第15話 宣戦布告

 久しぶりだな。

 と、俺は水族館のチケットを買うために並んでいる時にふと思った。


 美空とは幼少期に何回かこの水族館に来ているのだが、そのいづれも保護者がいたからだろうか。凄く新鮮な感覚だ。

 以前、大改修があったことも関係しているだろうが、デートだからってのもあるのかもしれない…


 入場料を払うために駅から美空と繋いできた手を放そうとすると美空の手が俺の手を名残惜しむかのように軽く力を入れて離れた。

 海から貰った割引券を受け付けの人に渡してチケットを購入して中に入った。

 

 ついでに美空の手を拾うのも忘れずに。


 

 水族館の中に入るとそこには海辺を再現された大規模な水槽があった。入った人の目を引くその水槽には波が再現されており、照明の色合いも相まって夕焼けの海の中を横から覗き込んでいるような感覚だった。


 室内にも関わらず、リアルな波音が耳に伝わる中、美空を見ると美空もこちらを見ていた。

 二人で見ているものをわざわざ言葉にださずとも、少し体を近づけて手をしっかり握ることでお互いの思いが伝わっているような気がした。



 それから二人でゆったりと水槽を眺めながら、水族館を楽しんでいた。

 大水槽で魚の群れに圧倒されたり、美空がラッコやカワウソを見て盛り上がったりもした。

 そんなこんなで昼飯の時間帯になったが、俺と美空は少し時間をずらしてレストランに行くことにした。12:00からイルカショーもあるみたいだし、ちょうど良かった。

 

 イルカショーのステージに行くと夏休みという事もあってか子供連れが多く来ていた。


「優斗、どこに座る?」

「前の方に行き過ぎると濡れちゃうし、この辺で良いんじゃね」

「そうだね。私の今日の服、濡れちゃったら透けそうだし」


 そう言って胸元のあたりを引っ張って俺に見せつけてくる。

 普段はそんなに意識をしないようにしているのにその胸元にある手に収まるほどのふくらみに思考を占拠されていた。


「想像しちゃった?私の服が透けてるとこ」

「……」


 いつもなら即座に否定するのだが、実際に考えてしまったことは事実なので何も言えなかった。

 そんな俺の様子に美空は少し恥ずかしそうにしながら、体を寄せて、


「えっちな優斗」

「…ごめん」

「優斗なら良いから気にしないで」


 …そんな事を言われたら余計に意識しちゃうだろ。





 イルカショーが終わった後、水族館内にあるレストランに訪れていた。

 俺はカツカレー、美空はボロネーゼを食べていた。

 何かこうゆうところに来るとカレーを食べたくなるんだよな。


 先にカツカレーを食べ終わって美空の食べるところをこっそり眺めていると、美空は子供が食べている特性パフェをチラチラと見ていた。


「パフェたべるか?」

「…食べる」


 追加注文したパフェが届くと、美空は新しい玩具をプレゼントされた子供のように目を輝かせて食べ始めた。

 その表情はかつて見た幼いころの美空とは大きく変わらないはずなのに何処か明確な違いを感じていた。その子供っぽい表情の中にある大人っぽさを感じ取っているのだろうか。


 そんなことを思いながら美空がパフェを食べる様子をみて癒しを感じていると、


「優斗も食べたいの?はい、あ~ん」


 俺が美空を見ていたのをパフェを食べたいからだと思ったのかパフェを少しすくって、こちらに差し出してきた。

 普段なら、何も気にせずに食べるのだが、外という事とデートという事が合わさってか、顔が赤くなるのを感じる。 

 その熱さをごまかすかのように差し出してきたパフェを咥えると、口の中に甘みと冷たさが広がったが、俺の熱さは全く冷める様子が無かった。


 美空もそのまま食べるのかと思ったのだが、パフェを更に口に運び込もうとした瞬間、急に手が止まり、耳が赤く染まっていく。

 その様子を見ていた俺に気づいた美空はごまかすようにして再びパフェを放り込み始めた。 


 自分も恥ずかしくなるならやるなよ…




◆◆◆




 昼飯を食べた後は見ていなかったペンギンなどのエリアに向かった。

 フンボルトペンギンの生息する海辺を再現したエリアで岩場のある陸地と水でペンギンが動き回っていた。

 水中のペンギンはまるで空を飛んでいるかのように泳いでいて、その速さに俺は驚いた。


「可愛い~」


 そう言って美空がペンギンの泳ぎ回る水槽に手を付けると、その手に頭を合わせるようにしてペンギンが近づいてきた。


「わぁ、こっち来た」


 美空が手を動かすたびにペンギンはその動きに合わせてついて来ていた。


「優斗もやってみなよ」


 興奮した様子の美空にせかされて俺も水槽に手をつけると別のペンギンが俺の手を追いかけ始めた。


「おおぉ」

「なにその反応。もう少し何かあったでしょ」

「悪かったな、反応が鈍くて」


 そんなことを言い合いながら手を動かしていたら、俺の手が美空の手とコツンとぶつかった。

 そのタイミングで近づきあったペンギンたちは嘴をコツンとぶつけて固まっている俺たちの前から仲良く去っていった。


「ペンギンもキスするんだな」

「してたね、キス…」





 互いに顔を赤くしながら、水族館を出た後、そのまま日本海の砂浜に降りた。

 もう時間は夕刻に近く、海面は綺麗に日光を反射して輝いていた。


「ねぇ、優斗。私はやっぱり欲深い人間だったみたい」

「急にどうしたんだ?」

「だからね、優斗。これは私からの宣戦布告」


 美空は突然、俺の正面に立って顔を近づけた。

 俺が何が起こっているかを把握する前に俺の唇に柔らかい感触がした。


 一秒、二秒、…十秒


 唇が離れても呆然と立っている俺を見ながら美空は何事もなかったかのように

俺の手を取った。


「帰ろう、優斗」




 

 確実に変わり始めた俺たちの関係に不安を感じているはずなのに、俺の心臓は穏やかに暖かさを生み出していた。




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