遭遇
「サレナちょっと休も?あたし抱えてここまで走ったんだしさ。疲れたでしょ?」
「はぁ…はぁ…まだ大丈夫と言いたいところだけど……ちょっと疲れたかなぁ…。」
それも当然でしょう。怪物を倒してからここまで、サレナはヴィーナを抱えて休みなく走り続けていたのですから。
「サレナ、もう降ろしてくれて大丈夫だよ。」
「え、もう治ったの?」
「いや、何があるか分からないからサレナの負担を減らしたいの。肩だけ貸してくれる?」
ヴィーナはそう言ってサレナに促しました。ですが、サレナは首を横に振ってそれを止めます。
「ん?サレナどうしたの?」
「やだ。降りちゃダメ。」
「なによ?今度こそ大丈夫だってば。」
「ヴィーナがこんなに直接わたしに頼る事って珍しいからやだ。今は存分に頼っていいの。」
「もう……。そう言われると降りられないじゃないの!」
そんな事を言いながらじゃれあう2人ですが、サレナの疲労は無視できない程に達していました。それが分からないヴィーナではありません。
「でもそろそろ休まないとな。今襲われたりしたらまずいし。ヴィーナ?ここから何か見えない?」
「ここからだとちょっと見えないね。でも12字方向に真っ直ぐ歩けば廃墟が幾つかあるみたい。もうちょっと頑張れ!」
屋根と壁がある場所を求めてしばし歩いた2人は、昔はきっとデパートなどと呼ばれていたであろう廃墟を見つけます。2人はそこに潜り込み、その隅に身を寄せ合って休息を取る事にしました。
揺り椅子のような角度で倒れていた壁にもたれかかって、ようやく2人は一息つくことができます。
「今回は結構サレナに負担かけちゃったなぁ……ごめんね、サレナ。」
「気にしないでいいよ。怪物倒すのに比べたらこれくらいなんて事無いからさ。それに原因になったのはわたしだし。」
「サーレーナ?それはもう言わないって言ったでしょ?」
「…そうだったね。ごめん、聞かなかった事にして?」
「うむ、よろしい。」
ヴィーナは一度頷き、サレナの左肩をそっと触ります。超特急で手当てしたので、不備が残っていないか心配だったのでしょう。それをサレナも理解したのか、じっとされるがままにしていました。
「…よし、大丈夫。あの時間で治したにしてはよく出来たなあたし――?サレナどうした?」
急に背中に腕を回され、抱きかかえられたヴィーナが疑念の声を上げます。
「くぅ……すぅ……」
サレナは寝ているだけでした。無意識のうちに抱き寄せていたようです。
ヴィーナは少しの間抜け出そうとしましたが、もちろんサレナの力はヴィーナよりも強いので抜け出せません。
すぐに諦め、サレナの腕の中に身を預ける事にしました。
「はぁ…こんなに頼る事が珍しい、ねぇ。サレナ?あなたが思ってるよりもあたし、凄くあなたに頼ってるんだよ。」
ヴィーナは1人、呟きます。
「あたしはあなたがいないと自分を守れないし、あなたがいないと何を見たって意味が無い。それにあなたがいるお陰でこんな世界を歩く事も辛くないんだもん。」
「すぅ……………ん。」
「いつも本当にありがとねー。サレナ、あたしの相棒。」
ずっと呟いていたヴィーナは、いつの間にかサレナの寝息が途切れている事に気が付きませんでした。そしてその口元が微かに歪んでいることも。
「…恥ずかし。あたしも寝よう。」
「………ヴィーナよりも、今のを耳元で聞かされてたわたしの方が恥ずかしいんだけどね。」
「へっ?」
ずっと寝ているとばかり思っていたサレナは、実は起きていたのです。ヴィーナの呟きは全て本人に聞かれていたのでした。
それに気づいたヴィーナ、ヘッドギアから覗く顔が瞬く間に真っ赤に染まっていきます。
