第9回 バイト

 ゴールデンウイークは終わり、テストが近づいている中、俺はバイト先の喫茶店のホールの仕事をしていた。


 ここでバイトをしていることは美空にも教えていない。喫茶店でバイトをしていることは教えているけど、店まで教えていなかった。店に来られると俺が集中して業務ができなくなるのは明白だしな。それに恥ずいからな……


 ここの喫茶店は多くの若者が利用するようなチェーン店ではなく、地域の大人が利用する落ち着いた雰囲気があるお店だ。その雰囲気に惹かれて通っていたら、バイトとして雇ってもらえることになったのだ。


 今日も常連のご夫婦が席に着いているだけで、そこまで人が多いわけではなかった。

 この店の場所が表の通りではなく、少し脇道に入ったところだから普段から人が頻繁に来る店ではないみたいだ。けれど、一度来てもらったお客さんにはリピートする人が多いように感じる。

 まぁ、俺もリピートしていたから気持ちはすごいわかるんだけどな。


 そんなことを考えながらご夫婦に珈琲と軽食を提供している際に、店の入り口が騒がしくなった。


「本当にここであってるの?」

「あってる。凄い美味しいから食べてみてよ」


 入口についているベルが鳴って、大学生らしい女子が数人入ってきた。

 彼女らを席に案内するために入り口に歩いていくと最後の一人が入店してきた。

 ………美空!?

 

 美空がいることを認識してしまった俺は少し不完全かもしれない営業用の笑顔を浮かべて彼女らを席に案内した。

 美空もこちらに気づいたようで目を見開いていたが、俺が教えていないことを考慮してくれたのか特別に反応することはなかった。


「メニューはこちらになります。ご注文がお決まり次第、店員をお呼びください」


 定型文を告げると、美空は笑いをこらえるかのように下を向いて震えていた。くそ、だから美空に教えたくなかったのに…


「店員さん、かっこいいですね」


 メニューを渡したので他の仕事をしようと思い、離れようとした時に不意に女子の中でも明るそうな子が俺にそう言ってきた。

 急に訪れた難問に苦戦しながらも答える。 


「ありがとうございます。皆さんのような方たちに言われると嬉しいですね」


 無事に乗り切れたようだったので席を離れて業務に戻った。

 彼女たちはその後、コーヒーやケーキなどの写真を撮りながらも店の雰囲気に合わせて数時間、談笑をして帰っていった。


 その後、俺のシフトも終わって家に帰ると少し不機嫌そうな美空が俺の部屋に鎮座していた。

 不機嫌ですよと俺に訴えかけるように頬を膨らませているが、むしろ可愛くてにやけてしまいそうになる。


「どうしたんだ美空」

「私以外の女の子に褒められて嬉しそうにしてた」


 そんな言葉に俺は良くないことはわかっていても嬉しくなってしまった。


「嫉妬してくれるんだな」

「…優斗は私のだもん」


 余りの可愛さに抱きしめたくなったが、説明しないまま行動に移すと愛情表現で丸め込む男みたいで嫌だから説明をする。


「そりゃ嬉しいよ。だって美空の友達から褒められるってことは俺が美空の隣にいれる事を証明してくれてるってことだから」

「……ズルい。駄々をこねてる私がバカみたいじゃん」


 美空は俺の胸に頭を預けるようにしながら軽く俺の事を叩いた。

 そうして顔を上げてどこか照れながら俺に向かって一言、


「私もいつも優斗がかっこいいと思ってるもん」





………ズルいのはどっちだよ。



 



 

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