リベンジマッチ
瓦礫と灰に埋まる大地に立ち、浮遊する怪物に対峙する2人。
かたや左肩を負傷し、かたや足を負傷しています。それでもその口元は不敵に歪み、そんな傷などものの数にも入らないことを示していました。
「さて、サレナ準備は良い?」
「いつでも良いよー。」
「了解。12時方向、あいつ動いてないけどこっち見てるよ。」
「問題無し!もう触手も残ってないでしょ?」
「一応断片は残ってるから気を付けて。もう傷付かないでよ。」
すごく感情のこもったヴィーナの言葉にサレナは口を引き結びます。
既に怪物の触手は先端を全て斬り落とされています。しかし根本はちゃんと残っています。それだけでも2人にとっては十分脅威になるのです。
「行くよ!合図するまで正面そのまま突っ走れ!」
「おらおらおらぁ!サレナ様のお通りだー!」
杖を肩に担ぎ、サレナが疾走します。その後ろで合図を出すタイミングを待つヴィーナ。
「まだ行ける…もう少し…」
「ヴィーナー!まだー?」
「もう少し…よしそこだ!やっちまえ!」
「せぇぇりゃぁ!右肩の恨み思い知れぇ!」
疾走の勢いをそのまま遠心力に変換し、杖を縦に振り抜くサレナ。しかもそれだけでは終わりません。
振り抜いた後の体勢から右足を軸に一回転、怪物の正面に深く十字の跡をつけます。その間、僅か0.68秒。
鈍い音とともに怪物は吹き飛びました。チャンスとばかりに追撃を入れようと前に出たサレナをヴィーナが止めます。
「サレナ待て!前出るな!」
「え、止め刺さなくていいの?まだ生きてるんでしょ?」
「様子がおかしいんだよ!起き上がってこない!」
普通なら吹き飛ばされても怪物はすぐに起き上がってきます。痛覚も感情も無いのだから当たり前です。
それなのに、サレナの目の前の怪物は何故か起き上がらず、吹き飛ばされて倒れたままでした。
触手の付け根を確認できない角度だったのも、ヴィーナの不安を助長したのでしょう。
「サレナちょっと下がれ!何かしてくるかもしれない!」
「了解!」
そんなヴィーナの不安はすぐに現実となりました。
その場から飛び退いたサレナの足元から、瓦礫を突き破って触手が飛び出したのです。
「うわぁ!何の音?何事?」
「残った触手が悪あがきしてる!もっと下がれ!」
「了解!」
下がっていくサレナに合わせるように触手が伸びてきますが、サレナのスピードには追いつけません。
すぐに触手は伸びきり、無防備な姿を晒します。それを見逃さずヴィーナは支持を飛ばしました。
「チャンスだ!目の前水平に薙ぎ払え!」
「あいよぉ!そーれっと!」
その一撃で完全に触手は無力化されました。もう怪物に攻撃手段は無いはずです。
しかしそれでもまだ、怪物は2人をなんとかして殺そうとしてきます。
「突進してくる!サレナ距離取って!」
「了解!わーー嫌な音がするー!」
「それ足りない!もうちょっと下がるか4時方向に走れ!」
「あぁもう!二本腕よりこっちの方が嫌いだ!」
怪物が突進して来るのを、サレナはなんとか紙一重で躱しきりました。
突進を避けられた怪物は必然的に、サレナに後ろ側を晒すことになります。
「7時方向!背中見せてるのチャンスだよ!触手の付け根、サレナの目線の高さ!」
「了解!そーらぶっ飛べええ!」
野球のバットを片手振りする時の様に構えたサレナは、その剛力を存分に活かしたフルスイングを怪物に叩き込みました。
鈍く湿った音がして、その体積を半分ほどに減らしながら怪物が吹き飛びます。
「ナイスホームラン!正面そのまま真っ直ぐ、とどめ刺しちゃって!コアも丁度そこにあるからね!」
「あいよー!」
もはや残骸としか見えないほどに哀れな姿になってしまった怪物は、スキップしながら近づいてきたサレナの手によって完全に残骸となりました。
それが溶けていく音に耳を澄ませていたサレナでしたが、彼女を呼ぶ声を聞いてすぐに相棒の元へ戻っていきます。
「倒せたのは良いけど気抜くのは今は無しだよ。あたし達、かなりピンチな状況だからね。」
「分かってるよー。それで奴らの様子は?どれくらい近づいてる?」
「ん……まだそんなに近くはない。けど、あたし達に気付いたら一斉に来るよ。」
「そうか…まだ動けなさそう?」
「ちょっとまだ無理だね。あたしは自分自身の手当ては出来ないからどうしたもんかなー。」
「むぅ…。あ!そうだ!」
不意にサレナが声を上げました。何を思いついたのかとヴィーナが聞くと、今すぐ左肩を治して欲しいと言います。
「何か策でもあるの?」
「わたしがヴィーナをおぶっていけばいいんだよ!」
「おお!それは名案!」
という事で、ヴィーナがサレナを超特急で治し、おぶって逃げることにしました。
この間にも怪物達は迫って来ているのですが一体何をしているというのでしょうか。
「ふふっ、自分で歩かなくて良いって良いなぁ。さあサレナよ、進めー!」
「おー!」
張り切ったサレナが、ヴィーナの重みなど無いかのように軽やかに走り始めました。
サレナは、ヴィーナとくっついて一緒に歩けるのが嬉しいのでしょうか、上機嫌で
駆けて行きます。
ヴィーナも最初は笑ってサレナの肩にしがみついていました。
しかし、なぜかだんだんと表情が消えていきます。
それに気付かず走るサレナ。
消えていく表情。
まだ気付かずに走るサレナ。
唇を真一文字に引き結ぶヴィーナ。
まだまだ気付かず走るサレナ。
それからしばらくして、ヴィーナがサレナの肩を力なく叩きました。
「ねぇ…サレナ…ちょっと、ちょっとでいいから止まって…」
「んー?ヴィーナどうしたのー?」
「あのね…杖がね…なんというかその…」
「んー?」
「お尻に食い込んで痛い……」
「あらま」
どうやら、サレナの細い杖にずっと座っていたせいで痛かったようです。
上下運動が激しかったので、なおさら食い込んでしまったのでしょう。
「うーん…抱え方変える?どうしようか。」
「えーと…こうすれば…」
「いや、これだとわたしが歩けなくなっちゃうから…」
「んー。あ、こうすれば2人とも周り見えるし歩けるんじゃない?」
「あー!これなら大丈夫だね。じゃあこうしようか。」
試行錯誤の後、サレナは先程とは逆、体の前にヴィーナを抱えていました。
サレナがヴィーナの背中と膝の裏に腕を回し、ヴィーナがサレナの肩に手を回して保持する形。
俗に言う、お姫様抱っこです。
「サレナ、腕疲れない?大丈夫?」
「ヴィーナが全然重くないからねー。そっちこそ痛いところとか無い?」
「あたしも問題ないよー。いやー快適快適。」
ヴィーナを抱えて走るサレナ、その姿は姫を抱えて走る王子様のような構図です。
まあそこに至るまでの事情はそんな幻想も掻き消えるほど色気のないものですが。
「ねえヴィーナ、奴らどれくらい離れた?」
「ちょっと待ってねー…。おっ、もう見えないくらい遠くなったよ!これでしばらくは大丈夫じゃないかな?」
サレナの肩越しに後ろを覗いたヴィーナは、無数の怪物達がもう全く見えない事を確認しました。これでようやく一安心です。
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