「うるさい寝てろ!明日この事口に出したら置いてくからね!」
「わたしがいないとこの世界歩けないんじゃないの?」
「うるさいうるさい!さっさと寝ろお!」
「痛ったあ!」
ヴィーナに顎をしばかれたサレナ。仕方ありません。ここは起きていても寝たふりをすべきシーンです。空気が読めないのはいけません。
「まったく……くー……」
「…ヴィーナ、ありがとねー。」
サレナの声は、きっと独り言で済んだのでしょう。
「……ん、ふぁ…ヴィーナ?」
「んー……すぅ……」
「ふふっ…もう少し寝るか…」
「…んぁ…。ふぁ…サレナ?起きてる?」
「…んー…ヴィーナおはよ。足の調子はどう?」
「少しなら歩けそう。サレナも左肩は大丈夫?」
「ばっちり!もういつでも戦えるよ!」
「よし、それじゃ行こうか!」
「おう!ちゃんとふ・た・りで行かないとね!」
「………」
無言でヴィーナはサレナを殴りました。弁護は出来ません。
「サレナ、手貸して。」
「はーい。ちゃんと連れてってね?」
外に出た2人は、同時に大きく伸びをして歩き始めました。
意識はあれども意思はなく、目的はあれど目的地は無い、2人の旅路はまだ続きます。いえ、最初から始まってなどいない…とも言えるのでしょう。
「あ、サレナ足元危ない。少しこっちに寄ってね。」
「ん。」
「正面に廃墟。1字方向に進路変えてね。」
「ういー。」
サレナの手を引いてヴィーナが歩き、ヴィーナの言葉でサレナが動く。そんなやりとりもいつもの事です。
「ねぇヴィーナ?そういえば、昨日言ってた怪物の集団ってどこに行ったんだろう?」
「あら、確かにそうだね。まだここまで来てないんじゃない?周りには何もいないよ?」
「この距離でか。でもあいつら遅いからそういうこともある…のかな?」
「気にしなくていいんじゃない?」
「まぁそうだね。」
見えないものは無いのと同じ。前回の死闘など無かったかのような空気感でふわふわと笑いながら、2人はのんびりと歩いていきました。
そして、一際高い廃墟の横を通り過ぎた時のことです。
「――ん?サレナ何か言った?」
「え、何も言ってないよ?ヴィーナどうしたの?」
「いや…何か聞こえた気がする。警戒して。」
ヴィーナが表情を引き締め、ヘッドギアに手をかけて辺りを見渡しましたが、物音の主の姿は見えません。サレナは首を傾げてヴィーナの方を向きましたが、その手には既に杖が握られています。
この世界で、自分たち以外に物音を立てる存在はほとんどありません。自然現象でなければ怪物、もしくは、2人の仲間しかいないのです。
「どこからだ…この中?」
「上だ上!危ねぇぞ!」
廃墟の中を覗こうとしたヴィーナの上からその声は降ってきました。
ヴィーナが驚いて視線を上に上げると、廃墟の屋上からこちらを覗いていた二つの顔が見えました。
「うわぁなんかいた!」
「なんかとはなんだこの野郎!早く退かねぇと上に降りるぞ!」
ヴィーナが慌ててサレナの手を引き、その場から離れます。
それを見届けると二つの顔は一度引っ込み、今度は体ごと飛び出してきました。
昔の人間が「和服」と呼んでいたものよく似た服の裾をはためかせ、ヴィーナの目の前に綺麗に着地します。
「おいウィレ、こいつらどっちだ?」
「えっと…まだ、大丈夫みたい…。ねぇセト?初対面なんだからもう少し言葉遣いは綺麗にしたほうが…」
「んなこたぁいいんだよ。まだこいつらは俺達と同じなんだろ。」
「……なんだこいつら。」
「………。」
サレナもヴィーナも、それしか言葉にできませんでした。
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