不協近所⑨
結局親と子供で分かれて作業することになった。 親がその場に座り、火起こしを始めたのを見て近哉は早速行動を開始する。
あまり気は乗らないようだが、ここでぐずぐずとしているわけにもいかないと思ったのだろう。
「さっさと集めてくるか」
そう言って近くを探そうとしたその時だった。
「ちょっと近哉」
「何?」
恵意に呼び止められた。 素乃子は恵意の半歩後ろから視線を向けてきている。 母親から恵意に保護者が変わったように見えるが、何も言わないことにした。
今は例え恵意だとしても親から離れるのは重要だと思ったのだ。
「私と素乃子ちゃんはここら辺を探すから、アンタは奥へ行って探してきてくれる?」
「はぁ?」
枝はそこらにも落ちていてわざわざ奥に行く必要なんてない。
「アンタは男で体力があるんでしょ? 何か文句でもあるの?」
「・・・分かったよ」
反発したい気持ちを抑え素直に指示に従った。 遠ざかっていく近哉を見て恵意は素乃子に笑顔を向けた。 近哉以外には基本的には友好的なのだ。
素乃子もそれを知っているため、ずっと不可解に感じていた。
「素乃子ちゃん、向こうへ行こう」
「・・・」
相変わらず口数が少ない素乃子だが、頷くのを確認すると茂みに寄って腰をかがめた。 恵意の素乃子に対する印象は普通のクラスメイト。
親とのことを見ているため思うところはあるが、学校では性格的に大人しく悪く目立つところはない。 だが今は親が近くにいるためなのか委縮してしまっている。
「そう言えば素乃子ちゃんはさ、どうしていつもお母さんに怒られているの?」
だから恵意は尋ねかけた。 深い意味があったというわけではないが、枝拾いを黙ってするのもつまらない。 自分は親との関係は上手くいっているため、何故あのようになるのかが理解できなかったのだ。 正直な話、恵意も素乃子がすんなり答えるとは思っていなかった。 だから躊躇うことなく言ったため少し面食らったのだ。
「私が悪い子だから」
「え?」
「お母さんにとって、私は・・・」
「素乃子ちゃんのどこが悪い子なの? 普通にいい子じゃん。 学校でも悪さなんてしていないし」
悪さというのは素行のことではなく、学校生活を真面目に送っているということで口にした。 もちろん非行などをしているという事実もない。
本当にどこにでもいる普通の女の子というのが恵意からの印象なのだ。
「・・・お父さんとは離婚したんだけど、そのお父さんに問題があったの」
「お父さんに?」
小学生の頃確かに離婚したと聞いていた。 近所のため、そういうことはすぐ噂になるのだ。
「お父さんは何でもかんでもお母さんの言うことに逆らう。 それが理由。 『素乃子はお母さんの言うことを素直に従ってくれるわよね?』って、いつもプレッシャーをかけるように言われるの」
「そっか・・・。 それ、辛くない?」
尋ねてみたが応えは分かっていた。 寂しそうな表情が全てを物語っていたのだから。
「でも私はお母さんに従うしか道がないから」
「自分の本当の気持ちを押し殺しているんでしょ?」
「お母さんがいなくなると私は生きていけないの!」
「ッ・・・」
そう強く言われ言葉を失った。 子供は親に依存して生きているのだ。 父親とのことはよく分からないが、たった一人の親となればそれでも大切に思ってしまうのかもしれない。
どうしてお父さんに付いていかなかったの、と聞こうとして恵意は止めた。 これ以上はただ傷を抉るだけになってしまいそうだったからだ。
「そうだよね、ごめん・・・」
素乃子は大丈夫といったように首を横に振った。 時間潰しくらいの軽い気持ちだったため、重くなってしまった空気を恵意は持て余してしまう。
このまま作業に戻るのがいいかと行動しようとしたところ、素乃子が意外にも尋ねかけてきた。
「・・・そういう恵意さんは、どうして近哉くんに嫌がらせをするの?」
「・・・え? どうして知ってるの!?」
「学校であんなに大きな声を出されたら、みんな気付くと思う」
「・・・」
それはハイキングのプリントが配られた時のことだ。 それには何も言い返せないらしい。
「もしかして、何だけど」
「・・・何?」
「近哉くんのこと、好きだったりする?」
そう言うと分かりやすく顔を真っ赤にした。 近哉はどう感じているのか分からないが、素乃子から見て本気で嫌がらせしようと思ってしているとは思えなかった。 近哉にだけというのもおかしい。
過去に二人の間で何かあったのかもしれないが、近哉の不可解に感じる表情を見ていれば嫌い合っているようには思えない。
「はぁ!? 私が!? アイツのことが好きだって!? ないない、そんな!!」
「・・・近哉くんに嫌がらせをするの、照れ隠しに見えちゃって」
「そ、そんなわけないじゃん! だって私は、その・・・」
語尾がよく聞き取れない。
「・・・何?」
「何でもない!」
機嫌を損ねたのか恵意は一人黙々と資源を集め出した。
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