第三十一話 初音の喜び

 期末考査が始まった。泉寧音が数学で顔を青ざめていた。

 他の教科も壊滅的だったようだ。

 赤点は回避できたのか?

 

 そして期末考査が無事に終了して俺達は夏休みへと突入した。


 「いよいよ夏休みだね」

 「寧音、期末考査の時顔死んでたけど大丈夫なの?」

 「いやー無理かも。赤点かも。ほ、補習受けるから」

 「推薦で大学行くんじゃなかったの?」

 「ま、まあ何とかなるでしょ。まだ一年だしね」


 泉寧音は初音に向かって笑いながら会話している。

 こりゃ推薦は無理だな。一般入試で頑張るしかなさそうだ。


 「住沢は相変わらず余裕そうだな」

 「そんなことは無いぞ。数学は結構難問多かったし」

 「あーあの二次関数の問題か?」

 「それとか命題の背理法とかな」

 「あーあれか」


 俺と住沢は期末考査の話をしている。

 住沢は成績上位だから赤点からは程遠い。

 そして俺も泉よりは出来るので、赤点はない。

 そして意外に思うかもしれないがこの中で一番勉強が出来るのが燐だ。


 「燐ちゃん凄いね。凄い余裕があるね」

 「え? そうかな? ま、まあ勉強は好きだからね」

 「いいなあ。私なんて何とか赤点回避だよ」

 「困ったら言って。私時間が許すときは教えるから」

 「ありがとう燐ちゃん」


 桜坂凛が燐に羨ましそうな顔で話をする。

 他の皆も燐を見て「凄い」と呟いた。


 「ねえ出雲君? 燐ちゃんって一体何者?」

 「は!? 黒羽燐だろ」

 「そう言う事は聞いてないわ出雲君。私が聞いてるのは何故超絶美少女で上品で有名ラノベ作家で成績優秀なのと聞いてるの」

 「知らねえよ。本人に聞けよ」

 「中学時代から勉強できたの?」

 「出来たよ。俺なんかより滅茶苦茶」

 「これは恋敵だわ」

 「仲良くしてくれ」

 

 俺は初音の真剣なギラギラした瞳を見て一歩下がった。

 恐ろしい少女だ。でもいい奴なんだよな。

 

 「夏休み楽しみだね皆」


 泉寧音がそう満面の笑顔で言った。

 確かに夏休みは楽しみだな。

 原稿がきついが。


         ◇


 「はい駄目―」

 「具体的にどこがですか?」

 「全体的に三番煎じ。二番煎じならまだ売れる可能性あるけどこのラブコメは駄目」

 「そうですか」


 現在俺は海光社で美人担当編集の雨宮苺と打ち合わせをしている。

 夏休み初日から忙しいのであった。


 「VRモノの方は大丈夫ですか? 結構修正しましたが」

 「そっちはオッケー。大賞受賞作品みたいな大々的宣伝は出来ないけど出版は確実だから安心してね」

 「ありがとうございます」

 

 俺はホッと一息ついて胸を撫で下ろした。

 

 「ああそうだ出雲君。イラストの希望とかある?」

 「イラストですか?」

 「うん。こういうキャラクター像とかそういうコンセプトの希望ある?」

 「ありますけど、有名イラストレーターが表紙描いてくれるんですか!?」

 「それは無理かな。燐ちゃんレベルまで行くと自由に選べるけどね」

 「成程。やっぱりそうですよね」

 「まあ希望は一応聞いておきたくて。イラストレーターは基本こっちで決めるから」

 「分かりました」


 こうして俺はこういうキャラクターイメージを持っているとかそう言う理想のイメージを雨宮苺に伝えた。俺が書いているVRモノはフルダイブを題材としたアクションだ。基本的に剣と魔法が舞台なので主人公は俺TUEEEEEキャラをイメージしていた。ヒロインはおしとやかで芯が強いイメージをしていた。


 「じゃあVRモノの方の打ち合わせはこれで終了ね。じゃあラブコメ書きましょうか」

 「ラブコメじゃなきゃダメですか?」

 「出版社としては売れるものを出版するからね。現在ラブコメブームだからそれに乗っかる方針は当然だよ。それか新たなブーム作れる出雲君?」

 

 凄いプレッシャーを感じる。

 新しいブームを作るのなんて難しすぎるだろうが。

 

 「ファンタジーとか書いてみたいなって」

 「うんうん。それもいいよ。どんどんアイデア原稿に書き起こしてね。でも海光社側としてはラブコメ書いて欲しいなーって」

 「分かりました。頑張ります」

 「頑張ってね。あ、そうだ出雲君って経験ある?」

 「経験? 何の経験ですか?」

 「エッチの」

 「ないです・・・・

 「そっかー。じゃあ恋愛経験は?」

 「ないです」

 「燐ちゃんといい感じだったじゃん。まあ公にされては困るんだけど」

 「燐は親友であって恋人ではないですから」

 「そうなのー!? 燐ちゃんは出雲君の事好きだって言ってたのに」

 「俺は誰かの人生を背負える覚悟なんてありませんから」


 俺は真剣な表情でそう一言言い放った。

 雨宮苺は両目を一度閉じて数秒の後しっかりと開けた。


 「まあ兎に角頑張ってね。授賞式は今月だから。出席してね」

 「分かりました」

 こうして俺は厳しい打ち合わせを終えて帰宅した。


            ◇


 黒羽燐side


 『燐ちゃんどうしたの?』

 『ごめんねこんな遅くに』

 『いいけど出雲君のお嫁さんになるのは私よ』 

 

