで、これ以上の追及をしないと約束してもらえるらしい。
問題は、羽瑞希のお願いが何なのか、というところではもちろんあるのだが、正直、羽瑞希からのお願いという時点で、桜屋敷のモノより確実に覚悟は要求されないことは明らかだろう。
「あー、二人に納得してもらえて良かった。正直結構疲れてる。」
「まだ一限目やし、それにもとはと言えば灯弥が勘違いさせる行動とったからやろ。」
「まぁそれはそうなんだけど。」
慧斗は指摘しつつも、笑いながら話してくれている。
「あ、そ、それと私、もう一つだけ気になることがあるんだけど聞いてもいい?さっき聞いたときに一つだけって言ってて、ほんとにごめんって感じなんだけど。」
「おう。全然いいけど。」
「え、えっとじゃ、じゃあ聞くからね。」
「うん。」
羽瑞希が何を聞くつもりなのか俺にはわからないが、その反応、話し方からして、聞くのに少し緊張しているのが伝わってくる。
「桜屋敷さんと朝、二人っきりでどんなこと話してるのか気になっちゃって。ほかの人に話しちゃいけないこととかだったら申し訳ないし、無理にとは思ってないけど教えてくれると嬉しいかな、なんて。」
「あぁ。別に大丈夫。今日話したのは桜屋敷の友達についてだったよ。その友達の関係にちょっと問題があって、それについての相談をされたな。」
流石に、雫さんのプライバシーを考えて、ちょっと問題程度にしか伝えることはできないが。
「そうだったんだ。確かに一年生で今の時期だったら、友達関係色々ありそうだもんね。」
「そそ。まぁ今後の事なんてわかんないけど、多分これからもそんな感じの日常生活に関することだと思う。」
言えるわけも無いし言うつもりも毛頭無いが、もし彼ら二人に桜屋敷からの服従について、話をしたらどうなるのだろうか。唐突に、こんな好奇心が少しだけ湧いた自分自身が嫌になった。そんな考え事をしながら話していると、俺の回答を聞いて質問前より落ち着いた表情をしていた羽瑞希が、また緊張を宿した面持ちになっている。彼女はその状態のまま、またゆっくりと話し始めた。
「そ、それで…話ちょっと変わるんだけど…さ。私が早とちりで付き合ったと勘違いしてたとは言っても、やっぱり灯弥の説明不足と行動でちょっとだけ傷付いたんだよね。ちょっと図々しいかなとも思ったんだけど、代わりに一つだけ頼み事しても良い?」
「確かにかなり申し訳ないと思ってるのは確かだし、うん。一つくらいなら全然いいよ。それで許してもらえるならお安い御用だ。」
慧斗の要求は、どうやらこれの事を指していたようだ。これに対して俺は、慧斗との約束があるので二つ返事で了承した。
「よかったぁ。めっちゃ図々しくて申し訳ないし、断られるかと思ったから緊張したよー。」
「全然図々しくないし、気にしないでいいよ。」
「ありがとう。で、頼み事なんだけど、朝の桜屋敷さんと灯弥の相談会?に参加させてほしくて。流石に私には聞かれたくない話をする時とかは不参加にするし、そもそも桜屋敷さんが嫌だって言ったら別のお願いにするけど、どうかな?それに、私がいれば、女子目線のアドバイスもできると思うし!改めて内容が図々しいというか、出しゃばりな感じでごめんとは物凄く思うんだけど。」
「んー、俺は別に全然いいよ。だけど、桜屋敷の許可が出るかに関しては全く分かんないから、あんまし期待せずに待っててもらえるか?とりあえず聞いてみておくけど。」
少し難しいところではあると思う。俺自身は全然かまわないと思っているが、桜屋敷の一存が関わってくる時点で、正直どちらに転ぶか全く予想がつかない。どれだけ俺が乗り気であったとしても、今すぐに結論が出ることでは絶対にないので、そう伝える他なかった。
「うん、それは流石にね。」
「ありがとう。ちょっとだけ待っててな。」
ふと、慧斗の方を見ると、こちらを見てニヤニヤしていた。まだ結論は出ていないとはいえ、彼の思い描いた結果にただ近付いただけだと思うと、やっぱりちょっと悔しいものである。もし、次、宿題とか英訳の発表を慧斗が忘れてきたら、見せないでおこう。
「別に何でとは言わないけど、次慧斗が宿題してこなかった時は、もう見せたくない気分になった。」
