霊の2
本当に突然だったという。
短大を卒業し、幼稚園への就職が決まったことを報告しようと、兄の携帯に電話したが、何故か”お客様のお掛けになった番号は・・・・”という、あのコールが流れた。
不安に思った彼女は、兄が勤めていたという職場に連絡をしてみた。
そこは大田区の蒲田にあった、小さな町工場だったが、そこで聞かされたのは、
”岡本修平君(兄の名前だそうだ)は、もう二年も前に退職している”と聞かされたことである。
分かったのはここまでだった。
それから先は待てど暮らせど何の連絡もない。
彼女は途方に暮れてしまった。
そこで恋人でもあり、かつ婚約者でもある中村二佐の息子に相談し、俺を推薦されたという訳だ。
『分かりました』
俺は答えた。
『お引き受けしましょう。料金は基本一日6万円と必要経費、もし万が一拳銃がいるような事態に遭遇した場合は、危険手当として四万円の割増をつけます。あとはこの』
そう言って契約書を出し、彼女の前に置く。
『こいつをよく読んで、納得が出来たらサインをお願いします』
『分かりました』
彼女はそう答えると一通り読んでから、すぐにボールペンを出し、署名欄に、
達筆な文字で署名をし、丁寧に捺印までしてくれた。
『どうかお願いします。』
そう言って何度も頭を下げ、事務所を出て行った。
人探しは探偵のイロハみたいなものだ。
格別難しいことじゃない。
その時はそう思っていた。
しかし、それがあんなに厄介な出来事になるとは、この時は全く考えてもいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
岡本修平の手がかりは、彼女から渡された一枚のスナップ写真と、二・三通の封書だけだった。
写真は彼女がまだ短大の一年生の正月に、二人で初詣に出かけた時に写したものだそうだ。
誰かに写して貰ったんだろう。
明治神宮の鳥居の前で、地味なアンサンブルの和服を着た若い女性(明美)と、黒いセーターに茶色のマフラーを巻いた痩身で中背の、素朴な顔をした青年が立っている。
俺はまず、彼が最後に勤めていたらしい、大田区蒲田の鉄工所を訪ねてみた。
”二年も前のことでねぇ。”
応対に出てくれた、無精ひげを生やした50代後半と思われる痩せた社長は、面倒くさそうな口調で答えた。
”真面目ではあったな。ウチへ来てからほぼ五年、無遅刻無欠勤を通してね。ただ、なんていうか、無口であんまり人付き合いのいい方じゃなかったんで、他の社員とも打ち解けていなかったようだったな。それに今一つ仕事ののみ込みも良くなくてね。”
退職をしたのは二年前、ある日突然、
”身体を壊して働けなくなった。申し訳ないが辞めさせて貰いたい”
そう言って几帳面に頭を下げたという。
理由について訊ねてみたが、彼は何も知らなかった。
他の工員たちも、殆ど彼について覚えている者はいなかったが、一人だけ、彼と同じ時期に入った男が、
”何だか、女に振られたようなことをいってたなぁ”
とだけ教えてくれた。
鉄工所を辞めた後、彼は転々と職場を変えていた。
大抵が短期のアルバイトで、土木工事現場、コンビニ、新聞配達といった具合で、一番長くても二か月がいいところで、当然住所も同じように一か所に居つくことはなかった。
足を棒にして、あちこち調べ回った挙句、ついにこの不動産屋にたどり着いた。
俺が自分の身分を名乗り、岡本修平について探していると聞くと、不動産屋の親父は酢を一リットルも呑まされたみたいな苦い顔をして、
『あ、あの、私んとこでは”事故物件”なんか扱っていませんよ』
こっちが聞いてもいないのに、そんな答えを返して来た。
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