 ははっ。相変わらずな子だな。

 でも凄くそこが可愛いや。


 『違う違う。大事な話があってね。今ビデオ通話いい?』

 『いいわよ。ちょっと待って』

 『ありがとう』


 私と初音ちゃんはビデオ通話に切り替える。

 そして画面越しに初音ちゃんを見る。

 改めて見るとやっぱり可愛いな。

 綺麗な黒髪。くっきりした目鼻。

 うん、やっぱり出雲君とお似合いだ。


 『それで大事な話って何かしら?』

 『単刀直入に言うよ。初音ちゃん私の今度アニメ化する作品のメインヒロイン役やってみない?』

 『え!?』

 『いきなりで驚いたよね。今さ私同時進行で幾つも本出していて、運よく全部アニメ化決まってるんだ。だけどさその中の一つソウルリークって作品のメインヒロインがどうも決まらないんだよね』

 『オーデションはしたのよね?』

 『勿論したよ。でも私も監督もキャラにあった声の声優が見つからなくて』

 『私なら合ってるの?』

 『うん。初音ちゃんの出演作見させて貰ったけど、凛としていて透明感のある可愛い声。私のイメージと合致したんだよね』

 『やりたい。一度演技させてもらってもいい』

 『スケジュール大丈夫?』

 『マネージャーに確認してみる。でも無理やり空けるわ』


 初音ちゃんが嬉しそうに興奮して言葉を紡ぐ。

 私は凄く嬉しくなった。


 『オッケー。じゃあ後日改めて連絡するね。おやすみ初音ちゃん』

 『分かったわ今日はありがとう。お休み燐ちゃん』


 ビデオ通話が終わった私は再び執筆ソフトを使って原稿を書き進める。

 その横には沢山の資料と夏休みの宿題があった。


 「そう言えば出雲君のラブコメどうだったんだろう?」


 私はそれが気になり出雲君に連絡するか迷ったが夜遅かったのでやめた。


 「海楽しみだな」


              ◇


 白雪初音side


 「やったー。私が燐ちゃんの作品に出られるんだ。それもメインヒロインで」


 私は大きな声でそう言って嬉しさの余りかベッドでゴロゴロと転がった。

 その時、私の部屋の扉がノックされる。


 「はーい」

 「お姉ちゃんうるさい。今何時だと思ってるの」

 「ご、ごめんなさい加恋。静かにするわ」

 「何かいいことあったの? 顔がにやけてるよ」

 「え!?」


 私は加恋に言われて思わず顔を赤らめた。

 そしてすぐにスマホのミラーで自分の顔を確認した。

 うわあ凄いにやけてる。我ながら気持ち悪い。


 「な、何でもないわ。お、お休み加恋」

 「う、うん。お休みお姉ちゃん」

 

 私は加恋が扉を閉めたのと同時に再びベッドに顔を埋める。

 

 「やったあ。燐ちゃんの作品のメインヒロインだ」


 私は嬉しさの余り全然眠れなかった。

 出雲君に電話するか迷ったけど、時間が零時を回っていたので仕方なく諦めた。


 「ああ夏休み楽しみだな」


             ◇


 「そういや灯里も行くのか?」

 「何行っちゃ悪い?」

 「いや悪くは全然ないけど。同年代いないけどいいのか?」

 「別にいいよ。住沢先輩いるし、それに……」

 「それに何だよ?」

 「な、何でもない」


 灯里は顔を赤らめて不機嫌そうにリビングを出て行った。


 「何なんだあいつ」

 「あれはね照れ隠しだよ出雲ちゃん」

 「うわあっ!?」

 「心臓止まっちゃった!? 出雲ちゃん大丈夫?」

 「大丈夫だ動いてる。それより照れ隠しって何だよ?」

 「出雲ちゃんは意外と鈍感だね。それより打ち合わせはどうだったの?」

 

 俺はその言葉を聞いた瞬間大きくため息をつく。


 「ああ駄目だったんだね」

 「駄目ではないんだ。特別賞受賞したし、今書いているVRモノは出版確定だから。問題は編集側から書いて欲しいって言われてるラブコメなんだよなー」

 「出雲ちゃんラブコメ苦手なの?」

 「苦手だよ。何せ現実で恋愛経験ないからな」

 「フィクションなんだから想像で書けると思うけど」

 「リアリティが出ないだろ。リアリティが」

 「そこを他作品から学ぶんですよ出雲ちゃん。有名ラブコメ沢山読み漁るといいです」

 「おおロリ母がまともなアドバイスを」

 「心外ですね。いつも真面目なアドバイスしています」

 「そうだったな。あ、そう言えば海の時家留守にするけど父さん大丈夫なの?」

 

 俺にトラウマを植え付けた父さんこと猫屋敷零。

 別に嫌いではないし尊敬しているが、俺の責任を負うのが怖いのきっかけを作った人物なのは間違いない。


 「零君なら夏休みは一度だけしか帰ってきません。その一度は夏休み終盤です」

 「そっか。なら大丈夫だな」

 「海楽しみですね出雲ちゃん」

 「母さんはあくまで帯同者だからな」

 「分かっています」


 どや顔で腰に両手を当てて言うロリ母こと猫屋敷瑠璃を俺は全く信用できなかった。

 何にせよ今日から俺の夏休みが始まるのだ。

 楽しい夏休みにしよう。

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