第18話 ヒント
最寄り駅に駅に着いた俺たちが駅の改札を抜けると美空の母親が俺たちを待っていた。
「おかえり美空。そして久しぶり優斗君」
「ただいま、お母さん」
「お久しぶりです。
出迎えてくれた彩花さんは大学生の娘をもつ母親だとは思えないほどの若々しさを保っていた。
久しぶりの再会に駆け寄る美空とは歳の離れた姉妹に見えるぐらいだ。
「駐車場で誠さんが待ってるから行きましょうか」
ひとしきり母娘の触れ合いをした彩花さんが俺たちにそう促す。
誠さんに話があると事前に言われているからか、少し緊張を覚えながら彩花さんについて駐車場に向かった。
駐車場の入り口が見えてくるとそこに立つ誠さんの姿を確認できた。
そのまま誠さんに連れられて車に乗り込むと誠さんが後ろの席に座っている俺と美空に質問を投げかけてきた。
「新しい暮らしには慣れたかい?」
「うん。それに優斗もいるしね」
「そうかそうか。それは良かった」
「優斗がね…」
やはり、久々に会う父親だからか、美空もいつもより饒舌に話している。
それに、そんなことは気にしないような関係なのに美空が誠さんに俺とのことを話していると少しむずがゆさを覚える。
そんなこんなしている間に俺と美空の実家に到着した。
美空と彩花さんが荷物を持って家に運び入れている間に俺は誠さんと話していた。
「家まで送っていただきありがとうございました」
「良いんだよ。いつも美空がお世話になっているみたいだしね」
「そんなことありませんよ。むしろ俺の方が頼っているかもしれません」
これは俺の中での本心だった。幼い頃とは違い、美空は俺がいなくても皆の輪に加わって仲良さげにすることも多くなった。
俺はあまり友達を増やしたり、遊びに行ったりしないので大学での交友関係は美空の方が広いだろう。
「美空と良い関係を築けているみたいで良かったよ。それと優斗君、今日の20:00時以降に時間はあるかい?」
「はい、空いていますけど…」
「じゃあ、20:00時に家の前で待っていてくれるかい。以前言った話をしたいんだ」
「わかりました」
「お父さんと優斗、二人とも何話してるの?荷物は運び終えたよ」
「あぁ、すまない。じゃあ優斗君また」
「はい、また」
「また明日ね、優斗」
こちらに向かって手を振る美空に軽く手を振り返しながら久しぶりの実家に足を踏み入れる。
「ただいま」
「おかえり、優斗。今日は優斗の好きなコロッケだよ」
キッチンから軽く顔を見せながら母さんが俺を出迎える。
「荷物置いたら、ご飯運ぶの手伝って。お父さんももうすぐ帰ってくるみたいだから」
「了解」
引っ越した時から何も変わらない俺の部屋に荷物を置いてキッチンに向かうと揚げあがったコロッケが並んでいた。
その黄金色に輝くコロッケに口の中であふれる涎をのみ込みながらリビングに運んでいく。
運び終わるころに丁度、父さんが帰ってきた。
そして久々に家族そろっての夕飯を食べた。
…コロッケ美味しい。
◆◆◆
風呂に入って髪を乾かした後、約束の20時が近づいて来ていた。
父さんはこの話を知っているみたいで母さんにそれとなく言っておいてくれたみたいだった。
そして、20時に家を出ると誠さんが待っていた。
車の助手席に俺が座ると車は夏の明るい夜に走り出した。
しばらくして、海の見える高台に車を停めた誠さんと俺は片手に珈琲の缶を持ちながら海に向かって立っていた。
「…優斗君、美空はいい子かな?」
「良い子ですよ。僕が独占しててはいけないと感じるぐらいに」
「だが、美空は君を選んだ。そうだろう?」
その鋭い指摘は俺の動揺を誘った。
俺がいくら怖がっていたとしても美空が俺を選んだという事実はかわらないということを強く突き付けられた気がした。
「まぁ、優斗君の気持ちはよくわかる。僕と彩花さんも幼馴染ではなかったけど、八年間付き合った後に結婚したからね。プロポーズをしてから結婚生活が始まってしばらくたつまで凄い不安があったことを覚えているよ。しかも、優斗君の場合は最早、自分の片割れとも言えるぐらい長い時を過ごしてきた関係だから、関係性の変化や壊れる可能性が余計に怖いだろう」
「そう…ですね」
「そんな優斗君に僕が怜央に言われた言葉を教えよう」
「父さんが…?」
「あぁ、君のお父さんに僕が相談した時にこう言われたんだ。“お前以外の誰があいつを幸せにするんだ?お前以外があいつを幸せにしてもいいのか?”これは当時は堪えたもんさ。だからこそ、今の優斗君に美空の父親として言おうと思う」
「………」
「優斗君、君が他の人よりも美空を一番笑顔にできる人だよ。それは今までの君が証明してきた。そんな君がこのまま得体のしれない不安感を理由に怖気づいてしまうのかい?」
誠さんの言葉は今の覚悟も決意もない俺にはとても重かった。
けど、今、誠さんに言うべき言葉は自然と頭に浮かんできた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。美空は俺が貰います。美空のヒーローは俺です」
「…子供の成長は早いなぁ。ああ、頼んだよ。たった一人のためのヒーロー」
顔を合わせると自然と二人とも笑顔が浮かばせながら、今後への希望と期待を胸に家に帰るため、車に乗り込んだ。
この時に飲んだ冷めた珈琲は不思議と苦みを感じなかった。
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