不協近所⑦
ハイキング当日、朝から母はバタバタと慌ただしかった。 もちろん今日であるということは再三確認している。 その証拠に近哉は準備万端で冷ややかな目で母を見つめているくらいだ。
「あー、もう! 準備がまだ終わっていないじゃない!」
今日のハイキングレースの打ち合わせを恵意の母と入念に行っていたはずなのに、この有様だった。
―――昨日から前もって準備をしておけばいいものを。
グループの集まり以降、まともに母と口を利いていない。 近哉が何かを言っても母は信じないのか返事すらしてくれないのだ。
にもかかわらず、準備が終わっていないのを近哉が悪いように言っている気がした。
―――恵意の家族はもう仕方がない。
―――せめて自分の母さんにだけは流石に信用してもらわないと。
―――でもどうやって・・・?
だからと言ってこのままでいいわけがなかった。 だがまともに話せないとなれば、誤解を解くのは難しい。 どうしようかと悩んでいると、珍しく母が近哉に向かって言う。
「先に学校へ行っていていいわよ! 後ですぐに追い付くから!」
「・・・分かった」
突然の声に驚きながらも承諾し、一人先に家を出た。 すると家の前では何故か新伍が待っていた。
「あれ、新伍は母さんと一緒に行かないのか?」
「俺の母さん、かなり張り切っていてさ。 豪勢な弁当を準備するのにまだ時間がかかるみたいで」
「なるほどな」
二人はいつも通り一緒に学校へ行くことにした。 幸いなのか素乃子も恵意もまだのようだ。 今会うのは何となく気まずく、それを新伍も察してくれたのかしばらく早足で学校へと向かう。
商店街に差しかかったころ、新伍は一度振り向き辺りを確認した。
「大丈夫か? 昨日の様子だと、以前よりも険悪になっている気がするけど」
「その通りだ。 無事に終えられるかどうか不安だよ」
「まだ近哉の母さんとも、誤解が解けていないんだろ?」
その言葉に小さく頷いた。 素乃子とも打ち解けていない。 ただ恵意の言葉だけが不可解にチラついていた。
「新伍の母さんは張り切っているんだっけ?」
「あぁ。 絶対に一番でゴールするって、かなり意気込んでいるから」
「それは俺の母さんも一緒だ。 でもチームワークで考えると俺たちが負けだろうな」
「それはどうかな。 俺たちのグループ、何か怖いから」
「怖いって?」
「俺の母さんがボスママ的な存在でさ。 俺たちのグループも一度集まったんだけど、その時も雰囲気がおかしかった」
「そうなんだ? 新伍の母さんとはあまり会わないから知らなかった」
「他の人が委縮している感じ。 だからまとまるにしても何か気を遣っている感じで、空気が悪いから居心地は悪い」
「そっちも案外大変なんだな」
「親だけの話だけどな。 子供は特に問題はないから。 近哉のところは両方だから余計にキツそうだ」
のんびりと話しているうちに学校へ着いた。 今日は教室へは行かずグラウンド集合になっている。 まだ家を出ていなかったはずだが、素乃子の親子と恵意の親子は既に来て並んでいた。
―――今のうちに素乃子と打ち解けたかったけど、母さんも一緒にいるから無理か・・・。
素乃子の親子はまるで縄でも付けたかのように一緒にいるのだ。 約20分後近哉と新伍の母がほぼ同時にやってくる。 新伍の母はグループのもとへ行くと早速話に混ざり出した。
そして、話題の中心は既に新伍の母が牛耳っている。
「確かに二人の母さんは委縮しているな・・・」
「だろ? 俺にはあれが愛想笑いにしか見えないんだよ」
一度視線で気苦労を共有し、近哉は視線を自分の母へと移動させた。 近哉の母と恵意の母は相変わらず楽しそうに談笑している。 近哉の母が来たことによって恵意は少し離れて一人でいた。
「新伍ー!」
このままハイキングレースが始まらなければいいのに、なんて思っていると新伍が母に呼ばれてしまう。
「呼ばれたから行ってくるよ」
「あぁ。 頑張ってな」
「そっちこそ」
こうなってしまえば近哉も覚悟を決めるしかない。 未だに恵意親子はもちろん、自身の母の誤解も解けていないが何もしなくても始まってしまうのだ。 素乃子をチラリと見ると一瞬視線が合った。
珍しく顔を背けようとはせず、何となく不安な気持ちを放っている。 そこに何故か親近感を覚えて気持ちが上向いた気がした。
「今日、休んでもよかったのに」
「まだそれを言うかッ!」
それを一瞬にしてぶち壊してくれる恵意の悪態。 思わず熱くなりそうになったが、それだけ言うに留めておいた。
「集まった人からグループごとに並んでくださーい!」
―――・・・いよいよ本番か。
―――幸先不安だな。
先生の細かな説明後ハイキングが始まった。 ハイキングレースといっても全員が一斉にスタートするわけではない。 ルートもランダムで決められ出発時間もズラしてある。
どうやら新伍たちとは別のルートになってしまったため、今日のハイキングレースでの協力は望めそうになかった。
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