第三十二話 謎の作家

 「暑い。ちょっと休まないか」

 「出雲君運動不足過ぎるわよ」

 「仕方が無いだろ。俺は運動部じゃないんだ」

 「ま、まあ仕方ないわね。私の膝枕で休ませてあげるわ」

 「じゃあ頑張って歩くわ」

 「何でよ」

 「こんな面前で膝枕とか恥ずかしいに決まっているだろうが」

 「夫婦なんだから当然よ。何も恥ずかしがることじゃないわ」

 「悪いツッコむ余裕もないわ」

 

 俺は近くのベンチに座って日陰で休む。

 最近急に暑くなりやがって。


 「はい水」

 「サンキュー燐」

 

 俺は燐から貰った水を一口飲む。

 ああー生き返る。


 「それで何で本屋に行くんだ? 通販でもいいだろうが」

 「色々執筆の資料が欲しくてね。中身も確認したかったから。元々一人で行く予定だったんだけど、初音ちゃんに話したら「私も行く。出雲君も」って言って」

 「とんだ迷惑だ」

 「ごめんね出雲君」

 「いや本気では思ってないから安心しろ。それに」

 「それに?」

 「何でもない」


 俺は二人の可愛い私服姿を見れて少しだけ来てよかったと思えた。

 白いワンピースにピンクのミニスカートの初音。

 黒い鳥のワンポイントデザインが入ったTシャツに、黒いハーフパンツ。

 どちらも凄く魅力的であった。

 まあ変装の為かマスクとサングラスをしているんだが。


 「そういや燐、初音にオファーしたんだって?」

 「ああ聞いたんだ。うんソウルリークって作品のメインヒロイン役を演じて貰いたいなって」

 「何か二人とも遠い世界にいるみたいだ」

 

 凄い遠い世界にいるようだ。

 初音はプロの声優で、超若手声優と言えど主役級を数本演じている。

 しかも容姿端麗、成績優秀だ。

 燐はプロのラノベ作家で初版ミリオン行くぐらいの大人気作家だ。

 しかも容姿端麗故メディアにも多く出演していてかなりファンが多い。最早アイドル的存在だ。しかも超成績優秀だ。

 対して俺は駆け出し作家。容姿も成績も決して飛びぬけているわけではなく平凡だ。

 唯一自慢できそうなことと言えばチャンネル登録者百万人達成だろうか。

 しかしそれすらも上には上がいる。


 「そんなことないわ。出雲君は私にとっての最高の旦那さんよ」

 「何か慰め方がずれてる」

 「いつになったら私がお嫁さんになることを認めるのかしら」

 「いやきっとずっと認めねえよ」

 「やっぱり燐ちゃんに浮気ね」

 「ちげえよ。ていうか浮気も何も付き合ってねえからな」


 俺と初音のやり取りを見て燐が口に手を当てて笑う。

 それを見た俺と初音も笑った。


 「じゃあ本屋行くか」

 「ええ」

 「うん」


 俺達は暑い中、本屋へと向かった。


                 ◇

 本屋で燐は見たいコーナーがあるから見てくるねと言って一人行ってしまった。

 俺を置いてかないでくれ。初音と二人は正直やりずらい。


 「ねえ出雲君。私燐ちゃんの作品に出るわ。絶対に見てね」

 「ああ勿論だ」

 「…………それでお嫁さんの件だけど」


 初音が言いずらそうにしながらも口に出す。

 その表情は恥ずかしがる乙女そのものでとても可愛かった。


 「脈絡が無さすぎる。が、生配信の事は思い出したわ」

 「本当!?」

 「ああ。確かに俺はお前に言った。お前のお嫁さんになってやると」

 「でしょでしょ。じゃあ――」

 「でも悪いがあれは方便で。本気で思っていた訳ではない。それにあの時は色々あったから」

 「心にもない事を言ってたって事?」

 「いやそう言う訳ではないんだが。何というかお前に葉っぱを掛けるために言った言葉であって。本当に結婚したいとは全然別物と言う事であって」

 「でも私は救われた。あの生配信があったからこそ」

 「それは俺としても素直に嬉しい。だけど俺はやっぱりお前を好きになることは無い」

 「それは燐ちゃんが好きだから?」

 「そう言う事じゃない。俺は誰かの人生を背負えるほど大きな器の人間ではないという事だ」

 「だから燐ちゃんから告白された時も断ったの?」

 「そうだよ。俺だって初音や燐は凄く魅力的だ。とても可愛いと思う。付き合ったらきっと楽しいと思う。でも後々の事を考えると怖いんだ」


 俺は初音に本音を告げた。

 前に似たような事燐にも告げたな。

 相変わらず酷い奴だな俺は。

 

 「そう。でも私は諦めない。絶対出雲君のお嫁さんになるわ」

 

