第4話 よりにもよって、木ツ女蘭子がおばけに出くわす。

 羽瑞希へ弁明した当日、結局俺が桜屋敷に呼び出されることは無かった。その安堵で、「まぁ明日からでいっか。」と、問題を先延ばしたその日は、何の行動も起こすことがない、ただ平凡な日常の1日として過ぎていった。

 そして翌日、俺はたるみ続けていたのか、ガッツリ寝坊してしまう。

 今朝は明らかに昨日より寝起きが良く、気持ち良い朝を迎えられたが、それはどうやらちょっとだけ寝ていた時間が長かったからのようだ。今までであれば、このくらいの時間に起床したところで寝坊という程でもなかったのだが、んー、なんで早く起きないといけないんだっけな…思い出したくないな。

 とりあえず、嫌々ながらもスマホをチェックすると、やはりというか、当然だが、桜屋敷から連絡が来ていたので、俺は返信することにした。


<ハナヤちゃんもしかして寝坊?


<え、流石に二日目で、もうお願い拒否とかではないよね?


<ちょっと話したいことがあるって聞いてたんだけど


<遅刻2回でペナルティってことにしとくね!


<怒った猫チャンのスタンプ


             申し訳ない寝坊した。> 


ちょっと、田嶋君とかとも話して、探り入れたりもしたいか

ら早めに時間決めてもらえると助かる。      >


 ペナルティって何!?怖すぎだろ…。可愛いスタンプ送ったからってそのプレッシャー、帳消しになったりしないからな!…やはり俺のメンツなど気にせず、桜屋敷の要求を拒否した方が良かったのだろうか。そんな全く意味のないことを考えながら、俺は急いで学校に向かう準備を全力で始めた。


―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―


「ごきげんよう、灯弥さん。ちょっとお待ちになっていただけるかしら。」


 HRには間に合う時間帯に学校へ到着し、3階まで登り切った時、正面から、俺主催悩みの種全国大会、ランキングレートが、いつものその特徴的な口調で話しかけてきた。1位が誰かなんて、わざわざ挙げる必要もないよな?とりあえず、一回、横を素通りしてみよう。


「…。」


「灯弥さんッ!お待ちになってと言いましたでしょッ!」


 俺はグイっと肩をつかまれて、その子の方を強制的に向けさせられる。意外に力づくなんだよな…。ちょ、こっち見ないで、眼力すごすぎる。


「ちょ、痛いって、強い強い…!」


「あらあら、ごめんあそばせ。でも無視した花浅葱さんが、お悪いんですのよ。」


「いや、でもそんな痛くしなくてもいいだろ⋯。それで木ツこつめ、何か用があったんじゃないのか?」


 よりにもよって何で朝から、木ツこつめ 蘭子らんずと会ってしまったのだろうか…。ここまでのやり取りを見てもらって分かる通り、今回は俺が無視したことが発端だが、木ツ女と話すのは、体力的に精神的にも疲れるので、少しだけ苦手なのだ。


「そうなんですの。もう、そんなにお聞きになりたいのなら最初から、そう言って下されば良かったのですわ。」


「いや、別に…聞きたいとは誰も…、」


「…。」


 怖いっ!!ほんとこの人、眼力すごいな。

 ほんの少し見つめられただけで、蛇に睨まれた蛙のように、足がすくんでしまいそうだ。


「あぁ…!聞きたい聞きたい!ホンット早く聞きたい!超聞きたい!」


「正直になれて偉いですわ。そう、それで本題なんですが、わたくし、昨日、お怖い目にあってしまったんですの!」


「お怖い目?」


「そうなんですの!」


「具体的には?」


「お怖い目ですの…。」


「「………。」」


「いやいやいや…!全ッ然、具体的じゃないじゃん!何?逆にこっちが気になるって!一体、何があったんだ?」


「ううう…。いざお話ししようと思ったら、ちょっと頭痛がおいたになってきた気がするのですわ…。これは…もしかしてお呪いなんですの!?」


「………、もう行っていいか?割とHRの時間迫ってきてるんだが。」


 ちょっと、流石に今の木ツ女の言動は、頭痛への心配よりも、そもそもの頭の出来への心配の方が強くなってしまう。頭痛がおいたとか突然、呪いだとか、本当に大丈夫なのだろうか?