「なんでやなんでや!?それはホンマごめんて。いつも助けてもろてますやん。」
「……?まぁでも確かに最近、慧斗の宿題忘れ多すぎるし、良いと思う!」
「だよね。やっぱり羽瑞希もそう思うよな。」
ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー〜ー
ある程度、桜屋敷と自分に関する一連の話が落ち着きを見せ、他愛もない雑談を挟んだところで、俺は一つ聞いておかなければならない重要な事があると思いだした。
「ちょっと唐突に話変わるんだけど、二人って同じクラスの田嶋君ってどんなイメージか教えてもらってもいい?確か中学も一緒だったような気がして。」
雫さんの件を解決することができるか、今のところは全く不透明だが、中学も田嶋 君と同じであった二人からの彼に関する話は、間違いなく助けになるだろう。
そんな二人は突然、こちらに聞こえない位の小声でなにやら話し始めた。傍から見ている限り、その様子はあまり芳しいものではないように感じられる。
二分程度二人は内緒話を続けていたが、慧斗が突然こちらを向いて口を開いた。
「そうやなぁ。
ん?どないした、はずきん?」
本筋を逸らすように誤魔化して話す彼の肩を、羽瑞希がチョンとつついた。
「もう、そんな誤魔化さなくてもいいよ慧斗。別に灯弥相手だったら隠さないでいいかなって思うし。誤魔化そうとしてくれたのはありがたかったんだけど、いい?」
羽瑞希は、首をかしげながら慧斗に問う。
「はずきんにとっての大事な事やから、本人が良いって言うてるのに俺から止めるなんて変な話やし、それでええよ。」
対して彼は、当たり前だと、快諾した。
流石にどれだけ途方もない馬鹿たれであったとしても、二人のやり取りを見れば、羽瑞希が過去に田嶋と何かがあったと理解することは可能だろう。
「ありがと、慧斗。と、まぁ私と慧斗がこんな話をするくらいだから察してると思うけど、ちょっと田嶋とは色々あったんだよね。だからイメージというか、ほぼその件に関する話になっちゃうんだけどいい?」
「全然かまわないよ。俺的には個人的に知りたいと思ってた情報が手に入って嬉しいとは思うんだけど、羽瑞希に色々あったっぽいのが伝わってきたし、無理して全貌を話さなくてもいいよ。具体的な説明はせずに、雰囲気伝わる程度みたいな感じでも全然大丈夫だとは思ってるし、そもそも話してもらえる時点でありがたい。」
「ありがとう、でも大丈夫、だと思う。まぁ話しづらいと言えば話しづらい事ではあって…信用してはいるけど、一応、ほかの人には話さないでね。」
「いくら何でも、話さない話さない。」
正直、二人とかなり仲良くさせてもらっている俺に、話しづらい内容となると、何があったのか一切判然としない。
「知ってはいると思うんだけど、私と慧斗って同じ中学で、田嶋もその時同じだったんだよ。うん。知ってるとは思ってるよ?一応の確認ね。で、まぁそれで単刀直入に説明すると、田嶋が私の事を好きって噂で聞いてて、いざ呼び出されて行ってみたら、慧斗に一目惚れしたって言われて。まさか好きでもない相手に向こうから振られることがあるとは思わなかったよね。まぁそれは別にね、うん、思うところがもちろん無かったわけじゃないんだけど。とりあえず、ここまでで気になることあったりする?」
「んー気になるというかなんというか、何と明言するのは避けるけど、慧斗が流石って感じ。」
羽瑞希の話を聞き、慧斗のビジュアル面における可憐さについて改めて確認させられた。実際に目視する為に彼の方に目をやろうとするが、怒り以外の感情が皆無な表情を目撃しそうなオーラを感じたので、やめておくことにする。
と、羽瑞希は思ったことがあったのか俺の返答を聞くや否や、内緒話をする為、耳に手をあてがってきた。
「ちょ、ちょっと、確かに話で出したから私にも多少の非はあるけど、あんまり慧斗の見た目の話が連想されるような話しの仕方しちゃだめだって!後でどうなっても知らないからね!」
これでもその件については、できるだけ出さないように気を付けて話したつもりではあったんだけどなぁ。そんな事を考えているとポケットに入れているスマホが振動する。どうやら俺の発言は基準値を大幅に超過していたようだ。デジャヴか?
