霊の6

 しかし、岡本君が思い描いていたような未来は訪れなかった。現実とは残酷なものである。

 それは本当に、唐突に訪れた。

 ある日、彼女に仕事の後、電話があり、

”すぐに会って欲しい”

 そう言われ、待ち合わせ場所の喫茶店に出向いたところ、先に来ていた彼女に、

”別れて欲しい。”

 突然の言葉だった。

 晴天の霹靂とは、正にこのことを言うんだろう。

 あまりのショックに、オーダーしたコーヒーも飲まずに、口を大きく開け、しばらく経ってから、

”何故?”とだけ聞いた。

 彼女は来年、大学に進学する。

 同じ系列の女子大だ。

 

 その大学では、入学すると公認の恋人を持つことになっている。

 勿論そういう校則になっているわけではないが、大抵の生徒が大学に入ると同時にそうなる。

 ある時はボディーガードであったり、ある時は運転手。

 当然だが親公認で、将来は婚約者フィアンセとなり、ゆくゆくは結婚、という訳だ。

 良家の子女が多い学園に於いては、当然ながらその”恋人”も、それなりの学歴、それなりの家柄となる。

 彼女もそうなるに当たって、両親から候補者を紹介された。

 岡本君と既に付き合っていることなど、大人しい彼女の口からは到底話せそうもなかった。

『何だか時代劇みたいな話だな。彼女にだって意志ってものがあるだろうに』

 俺がそういうと、岡本君はますますくらい目(幽霊なんだから当たり前か)をして、

『勿論そうです。彼女も最初は両親に逆らってでも・・・・そう思ったと言ってました。でも・・・・』

 相手の男に引き合わされた時、彼女の心は揺らいだ。

 その男はW大の法学部の二回生、性格は良く、スポーツマン。家は曽祖父の代から、あるグループ企業の経営者だ。

 方や一流大学の学生、おまけに将来も約束されている。

『それに比べて僕は中学しか出ていない、ただの工員ですからね・・・・どう考えても釣り合いがとれっこありません』

 彼女は涙を流し、何度も”ごめんなさい”を繰り返し、金を置いて店を出て行った。

 止めようか、とも思った。

 しかし彼にはそれが出来なかった。

 よく考えてみれば、彼女がその男性に気持ちが傾いたのも頷ける。

”自分はこのまま行っても、稼ぎがそうそう上がるとは思えない。愛があればなんていうのは、現実を見ていない、単なる妄想だ。現実の世界で生きてゆくにはやはり金だ。生活力だ。それがなかったら、彼女を幸せになんか出来やしない。”

 そうはいっても、彼女ほどの女性は、もう二度と現れることはないだろう。

 だとすればもう生きていたって仕方がない。

 そこまで決心が固まってしまったら、やることはもう一つしかない。

 

 後はもう自然とホームセンターに行き、七輪、練炭、目張り用のガムテープを揃えるだけだった・・・・・。


『もうこれ以上話すことはないと思います・・・・せいぜい嗤ってください。僕はこの程度のちんけな人間だったんです』

 俺はコートのポケットを探り、銀色のスキットルを取り出し、それとは別に紙コップを二つ出した。



 

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