第2話 夏場のお約束
大学の再開まで後、二週間ほどとなった頃、俺は美空に迫られていた。
「優斗、プール行こう」
「いやだ」
夏、プール、美空、この三点が完璧に揃っている状態に俺は行きたくない。
これは経験からわかるほぼ確定的なことなんだが、平穏にプールを楽しむことはできないだろう。
まず美空は幼馴染であるとか婚約者という立場を抜きにしても目を惹く美人だし、そんな彼女が水着という肌の露出が高い衣装に身を包むのだ。人目を集めることは必然とも言える。
その視線に巻き込まれるのは俺だし、そもそも美空の水着姿を大勢に見せたくないという醜い男の嫉妬心もある。
俺がそのまま黙っていると美空は我が意を得たりとしたり顔になって、口を開く。
「どうしてもプールが嫌なら私にも考えがあるわ。」
そう言って美空は俺の隣から立ち上がると、履いていた白いショートパンツのボタンを外し始めた。
その空いた隙間から紺色の生地に目を奪われそうになりながらも必死に美空の動きを止めようとする。
「ちょっと待て。何をするつもりだ」
「何するつもりなんて無粋なことを聞かないでよ。そりゃぁもう決まってるでしょ」
得体のしれない焦りに急かされながら、そのままショートパンツを脱ごうとする美空を本格的に止めるべく、美空の手を掴んだ。
そうすると、俺と美空は自然に近づくことになるのだが、そこで俺は美空に存在する違和感に気づいた。
「水着を既に着ているとは準備万端だな。美空」
企みがバレた美空は脱ごうとする手を止めてこちらを見る。
だが、その眼には反省の色はなく、むしろ次を考えていそうな眼をしていた。
「何をするつもりだ」
問い詰めるように口を開くと美空はその言葉を待っていたかのように顔が輝いた。
不覚にもその笑顔に見惚れていた俺は既に美空のペースに乗せられていた。
「いや~唯、優斗がプールに行きたくないって言うから、優斗に私の水着姿を見せる機会がなくなるじゃん。そんなことは婚約者としては避けたいし、優斗に見てほしいでしょ。だから、私は考えたの、どうすれば優斗に水着姿を見せられるか。そうしたら思い出したんだ。私たちは毎日見せる機会があることに」
嫌な予感をひしひしと感じながら、美空のほのめかす毎日の機会に思いを馳せる。
しばらく、考えても思い当たることがなく固まっていると、口角が上がっている美空の視線の先に気が付いた。
「おい、まさか風呂に水着を着て入ろうとか言うバカなことは言わないよな」
「婚約者が勇気を振り絞ってお風呂に誘っているのにバカなこととは酷いなぁ。それに、元々は優斗がプールに行きたくないって言うからだし。」
だからといって風呂に水着を着ているとはいえ、年頃の男女が一緒に入ることには抵抗がある。
けれど、美空の翻弄されているのも面白くない。
「わかった。一緒に入るぞ」
「はーい。じゃあ先にお風呂入っててね」
◆◆◆
俺は先に洗面所を抜けて、緊張や不安そして少しばかりの下心がまじりあった心を静めるようにシャワーを頭から被りながら、美空を待っていた。
不思議と敏感になった五感が洗面所に美空が入ってきたことを感じ取り、更に背中を伸ばしながら、俺はシャンプーを始めた。
シャンプーの音が響く中、その音を切り裂きながら風呂場の扉が開かれる。
音に連れられて思わずそちらの方向を見ると、そこには普段見れない白い体を惜しみなくさらしている美空が立っていた。
その白い陶磁器のような肌と紺色のビキニのコントラストが眩しすぎてすぐに目を逸らしてしまった。
目を逸らして安心したのも束の間、美空は俺の背中に抱き着いてきた。
背中に男の肌とは違う滑らかな肌の感触がダイレクトに伝わり、俺の心臓を加速させる。
「ドキドキするね」
実行犯である美空も少し恥ずかしそうに呟く。
そんな態度に普段あまり意識しない美空の女の部分を感じながらも髪を洗い終わった。
俺が美空から逃げるように湯船に入ろうとしたところ、美空に呼び止められた。
「ねぇ、頭洗ってよ。昔、優斗に髪を洗ってもらうことが好きだったの」
「しょうがないな」
美空が普段使っているシャンプーを手に取り、泡立たせる。そして、髪全体にシャンプーをいきわたらせたら、頭皮を気づ付けないようにして丁寧に洗っていく。
下から上に向かって円を描きながら、ゆっくりと洗っていく。
「ああ~やっぱり優斗は髪洗うのが上手いね。これから毎日洗ってよ」
「それは大変すぎるだろ。もっと頻度を落とせよ」
美空の髪を洗っていると自然と体も心も落ち着いてきて、この奇妙な状況にも慣れてきた。
美空の髪についたシャンプーの泡を流し終えると、美空と二人で湯船に入る。
背中合わせの状態でゆったりとしていると美空が俺の手に触れてきた。
「優斗の手も背中も凄く大きくて、いつも私を助けてくれる。前までは優斗に与えてもらってばっかりだと思ってたけど、恋人、そして婚約者になってわかったことがあるの。それは私がそう思ってただけで私たちはお互いに多くのことを与えあっているってわかった。だから、私はこの手の中にいると安心できるの」
急にそんなこと言うなんて反則だろ。
俺だっていつも美空と一緒にいるだけでたくさんの幸せを感じている。
上手く言葉にできなかった俺はそのことを表現する為に、触れてきた美空の手をしっかり握った。
俺の手に答えるように美空が俺の手に指を絡めてきた。
その動きに合わせて俺も少しづつ美空と指を絡ませていく。
風呂場につけられている窓からは静かに街を照らす一番星が顔を出していた。
その後、二人でのぼせかけて、揃って反省した。
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