第10話 ハロウィン=仮装

 10月の末日、少し前まで俺たちに襲い掛かっていた熱はなく、今は肌を撫でる冷たさに震えながら美空の待つ家に向かう。


 信号待ちの間、ズボンのポケットに手を入れて暖を取っていると、同じポケットに入っていたスマホが震えた。

 そのままスマホを手に取り、画面を見ると海からのメッセージが一言、待機画面に表示されていた。


『優斗、やっぱりハロウィンは最高だな』


 それだけのメッセージで奴の頬が垂れ下がった表情が浮かんでくるのは海の人柄なのか、顔がうるさいのかはわからないが、清水さんが海に何かしたという事だけは想像できる。

 大方、ハロウィン今日は当日だし、仮装でもしてもらったことが嬉しかったのだろう。


 まぁ、俺個人としても恋人が仮装してくれて嬉しくなる気持ちはわからないでもない。

 けれど、残念ながら美空は仮装はしてくれないだろう。

 何年か前のハロウィンの前あたりに仮装してみて欲しいって言ったら冷たい目を向けられたことは記憶に新しい。


「儚い夢だな」


 俺は少し抱いてしまった願望を忘れるようにスマホをしまって、緑に光る信号を視界に入れつつ歩き始めた。





◆◆◆





 「ただいま」


 あれから20分ほど歩いた後に、家について中に声をかけても珍しく返事が入ってこない。


 この時間に寝てるの珍しいな。

 なんてことを思いながら靴を脱いで揃えていると、突然後ろから抱き着かれた。


 咄嗟に振り向こうとすると、俺を振り向かせまいとより強く抱きしめられる。


「どうした美空?」

「………」


 黙って抱き着き続ける美空の腕を触ると、白いフリルのついたカフスに気づいた。

 そのカフスのついた手首を軽く触りながら、美空に問いかける。


「美空?もしかして仮装してくれたの?」

「うん。前は恥ずかしくて嫌って言ったけど、優斗に喜んで欲しくて」


 そんな美空の言葉に少し動揺したことを隠しながら更に言葉を続ける。


「珍しいな美空がそんなこと言うなんて。何を企んでるんだ?」


 俺がそう言うと、美空はまるで観念したかのように抱き着く力が緩くなった。

 そのまま俺が振り向くと、シンプルなヴィクトリアンメイド服を着た美空が膝立ちでこちらを向いていた。


 「お気に召しましたか。旦那様」


 呆然と美空を眺める俺を見て、美空がクスリと笑みをこぼす。

 その僅かな変化でさえも美空に釘付けになるほど俺の頭は美空に溶かされていた。


 「ほら、ご飯用意してあるから冷めないうちに食べよ」

 

 そう言って差し伸べられた手を掴もうと両の手を美空の方に伸ばした途端、俺の手首に冷たい感触が訪れた。


 その冷たさで目を覚まされて自分の手を見ると、美空によって俺の手に手錠がかけられていた。


「あ、あのぉ。美空さん、いったいこれは?」

「メイドさんに見惚れる旦那様にはお似合いですよ」


 

にこやかな笑みを浮かべながら俺にそう告げる美空はやっぱり俺の眼を引き付けて離さないほど魅力的だった。





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