とりあえず慧斗に怒られるのはごめんなので、話を本筋に戻してもらおう。
「い、今のところ、うん、全然質問とかないよ!、続きをお願いしてもいい?」
「そ、そうそう!私も早く話したい気分だったんだよねー、うん。」
反応を見る限り、羽瑞希も俺の考えた方法と同じ方法で切り抜けようと思ったようだ。
「じゃ、じゃあ、もうさっきの続きするね。私が田嶋にわけ分かんないまま振られた次の日、正直そんな感じの経験自体、それまで無かったし、振られてなんか嫌だったから、学校も行きたくなくって色々、休もうかとか考えたんだけど、結局普通に登校したんだよ。」
「偉いな。俺だったらなんか言われたりするかもとか考えちゃって、絶対行かないわ。」
「確かにね。でも、もしその日にグループ発表とかあったら、灯弥は迷った末に来るって感じの性格でしょ。」
「そんなことは無いかもしれないぞ。流石にちょっと買いかぶってる。って、ごめんな、また俺のせいで話が逸れちゃって、続きを頼む。」
そんな唐突に性格面の話をされると、ちょっと反応に困る。ていうか、行かなさそうだけど、グループ発表なら来そうって、大分リアルな推測だな…。
「そうだね。じゃあ。それで次の日私が登校すると何故か、田嶋が告白の言葉を言い切る前に即答で私が振ったっていう噂がみんなの間で回ってたんだよ。正直、噂は噂だと思ってたし、私と田嶋が言及しなければ、そのうち皆も忘れるだろうなと思って放置することにしたんだけど、その二日後くらいかな、少しずつ周りから嫌がらせを受けるようになっちゃって。ま、まぁその時の事とかはもう昔の話だし大丈夫。それに当時は当時で慧斗が動いてくれたから、嫌がらせ自体も二、三ヶ月くらいで止まって完全に無くなったしね。」
『昔の話だ』、『二、三ヶ月位で止まった』などと、気を使わせないために羽瑞希は言っているのだろうが、話し方からして、明らかに今でも思うことはあるのだと伝わってくる。もちろんそんな彼女の助けに少しでもなりたいが、当時を知らない俺が、どうこう深く掘り明かすのは明らかに愚鈍であり、そもそも助けになりたいなんて、俺ごときの第三者が踏み入っては、何様なんだという話だ。彼女もきっと俺がそこに深く乗り込んでいくことを望んではいないだろう。
「あれ以降、
「流石にかなり前の話だし、私はちょっかいかけられるどころか、あれ以降向こうから話しかけてきたことすら一回も無いよ。」
え、え?
「ちょ、ちょっと待って、間違ってたら申し訳ないんだけど
――あ、やっべ。と言うような表情をした慧斗は立ち尽くし、一時の静寂が訪れる。
二人はまたコソコソと話を始め、しばらくしてからこちらに向き直し、口を開いた。
「えっと、コホンコホン。まぁ、今更隠すことでも無さそうやし、そうやで。お前の言う通り、
「なんかそれも隠してたみたいな感じになっちゃって、今日はお互いに謝ってばっかりだけどホントごめんね。わざと隠そうとしたわけじゃないんだけど。美七崎さんについては話しづらいなって心のどこかで思っちゃってたのかも。」
「流石に美七崎さんの名前が言いずらいかったのはどう考えても、二人が悪いとは思ってない。逆に勘づいたからってうかつに、その領域へ踏み込むんだ俺に非があるに決まってる。」
二人がもし、わざと美七崎さんの名前を伏せて話すようにしていたとしてもそれは正当な行動であり、心理面より影響を受けて無意識に当人の名前が出てこなかったのだとすれば、それは誰にとってもどうしようもないものだったと言えることは明らかだろう。もちろんどう考えても、軽率に土足で踏み込んだ俺自身が、最も悪者だ。
「とりあえず、美七崎さんの名前は出たけど、一旦私からできる田嶋の話は落ち着いたし、灯弥が他に何か気になることあったら答えるよ。」
「はずきんが知らんことやったら、俺が答えるで。」
「んー、二人は気にせず聞いてくれていいって思ってくれてるかもしれないけど、俺が既に踏み入りすぎてるって感じちゃってるから、とりあえずはもう聞きたいことは無いってことにしとく。」
本当のところ、まだ聞きたいことは山ほどあるのだが、これ以上羽瑞希に心理的負担をかけべきではない。何より今、これ以上深みへ潜ることは多分お互いにとってよいことではないと思う。
「えー、何でも聞いていいのにー。」
「まぁ、そろそろ戻らへんとヤバそうやし、灯弥の選択は合っとるかも。」
「そうそう。それもある。もし誰か先生来てたらトイレ長すぎって怒られそうだし。」
「長すぎっていうか、嘘ついとるやろって流石に怒られるわ。」
「確かにね。」
自習時間における俺の一連の行動が、正しかったのかどうかはわからない。もしかしたら、もっと深く聞いたほうが良かったとか、逆にすでに踏み入りすぎていたとか、後から間違っていた事を知ることになるかもしれない。けれど、それは結果論なんだと思う。もちろん、そうならないのが最善ではあるが、間違ってしまったならば、それはそれで受け入れて生活していくしかない。
とりあえず、3人の足音はバラついてなかなか揃いそうにはないけれど、来た時よりも明るく感じる廊下を、三人でいつも通り、歩けているという事実だけで今は十分だ。
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