第11話 ただの買い物
「おはよう、優斗」
夏の近づきを感じる七月初頭の休日の朝の九時、美空が俺の家に押しかけて来た。
「休日の朝からなんだ美空。俺はまだ眠れるぞ」
「今日、買い物行きたいんだけど、ついてきて」
…要は荷物持ちが欲しいと。
「優斗が来てくれないんなら、私一人で行くけど「行く」」
「わかった。朝ご飯用意してるから支度してね」
…予想通りって顔で笑うなよ。
美空の作った朝ご飯を食べながら美空を見ると、普段の美空とは違うことに気づいた。いつもより美空はおしゃれをしているようだった。
「似合ってるな」
「ありがとう、優斗」
想像以上に嬉しそうな表情をする美空に何処か居所が悪くなって俺は美空から目をそらしてしまった。
◆◆◆
ショッピングセンターに入ると、想像より多い人に威勢を削がれながら美空を見失わないように美空の手を掴んだ。
「はぐれるなよ」
「優斗が離さなければ離れないよ」
「…どこ行くんだ」
「まずは夏に着る服を見たい」
「了解」
世の男性が苦痛に思いやすい女子の買い物に付き合う事は美空によって調教された俺にとっては苦にならない。
それに、美空の気が済むまで一緒に回れるだけで俺も割と楽しめるしな。
美空に連れらながらショッピングセンター内にある店舗を眺めていると美空はとある店舗に入って行った。
美空のおかげで多少ファッションを知ったとはいえ、女性の服については全然わからないというのが本音だ。
しかし、今日の美空には目的の服があったようで素早く服を身繕い、試着室に入っていった。
しばらくすると試着室に入った美空が純白のワンピースを着て出てきた。
「どう?もう一回一目惚れしちゃった?」
…そういう事か。
しかし、悔しいことにそのワンピースは美空の為にあるかのように似合っていた。
「……似合ってるよ、美空。お嬢様みたいだ」
「これを買ってくるね。夏、楽しみにしててね優斗」
「楽しみにしてるよ」
夏、俺は美空に翻弄されずに済むだろうか。
…無理なんだろうな。
美空にワンピース以外も見てみるから少し待っていてと言われ、少し周りの店を見て回った後、合流してフードコートに向かった。
フードコートで昼飯を食べた俺たちはゲームセンターに来ていた。
普通、男女でゲーセンに着たらクレーンゲームやレースゲームとかをやるんだろうが、俺たちは二人並んで音ゲーをやっている。
「優斗、前より上手くなってない?」
「大学からバイトまでの時間でちょくちょく来てたしな」
そんな会話をしながらも降ってくるノーツに合わせて手を動かしていく。
数プレイをした後、感想を言い合いながら家への帰路についた。
家に入る直前、俺は美空を呼び止めた。
「美空、これ」
そう言って俺は包装された箱を渡す。
受け取った美空はどこか恥ずかしそうにこちらを見た後、包装を丁寧にはがして箱を開けた。
中かシンプルだがささやかに花の模様があるキーケースが出てきた。
「これは、キーケース」
「ああ、いつもむき出しで使っていたから、あったほうが良いかなと思って」
美空はそのキーケースをまるで宝物のように手で包み込みながら天使のような笑顔を浮かべている。
その表情に見とれてしまった俺はその事をごまかすように家に入ろうとすると美空が俺の腕を掴んだ。
「優斗はいっつも私のことをズルいって言うけど、優斗も十分ズルいよ。ありがとう優斗大切にするね」
見慣れているはずの美空の嬉しそうな表情に溶かされそうになった俺は上の空で美空と別れて家に入った。
寝る前に今日の荷物を片付けているとリュックの中からワンピースを買った店の包装が出てきた。
その中にはネクタイとメモ帳の切れ端が入っていた。
(優斗へ。バイトでネクタイつけてた優斗がカッコよかったから買っちゃった。)
…やっぱりお前の方がズルいよ美空。
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