「え!わたくしの事よりも、朝のHRごときを優先するんですの!?信じられないですわ!」


「いやいや、優先とかそういう話じゃなくって。話聞いて欲しいなら、ちゃんと、恐怖体験の内容を話してくれ。じゃないと聞くも聞かないも無いだろ。」


「でも、うーんですの。」


「………マジで戻っていいか?」


「フフッ。ごめんあそばせ。灯弥さんとお話できるのが久しぶりでしたので、浮かれて、おふざけが過ぎてしまいましたわ。ですけど、本当にお怖い事でしたので、心の準備の時間が欲しかったのはホントのことなんですの。」


「そ、そっか。了解。」


 突然のまじめな木ツ女の返しに、俺は少し動揺してしまう。この木ツ女の言動も、果たしての一貫なのだろうか?


「それでは、本題に入りますわね。で、わたくしに昨日、何があったのかというと、じ、実はおばけさんにお会いしてしまったんですの。今思いだしても、体の震えが止まりませんわ。」


 「は?おばけ?まだ怪談の時期とかでもないだろ。なんかの見間違いとかじゃないのか?」


「見間違いな訳無いんですの!は昨日の放課後、わたくしが美化部の活動終わりに、忘れていたおスマホをここ、3階の教室で見つけてから、帰ろうとした時、確かにあそこにいましたわ!」


 そう言って、木ツ女は、俺の教室がある廊下の方向、大体俺たちから5メートルくらいの場所を指差している。その様子は「頭痛がおいた」などとのたまっていた時と、明らかに雰囲気が異なり、彼女自身も真剣な雰囲気を宿していた。


「あそこって、そ、そこ?」


「その通りですの。そこに、びしょ濡れになってるショートボブで私より少し小さい女のおばけさんが、お泣きになりながら歩いておりましたわ。」


「それで木ツ女は、そのびしょ濡れのおばけに出くわしてどうしたんだ?」


 話半分で、俺は問う。


「わたくし、こう見えても、かなりの怖がりさんなんですわよ。ですから、全力疾走で、おばけさんの横を駆け抜けて逃げましたわね。もちろん、怖すぎましたので一度も振り返らず、一直線に下駄箱まで行きましたわ。」


 木ツ女は、それまでの話とは打って変わって、「わたくし、おばけを振り切ってやりましたわ。」と言わんばかりの勝ち誇った雰囲気を滲ませている。俺は、いや、そもそも振り返らずに下駄箱まで来ているんだから、追いかけてきてるかすらわからないだろ。と思ったが、口に出すのはやめておいた。


「そうだったのか。でも、ここでそんなことがあったんなら、俺もできればおばけに会いたくないし、気を付けないとな。」


「その方がいいと思いますわよ。わたくしホントに、お怖い目にあいましたし。」


「だな。ありがと、それくらいの時間帯に一人でここらを出歩かないように気を付けるよ。じゃあ、そろそろ時間ヤバいし、教室いかないと。」


「そうですわね。ですけど最後にもう一つだけ。」


 木ツ女が何か、別の話に言及しようとして、風向きが少し変わる。


「わたくし、先月、灯弥さんに想いを伝えて以降、さらに自分磨きを、…」


「ちょっと待て、それ以上は言わないでくれ。あの時も伝えたが、木ツ女が悪いとか他に好きな人がいるとかそういう話じゃないんだ。ごめん。これは完全に俺の問題なんだ。本当に、申し訳ない…。」


 突然の流れに、思わず木ツ女の話を遮ってしまう。さっきまでのおばけの話をしていたときの空気感は、大きく一変した。その一方で、木ツ女は俺の反応が予想通りであったのか、表情にそこまでの変化は見られない。


「そうですわね。、ではなかったですわ。でもわたくしはこれからも灯弥さんへ、アピールする為に自分磨きを続けていきますの。その為に美化部に入部させていただいたわけですし。」


「今、とか、これから、とか俺は変わらないよ。とりあえず教室行こう。」


「わたくしもそうしますわ。」


 そうして俺たちは教室がある方向へ、それぞれ真逆に歩き始める。ふと、手持ち無沙汰を感じてスマホを見ると、「昼休み、ごはん食べ終わったらウチの部室きて」と、連絡が来ていた。