 そう言って初音は俺とは別のコーナーへと向かった。


 「燐や初音を幸せにできる未来が全く見えない」


 俺はそう呟いてラブコメがあるコーナーへと向かった。


            ◇


 黒羽燐side


 「残念だったね初音ちゃん」

 「聞いてたのね」

 「ごめんね偶然戻るときに聞いちゃって」

 「いいわ。でも出雲君私を選んでくれないかも」

 「難しいよね。出雲君のトラウマの原因が零さんと瑠璃さんだからね」

 「そんなに二人って凄いの?」

 「うん凄いよ。零さんは超大手IT会社の創設者兼社長だし。瑠璃さんはもうなんか人間離れしてるからね。そんな瑠璃さんを超えろと何度も零さんに言われて育った出雲君はプレッシャーが半端なかったんじゃない。それで責任を負うのが怖いんだと思うよ」

 「そうなんだ。どうやって出雲君を攻略すればいいのかしら?」

 

 それはスライムを倒すのとは訳が違うんだよね。

 LEVEL1でラスボスに挑むようなもんだよ初音ちゃん。


 「まあ初音ちゃん頑張ろう。応援してるよ」

 「私を応援していいの?」

 「二人はお似合いだと思うよ」

 「燐ちゃんも出雲君の事好きだよね?」

 「好きだよ」

 「だったら私に遠慮しないで。お互いライバルでもいたいわ」

 「私は過去に出雲君を傷つけてるから資格はないよ」

 「あるわ。もう仲直りしたんだし、それに何より出雲君の人生を変えたのは燐ちゃんだと私は思ってるから」


 私を真っ直ぐ凛とした目で真剣に見つめてくる。

 とても力強い眼差しだ。


 「分かった。じゃあ親友兼ライバルだね」

 「ええ」


 私も本気で行かなきゃ初音ちゃんに悪いよね。

 出雲君。私本気で出雲君を射止めるよ。


             ◇


 本屋から帰った俺は、一人生配信を行っていた。

 最近Vtuberなるものが流行っているので俺も誰かにイラスト書いて貰って、2Dか3Dでモデル作ろうかなと考えている。


 「今日はメンバー限定公開ですが宜しくお願いします」


 俺は生配信を始めた。

 そして視聴者はメンバー限定公開にも関わらず数万人規模で見てくれている。

 凄い有難い事だな。


 「あのう私作家なんですが、ダークキャットさんからアドバイスお願いします。どうすれば面白く書けるようになりますか。どうすればラブコメ書けますか?」


 こっちが聞きてえよ。

 ユーザーネーム兎と亀さん。

 

 「亀のように諦めなければいつかゴールできるのではないかと思います。沢山書く事ですかね。資料なども沢山読み漁る事かと」

 「もしよろしければウィッターも見てみてください。アカウントは――」


 その後も一時間近く視聴者の相談に乗るという生配信を行った。

 とても大変だったが充実できた。


 「ではまた次の動画でお会いしましょう。センキュー」


 俺は生配信を終えて配信が切れてるかをしっかり確認する。

 そしてベッドに寝転がりスマホを弄る。


 「そう言えば兎と亀さんから教えて貰ったウィッター見てみるか」


 俺はホワイトラビットというアカウントを検索する。

 そして出てきた。


 「ら、ラノベ作家!? しかも駆け出しだし」

 

 何か親近感湧くな。

 ていうか俺も本名で出版予定だけどペンネームに変更するか?

 動画投稿やSNSやオンラインゲームアカウントは全てダークキャットと言う架空のユーザーネームで統一している。

 小説はつい中学時代の癖で本名で投稿してしまった。

 まあウェブ小説のペンネームはダークキャットだが。


 「よし変えよう」


 俺はそう決意した。

 それと同時に俺のウィッターにダイレクトメッセージが届く。

 あ、ホワイトラビットさんからだ。


 『こんばんは。私はホワイトラビット名義でライトノベル作家をしている者です。結構的確なアドバイスだったので参考になりました。もしかしてダークキャットさんも小説書きますか?』


 俺も一応作家なんですよホワイトラビットさん。


 『はい。一応自分もデビュー予定のラノベ作家です。駆け出し故まだまだ未熟ですが宜しくお願いします』

 

 こんな感じでいいか。


 『本当ですか!? 嬉しすぎます。私〇〇に住んでるんですが、ダークキャットさんは?』

 『同じですよ』

 『是非お会いしたいです。私の住所は――』


 俺はホワイトラビットさんの住所を教えてもらう。

 そして案外近かった。


 『じゃあ明日お伺いしますね』

 『はい。楽しみにお待ちしています』

 

 こうして俺はまた一人と親交を築いた。

 ド陰キャの俺が意外にもここまで幅のある人間関係を築けるとは思っていなかった。


 「どんな人だろうか?」


 怖い人でなければいいのだが。

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