不協近所⑧




序盤はただ山を歩くだけだ。 まだ始まって間もないということもあり、整備された歩きやすい道。 更に勾配も緩いため近哉からしてみればボーナスゾーン。 

しかし、恵意は荷物が多いせいか既に愚痴をこぼしていた。


「暑いし喉が乾いた―! どうして坂を登らなければならないのよ! 別にハイキングだからって山道じゃなくてもいいじゃん」

「上まで登れば景色がいいわよ?」

「景色なんて興味がないからなぁ・・・。 あ、そうだ! 男なんだから近哉が私の荷物を持ってよ」


突然、自分の名前が出て驚いてしまう。 確かに余裕はあるが、少なくとも恵意の荷物なんて持ちたくない。


「はぁ!? どうして俺が・・・」


―――あ、いや、待てよ・・・?


持ちたくはない。 持ちたくはないが、皆が見ている前で荷物を持てば自分の株が上がるのは間違いない。 そう考え、無言で恵意の荷物を剥ぎ取り背負った。 

やたらと重く少々後悔しそうになったが、音を上げる程ではなかった。


「え・・・」

「何だよ。 持てって言ったのは自分だろ?」

「そ、そうよ。 私のために働きなさい!」


もうそんな言葉には慣れてしまったし、山道で言い返すのもエネルギーを消費する。 小さく息をつくだけに留め、山道を登っていく。

恵意も荷物がなくなったことで愚痴も言わなくなったため、よしとすることにした。


「素乃子、大丈夫か?」

「あ、うん・・・」


山道を登っている時は流石に余裕がないのか、素乃子親子もくっついているわけではない。 大丈夫というなら大丈夫なのだろう。


「あ、あれがチェックポイントじゃない!?」


ハイキングレースではいくつかのチェックポイントでお題をこなしながら進まなければならない。 それがどこにあるかは事前に伝えられておらず、近哉の母の声でそこに差しかかったのだと分かった。


―――体力は問題ないけど、精神面での消費が凄く激しい。

―――どうしてこんなに居心地の悪い思いをしないといけないんだよ。


精神的に疲弊することに変わりはない。 それでも山を黙って登る間は多少マシだった。


「大丈夫ですか?」

「えぇ。 近藤さんは体力があるわねぇ」


恵意と近哉の母親たちは二人だけの世界を作り登っていた。


―――二人で支え合うのはいいけど、素乃子の母さんにも気を遣えって。


だが今はチェックポイントに集中しなければならない。 やるからにはいい結果を残したいのと、登る時間の方が気が楽なためだ。


「えーと、何々? お題は『火を起こして狼煙を上げること』だって」


恵意が読み上げたのを見て、近哉も書かれている内容を確認した。


―――ただし一切の道具を使っては駄目で、そこらに落ちているものを使って火を起こす、か。

―――ハイキングらしいお題だな。


だが万が一があるとマズいため、事前に先生が消火用の道具だけは万全に用意している。 大量の水入りバケツは運ぶのも大変だっただろう。

近哉は使えそうなものがないか辺りを見回していると恵意が言った。


「近哉。 木の枝とナイフの代わりになりそうな石を集めてきなさい」

「はぁ? どうして俺が」

「男はアンタ一人でしょ? そのくらいやるのが普通じゃない?」


何かを言い返したかった。 先程荷物を持ってやったばかりなのだ。 だがここで反論しても母親の印象が悪くなるだけ。 それに一人で行動できるのならその方がいいとも思えた。


「・・・分かったよ」


だがここで驚きの言葉を耳にする。 一人離れようとしたところ素乃子が付いてこようとしたのだ。


「わ、私も手伝う」

「本当? ありが・・・」


だがそれを素乃子の母親が見逃すはずがなかった。


「素乃子はこっちで落ち葉を集めるのよ」


そう言うと素乃子の腕をグイと引っ張った。 素乃子は気まずそうにこちらを見ている。


「あぁ、俺が一人でやるから大丈夫だよ。 行ってきたら?」

「・・・」


近哉の言葉にどこか悲しそうな眼をした気がした。 だがここで素乃子を連れていけば母親が爆発してしまうのは分かり切ったことだ。


―――・・・自分の意志を言ったのはいいと思う。

―――だけど今は俺がフォローすることができない。

―――気持ち的に余裕がなくて、素乃子の事情にまでは手が回らないんだよな・・・。


素乃子が折角自分の気持ちを言ったというのに、それに乗れなかったのが悔しかった。 だがこれ以上空気が悪くなるのは避けたかったのだ。


「ほら、また行かなきゃ怒られるんだろ? 俺は大丈夫だから」


小声でそう言うと、素乃子は躊躇いながらも黙ったままコクリと頷いた。 そのまま母のもとへと駆けていく。


―――・・・よし、俺もやるか。


そう思い、枝でも拾い集めに行こうとしたのだが、素乃子の母の怒声が響き辺りは静まり返る。 他のグループの視線も集まり、流石にバツが悪そうな様子だ。


―――これはマズいな。


またヒステリーを起こし最悪ボイコットでもしかねないと感じた。 近哉と恵意の母親もそう思ったのか、親は親、子は子で一緒に動くことを提案する。


「ちょっと待って。 三人で動かないといけないわけ!?」


それに当然のように恵意が文句をつけた。 ただ場所が知らない山であるだけに、なるべく団体で行動した方がいいと言われ渋々納得したようだ。



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