第七話 姉って怖い

 鞄を家に置いた俺は、私服に着替えて姉の白雪舞花の青色のコンパクトカーに乗る。


 「意外だった?」

 「え? 何がですか?」

 「普通の車で」

 

 ああそっちか。てっきり自分の事を言っているのかと思った。


 「いやいいんじゃないですかね。大学生なら普通なんじゃないですか? 余り知らないですけど」

 「私は背伸びしないからね。ていうか車に興味ないしねww」


 運転しながら笑っている白雪舞花。

 白雪初音と同じく綺麗な艶が入った黒髪、それでいてセミロングでとても似合っている。服装はミントカラーパンツに白いジャケット、それにベージュのブラウスを着こなしている。綺麗な大きな瞳に整った睫毛、くっきりした鼻筋、柑橘系のいい匂い、そして白雪初音より大きい形のいい胸。

 正直かなりの美人だ。流石白雪初音の姉である。


 「それで俺に会いたい理由って何ですか?」

 「分かってる癖に」

 

 白雪舞花は悪戯な笑みを浮かべた。

 正直これが年上の余裕だろうか。

 悔しいが大人だ。


 「初音ちゃんと付き合ってるって本当?」

 「疑ってるんですか?」

 「まあね。だって君誰とでも距離を置くタイプに見えるし」

 「人を何だと思っているんですか」

 「可愛いからかい甲斐がある子かな」


 何か完全に手玉に取られている感じがする。

 それでも意外だった。付き合ってることを疑われるなんて。


 「初音ちゃんね盲目的になることが偶にあるからね。てっきり勝手に付き合ってると思い込んでたりしてるんじゃないかなって」

 「…………」

 「それで答えは?」

 どうする。住沢の言う通り嘘は良くない。

 だが否定は白雪を傷つける事になる。

 ここは――


 「告白されました。でも断りました」

 「へえ~やっぱり。君は人と距離を適度に保つタイプなんだね」

 「そうですね。お姉さんの言う通り俺は人との適切な距離関係の把握が苦手ですから」

 「舞花でいいよ」

 「じゃあ舞花さん。何で俺はあんな有名で華がある美少女に告白されたんですかね。しかもお嫁さんになるって言ってますし」


 俺の言葉を聞いた白雪舞花はデパートの駐車場へと入っていき停車した後笑って口を開く。


 「それはね。君が過去に初音ちゃんのヒーローになったからだよ」

 「はい!? それって一体どういう事?」

 「教えてあげない。その方が面白そうだしね」

 「いや教えてくださいよ。やっぱり俺過去に彼女に会って」

 「さあ自分の胸に手を当てて考えてみたら」


 白雪初音と同じことを言うんだな。

 流石姉妹だ。意外と容姿以外も似ているのかもしれない。


 「それが分からないから聞いているんですが」

 「まあ私も初音ちゃんから聞いただけだからね。でも一つ言えるのは君が初音ちゃんの人生の転換点になった事は確かだよ。正直姉としては感謝半分悔しさ半分って所かな」

 「俺が転換点に?」

 「まあ、心配しなくても何れ思い出すと思うよ」

 「はあ~分かりました。これ以上聞いても無駄なようですしね」

 「流石空気が読めるね。距離の置き方が絶妙だ」


 そう言いながら体を近づけてくる白雪舞花。

 助手席のドアはロックが掛かっていて開かない。

 自然と密着状態になる。


 「ち、ちょっとな、何してるんですか!?」

 「君は自分が思っている以上に格好よくて可愛くて魅力的だよ。私と浮気しちゃおうか」

 

 そう言って更に体を密着させてくる白雪舞花。

 俺は心臓の高鳴りを感じつつも、冷静な口調で告げる。


 「するわけないですよね。犯罪になりますよ」

 「犯罪でもいいよ」

 「よくねえよ」

 

 俺が無理やり突っ込みながら両肩を軽く掴んで距離を取る。

 それを見た白雪舞花は大きく笑い出した。


 「はははっ、やっぱり君は面白いね。からかい甲斐があるね」

 「からかわれる事に慣れてないのでやめてください」

 「それは保証できないかな」

 「それより付き合ってないですからね俺は。両親にも言っておいてください。出来れば柔らかい表現で」

 「ああ大丈夫だよ。両親は何かの間違いだと思ってるから」

 「白雪って信用無いんですか?」

 「恋愛だけはね。だって初音ちゃんは出雲君一筋だから。両親は出雲君と同じ高校なの知らないんだよね。私は事前に調べさせて貰ったけど」

 

 こわっ。事前に調べたって何だよ。

 俺の個人情報ダークウェブかなんかで売られてるんですか?


 「まあ私は後輩に聞いたんだよ。私立鳳桜学園は私の母校だしね」

 「そうだったんですか!? それは知りませんでした」

 「まあ兎に角両親は初音ちゃんが付き合うなら出雲君だけだと思ってるから、初音ちゃんが「今付き合ってる人がいるの」「結婚予定なの」と言った時も「へえ~」って感じで流してたよ。何かの間違いだと思ってるんだろうね」

 「へえ~で済ませる両親って凄いですね」

 「まあそれだけ昔から初音ちゃん=出雲君なんだよ」

 「何か凄く重くないですか。まるで俺が居なくなったら白雪が自殺してしまうような」

 「するよ」

 「え!?」

 「初音ちゃんはするよ。それぐらい君が大切なんだよね。だから君は初音ちゃんを受け入れるしかないよね」


 そう悪戯な笑みを浮かべて白雪舞花は言ってみせた。

 その後は車の中で沈黙していた。

 家に着くと、車の窓から白雪舞花が顔を出す。


 「今日は会えて良かったよ。後輩から出雲君の事は大体聞いてたけど、予想以上に面白い子だね。また近く会いに来るから」

 「もう来なくていいです」

 「随分嫌われてるね私」

 「まあ正直苦手なタイプです」

 「ストレートに言われるとショックだね。まあ初音ちゃんが幸せになるには君が必要だよ。くれぐれも拒絶しないでね」


 そう言って運転席に戻って車を出す白雪舞花。

 俺は一人家の前でぼーっと立つ。


 「姉って怖い」


 俺はそう一言呟いて家に戻った。

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