第10話 神社と初恋
六月、梅雨が始まりアウトドア派の人々の嘆きが響く中、俺は神社に来ていた。
家から徒歩で20分程度の小さな山の上に建つこの神社は正月の頃の騒々しさが想像できないほど静まり返っていた。
神社の石畳や建物、俺の傘に当たる雨の音が耳を揺らす。曇天の空で隠されて薄暗い中、明かりでぼんやりと浮かび上がる拝殿が俺の目に映る。
以前、冬場の夕方にこの神社に訪れた時からこの落ち着いた雰囲気と和を感じられる空間が気に入って度々訪れていた。
雨宿りができる場所に入り、唯々雨の降る境内を眺めていると、鳥居から見慣れた少女が境内に入ってきた。
そして、上品な所作で参拝をした後、俺の隣で立ち止まって口を開いた。
「やっぱりここにいた。今度は一緒に行こうって言ったのに」
「悪い。急に思い立ったて来たから伝えるのを忘れてた」
「もう、ちゃんと言ってよね。けど、これが見たかったんだね。これなら来たくなる気持ちもわかるかも」
◆◆◆
家に帰った後、黙って神社に行った罰として美空が希望したシチューを作っていた。
「優斗はなんで神社に行くようになったの?あの神社に行く前から偶に行ってたよね」
「それは勿論、雰囲気が好きなのもあるんだけど、思い出の場所だからかな」
「思い出?神社でなんかあったっけ?」
「いや、美空が居なかったから六年生の夏休みの時かな。実家の近くにある神社で俺は初恋をしたんだ」
「………」
「偶然会った子で名前も知らないんだけど、あの時初めて異性に対する感情を感じたんだ」
「どんな子だったの?」
少し不満げな美空が自分の肩ほどまでの髪を弄りながら俺に問いかける。
「う~ん。だいぶ前だから朧気だけど、長い髪でワンピースを着てて、身長は140㎝ぐらいだったかな。あっ後、手作りのネックレスをしてた気がする」
「……その子のどこが良かったの?」
先ほどまで不満そうだった美空が今度は少し恥ずかしそうに俺に問いかけてきた。
「いやぁ、今となっては恥ずかしいけど、一目ぼれだったと思う」
「そ、そう。ちょっと待ってて」
美空は立ち上げると隣の自分の家に帰っていた。機嫌を損ねたのかと一瞬考えたが、やけに嬉しそうな顔で帰っていった。
どういう事かが全く予想もできずに考え込んでいると美空が戻ってきた。
…………あ
「どう?初恋の人に会えて嬉しい?」
戻って来た美空には先程までなかったネックレスが首にかかっていた。
「あの時、優斗に気づいてもらえなくて本当にショックだったけど、そんなに大切な思い出にしてくれてたならよかったわ」
今、美空が身に着けているネックレスで全てがつながった。当時、俺が気づけなかった理由は成長期に暫くあっていなかったのと髪の長さが大きく違ったからだろう。
言われてみれば、中学で再会した美空の顔に似ていた気もする。
ネックレスは俺が渡したもののはずなのに気が付けなかったのは当時の俺が身だしなみについて意識していなかったのが原因だろう。
今回気づけたのは、身だしなみとか相手の服装を見ることは美空に中、高と言われ続けてて少しずつ直ってきたのが大きい。
「悪かった」
「いいよ。優斗は私が大好きだということもわかったし」
「んなっ」
「だってそうでしょう。誰かもわからないのに私に恋しちゃったんだもんね」
…ぐぬぬ。
俺が全面的に悪いのだが、調子に乗らせておくのは気に入らない。
「じゃあ、美空の初恋はどうなんだよ」
「それはね…」
余計なこと言った。そう思った時にはもう時は止まってくれない。
美空は俺の後ろから手を回して囁いた。
「私の初恋はいつも隣にいてくれた優しい男の子だよ。だから、これからもずっと隣にいてね」
そんな言い方はプロポーズみたいじゃないか。
嬉しいけど、それ以上に気恥ずかしい。
その後、できたシチューを食べるころにその場のノリで言ってしまった自分の発言に悶えて顔を真っ赤にしながらシチューを食べる美空が可愛くて、にやけてしまったことは美空にはバレてないはず。
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