死ぬって言うな!
「近場の一体から片付けるよ!1時方向、あたしが言うまで真っ直ぐ進んで。」
「了解!」
「目の前坂道だから、足元気をつけてね!」
「あーいよっ!」
足元に気を付けろというヴィーナの言葉を聞いていなかったのでしょうか、サレナは杖を構えて疾走します。
ヴィーナが注意する間も無く、そのままサレナは坂をジャンプ台に大きく飛び上がりました。
「サレナ真下!丁度今飛び越えたよ!」
「了解!スタイリッシュ着地だぞーっと!」
「ふざけてる場合じゃないよ!スタイリッシュなんか気にしなくてもサレナはいつもカッコいいから集中して!」
着地したサレナはすぐに体勢を整え、怪物に向き直りました。
サレナの正面に立ち塞がる怪物はのっぺりとした薄い肌色に細い6本の触手、そして球体を持つもの。
ウーニャの片腕を奪い、パーニャを殺さねばならなくなった原因を作った個体と同じ形です。
「正面に丸いの1体!触手の攻撃注意してね!」
「分かった!ナビゲートよろし――」
「右斜め上から来る!半身で躱して!」
「えっ!うひゃぁっ!」
慌てた声をあげるサレナですがしっかりと躱します。
しかも躱した瞬間に杖を逆袈裟に振り上げ、伸び切った触手を切断するという芸当までやってのけます。
「流石サレナ!それあと5本やってね!」
「ふっふーん。これくらい楽勝よ!」
「知ってるよ!正面、本体に一撃入れられる!」
「おーけい!とりゃー…?」
気の抜けた気合いだと思ったら疑念の声を上げたサレナに、ヴィーナが首を傾げます。
「サレナ、どうしたの?何かあった?」
「こいつ、凄く硬い!攻撃は通るけど杖が重い!」
「また?このタイプのやつ変なのばっかりだなぁもう!」
前回は銀色の体でスキャンが通らず、今回は体が硬くて攻撃が通りづらい。ヴィーナはうんざりしていました。うんざりしながらも、心配していました。
予想外の敵はそれすなわち、サレナが傷付く事を示しているからです。
それならばどうすべきか、サレナが可能な限り傷付かずに敵を撃破するにはどうするのが最善か、ヴィーナは考えます。
1秒と経たずにその思考は完結しました。
「サレナ!一度距離取って!触手全部斬り落とすまで本体への攻撃は無しだよ!」
「分かった!ナビゲートよろ――」
「左から下段水平方向!地面に杖刺して飛べ!」
「んなっ…あっぶなぁ!」
地面スレスレを這うようにして襲ってきた触手を、杖を突き立ててジャンプする事で回避します。
サレナの足を刈り取る勢いを保って杖に衝突した触手は、当たったところから分断されてどこかへ飛んで行きました。
残り、4本。
突き立てた杖を引き抜き、サレナは次の攻撃に備えます。
「なんとかなったぁ!ヴィーナ、次は?」
「左右同時に中段下から!そこで屈んで上にやり過ごして!」
「了解!」
「追撃にはいつも注意してすぐに後ろに飛べるようにしといてね!」
「分かってるって!」
続く攻撃も避けられた怪物は、何故か触手を全て引っ込めてしまいました。
このタイプの怪物は二本腕に比べて何をしてくるか分かり辛い事をヴィーナは知っています。
「まあ何するにしても、どこを見てるかで狙いは全部丸わかりなんだけどねー。さて…コアの場所はどこかな――え?」
以前ヴィーナは、自分と同じ役割を持っていたウーニャにこう言いました。
「あいつらのコアが一番外側に近い場所で周りを見てるっぽいのよ。」
今ヴィーナの目の前にいる怪物は何処を見ているのか、ヴィーナはてっきり、レナを見ているものだと思っていました。
しかし、その予測は間違っていました。
「嘘でしょなんであたしを狙ってるのよ!」
そう叫ぶのと、怪物の触手がヴィーナに向けて猛スピードで伸ばされるのはほぼ同時でした。
咄嗟に頭を引っ込めたその頭上を3本の触手が通過して行きます。
「ヴィーナぁ?怪物は?」
「ごめんちょっと今それどころじゃない!もう!なんでこっちに襲ってくるのよぉ!」
「そっちに?怪物ヴィーナから見て何処にいる?」
「え…っと!本体はぁ危なっ!動いて…ない!こっちに触手だけ伸ばしてきてる!」
「了解、こっちで終わらせる!」
伸ばされた3本の触手を、地面を転がりながら回避し続けるヴィーナ。慌てながらもサレナの問いかけにはきっちり答えます。
「注意こっちに向いてるから楽なはずよ!」
自分のことで手一杯だったのでしょう。ヴィーナは失念していました。
本来残っている触手は4本。それなのにヴィーナに襲いかかってくる触手は3本だけ。ならば後の一本は何処に行ったのでしょう?