 

 流石の俺も、あの状況で木ツ女が在籍している美化部の活動内容について、つっこみをいれることはできそうになかっただろう。


―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―~―

 

「灯弥、 慧斗、お昼食べよー!」


4限が終了した時、いつものように、羽瑞希が俺たちと共に昼食を食べるため、大きく手を振りながら、弁当箱を片手に移動してきた。


「いいよ。あ、でも俺ちょっと食べ終わったら、寝坊して、行けなかった桜屋敷のとこ行かないといけなくてさ。そこで羽瑞希がこれから参加していいか聞いてみるよ。」


「りょうかーい!」


「ほんまにお勤めご苦労様やで。」


 そう言いながら、羽瑞希は弁当箱を、慧斗はサンドウィッチの袋を開け始める。その様子を確認し、俺も自分の弁当箱の蓋に手をかけた。


「あ、そういえば灯弥さ、らんちゃみと朝、階段のところで何話してたの?」


 梅ぼしすっぱ、という感じの顔をしながら、羽瑞希が聞いてくる。


「そうそう。突然、木ツ女が話しかけてきてさ。なんか、昨日の放課後、4組の教室前あたりで、おばけに出くわしたらしいよ。」


 俺の発言に驚いた慧斗は、手に持っていたサンドウィッチを手から滑らせてしまう。しかし、羽瑞希がバレーボールで培った反射神経で、床に着地する前に拾い上げた。


「あ、ありがとうやで、はずきん。」


「大丈夫、慧斗?昔から怖いの得意じゃないもんね。」


 慧斗は、羽瑞希に礼を言いながら、バツが悪そうにハムレタスのサンドウィッチを受け取ると、話し始める。


「もしかせんと、木ツ女さんが会ったの、全身ずぶ濡れの女の霊やった?」


「え、そうだけど。慧斗知ってるのか?」


「いんや、木ツ女さんに聞いたわけじゃ無いんやけど、確か、この階の噂にあったはずやで。」


「あ、思い出した!私も知ってるよ!夕暮れ時になると、全身がびっしょり濡れた女の子のおばけが、この階を練り歩いてるって奴だよね!」


 私も知ってるよ!そう言いたげな表情を浮かべながら、羽瑞希は俺の方を指さしている。と、なると知らなかったのは俺だけか。結構有名な噂話だったりするのだろうか?


「いや、はずきん。日本語の問題やと思うけど、練り歩くとは違うと思うで。そんなおばけが行列を作って歩いてたら、状況的にわけわからんやろ。」


「あ、そっか。灯弥!じゃあそういう事にしといて!」

 

「適当すぎ。」


 羽瑞希は雑すぎる言い直しをして、くすくすと笑っている。


「で、その話って七不思議とかなんかそういう系の話なのか?」


 俺は、常温解凍された小ぶりのエビグラタンを口に運びながら、二人に尋ねた。


「んー、俺はほかのは知らへんけど、知り合いの話によると、七不思議とか言いながら、十数個くらいあるって言ってた気がするで。」


「私もたくさん聞いたことあると思う。ただ、その話も忘れかけてたくらいだから、覚えてないけど。」


「んー、なるほど。正直、あんまり俺はおばけとか霊とか信じてないけど、見たって人がいる上に、そんな有名な噂話なら、遭遇しないように気を付けないとな。怖いし。」


「そだねー。あ、てか、灯弥そろそろ行かないとヤバくない?早く食べきらないと!」


「た、確かに。」


 俺は、残された三口分ほどのご飯とミートボール一つを、一気に口へ詰め込むと、急いで弁当箱を片付けた。そんな様子を見た二人は、俺が口に詰め込んだ量の多さに驚きながら笑っている。


「羽瑞希、気付いてくれてありがと。じゃあちょっと行ってくる。」


「うん!行ってらっしゃい!ちゃんと私が参加してもいいかも聞いて来てね!」


「あ、5限の宿題、灯弥に移させてほしかったの忘れとった!早く帰ってきてや!」


 俺は弁当箱をカバンの中にしまうと、桜屋敷のいる部活棟へ向けて走り出した。

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