第15話

電話を終えてから、どれくらいの時間が経過したのだろう。

絵を描き始めると周りが見えなくなるくらいに集中してしまうのは俺の癖だった。

「よし、出来た」

絵を描き終えた俺は、フワッと良い香りがした方向に目を向けた。


すると、いつの間にか俺の隣にヒカルさんが、ちょこんと体育座りしている姿が目に飛び込んで来た。

「え?いつからそこにいたの?」

「うーん、1時間くらい前ですかね?ヒロシさん、声掛けても全然反応しないから。凄い集中力だなって。でも、なんでヒロシさんの絵が心を鷲掴みにするのか、その理由が隣に座って絵を描いている姿を見て分かったような気がしました。」


「ごめんなさい。俺って、創作活動始めちゃうと一切、周りが見えなくなるんだよね。ちなみに、ヒカルさんが気付いた理由って教えてもらっても良い?」


「その集中力というか、作品に対して全力で向き合っているというか、うまく言葉には出来ないんですけど、ヒロシさん自身が作品に対して心を鷲掴みにされているように見えて。描き手が作品自身と深く繋がっているから、そのエネルギーが絵から溢れているんじゃないかなって思いました。」


「なるほどね、確かに一つ一つの作品に魂込めて描いてる気はする。描き終わると、くたくたになっているし。」


「その集中力、どうやったら出るんですか?」


「俺はいつも、今作っている作品が人生の最後の作品になってしまうかもしれないって気持ちで取り組むようにしているかな。だから、悔いが残らないようにしたくて、その気持ちが集中力を生んでいるのかもしれないかな。」


「常に最後の作品と思って取り組むかー。そんな風に考えたこと無かったです。」


そこからは、日が暮れるまで芸術談義に花を咲かせた。


「気付いたら暗くなっちゃったね、時間は大丈夫?」


「はい、大丈夫です。」


「そろそろ帰ろっか。俺は近所なんだけど、ヒカルさんは?」


「私の家は、この公園からは30分くらい電車に乗った所ですね。」


「じゃあ、駅まで送ろうか?」


「いえ、一回大学に戻って、今日ヒロシさんから教わったことを忘れないうちに作品作りに活かしてみようかなって思います。」


「そっか。じゃあ、大学まで送るよ。でも、この近くに学校なんてあったっけ?」


「ありますよ。自分で言うのもあれですけど、芸術分野では結構、有名な学校に通っているんですよ、私。」

少し自慢げに話す彼女の笑顔は、とても可愛らしかった。


「そうなんだ。ヒカルさんは、将来有望な芸術家なんだね。」


「そうですね!それに、私の先生はフォロワー2000万人を誇るヒロシさんですからね。」


こんな何気ない会話すら俺にとって最高に幸せな時間だった。あまりに会話が楽しかったこともあったが、それ以上に予想以上に大学が近いこともあり、あっという間に大学に到着してしまった。


「じゃあ、ここで大丈夫です!今日は本当にありがとうございました。凄い勉強になりました。」


「いえいえ、俺も凄い楽しかったし、勉強になったよ。ありがとう。」


「そんなお礼を言うのは私ですよ、ありがとうございました!また、絵の描き方教えてもらえますか?」

少し上目遣いをしながら不安そうに聞いてヒカルさんは、とても可愛かった。


「もちろん!今度は、一緒に食事も出来たら嬉しいな。」

なるべく自然体に誘ったつもりだったが、きっと声は若干裏返り、震えていたと思う。

ヒカルさんは少し考えたような素振りを見せたあと、屈託のない笑顔で、

「ぜひ!」

と明るい返事をしてくれた。


「本当?ありがとう。じゃあ、日程とか含めてまた連絡するね。」


「はい、待ってます!」

そう言うと、照れているのかお辞儀をした後、駆け足で学校の中に消えていった。

俺はヒカルさんの後ろ姿が見えなくなるまで、ずっとその姿を目で追っていた。

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