それに気づいたときにはもう、遅すぎました。
「っがぁぁぁっ!痛っったぁ!」
サレナの悲鳴を聞き、ヴィーナは弾かれたようにサレナの方を向きます。
そのレンズに映ったのは、1本だけ残った触手に左肩を貫かれたサレナの姿でした。
一拍遅れてその肩に血が滲みます。
「サレナ逃げっ――つあぁ!こっちにも注意向いてるから逃げられない!」
「っぐぅっ……ふーっふーっ…」
「こんのぉ!サレナそれ斬れ!一旦逃げるぞ!」
「分かっ…た…!っがあああ!」
無理矢理に体を捻ってサレナは杖を触手に叩きつけます。
血飛沫と触手の破片が飛び散り、なんとかサレナはその拘束から抜け出す事に成功しました。
「サレナこっち来い!早く!」
「りょう…かい!」
触手の一本を斬られてもなおヴィーナを攻撃し続ける怪物。歩けないながらもヴィーナはその攻撃を躱し続けます。
しかしそれにも限界はありました。
「よっと!……こんな状態のあたしにも当てられないなんて大した事無――あら?」
転がった拍子にヴィーナは瓦礫の隙間に落ち、挟まってしまいます。足を負傷しているヴィーナはもう動けません。
「やっばい…どうにか…なんとか出来ないか?サレナ!ちょっとピンチかもー!」
せめてもの防御にと、触手との間に持っている本を構えるヴィーナ。あの時持っておかないとと思ったのは、もしかしてこの時の為だったのでしょうか。
そんな抵抗も虚しく、3本の触手はヴィーナの頭に狙いを定めます。
「まずい…終わった…」
動き出した触手は、ヴィーナにはゆっくりに見えました。
「サレナ……あたし死にたくな――」
「っだらぁぁぁ!ヴィーナ簡単に死ぬとか言うんじゃねぇ!」
しかし、その触手がヴィーナを貫く事はありません。
目の前まで迫っていた触手は途中から切断され、ヴィーナの顔の横に落ちてきました。
「ナイス…サレナ。ほんと助かった…。」
「もう、ヴィーナに傷付いてもらうわけにはいかないから。」
きっとサレナはずっと気に病んでいたのでしょう。自分の意識がなかったせいとはいえ、ヴィーナに傷を負わせてしまったことを。
なので、サレナは何としてでもヴィーナを助けます。
今やヴィーナの持つ本のお陰でその場所が正確に把握できるようになったサレナは、ヴィーナのボディーガードに関して右に出る者はいないのです。
「ヴィーナ無事?あれ、ここにいるはずなんだけど」
「足元だよサレナ。ちょっと引き上げてくれる?」
「足元?足元って…ひゃぁっ!」
さっきとはうってかわって可愛らしい悲鳴をあげたサレナの足が、ヴィーナの首元に降ってきました。
「あっぶなぁ!でも丁度良かった、その足の所に手伸ばしてくれる?」
「びっくりした…。ここに落ちてたのね。」
片腕だけで引き上げるのに少し苦心しましたが、サレナは何とかヴィーナを引っ張り上げました。
「ヴィーナ大丈夫?」
「あたしは大丈夫。サレナは?」
「左腕は使えないけど、何とかやれそう。」
「よし……あいつ、倒すよ。」
「了解だよ。」
2人の口元が、不敵に歪みました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます