役割


「ヴィーナ!どこやられたの?動ける?いや動けないからそこにいたんだよね、えっと、どうする?わたしどうすればいい?」

「サレナ落ち着いて。命に関わるほどの傷じゃないから大丈夫だよ。」

 

 倒した怪物を放置し、サレナがヴィーナの元へ駆け付けました。随分と取り乱してオロオロしています。

 ヴィーナは、声は笑っているのですが行動が伴っていません。相変わらず立ち上がれないようですし、ずっと足をさすっています。

 取り乱したサレナでも、命に関わる傷ではない事以外は全て嘘なのがわかりました。


「嘘だよ。ヴィーナ凄い辛そうなのに大丈夫な訳無いじゃない!様子は見えないけど声で全部分かるんだからね!」

「あー…まあそうだよね。実を言うと…治るまで動けなさそう。」

「やっぱり。それ…わたしのせいだよね?」


 不安そうに、自責の念に駆られたようにサレナが言います。


「あれ?サレナ、今回は記憶あるの?」

「ん…いきなり意識がふわーっと軽くなって…なんかヴィーナの声が聞こえたと思ったら倒れてた…のだけは覚えてる。」


 サレナの様子がおかしくなるのは二度目でしたが、その両方でサレナはその時の記憶を少しも持っていませんでした。

 ですが、今回は違ったようです。


「ふわーっと…他に何かなかった?」

「うーん…ごめん、他には何も思い出せない。」

「サレナさ、何か開きそうって言ってたのよ。もしかしたらそれで何か…」

「開く……開く?」

「そう、開く。」

「………分かんない。思い出せないや。」


 ヴィーナが質問を繰り返しても、サレナはその他に何も思い出せませんでした。本当にぼんやりとしか覚えていないようです。

 それでもなんとか思い出そうと、頭を捻り首を捻り、試行錯誤するサレナ。しかし手首まで捻っても何もわかりそうにはありません。


「…ごめんヴィーナ。」

「何がよ?サレナはいつも頑張ってるじゃない。」

「いや…わたし今回も役に立てなかった。それどころかヴィーナに怪我までさせちゃったし…。」

「サレナ?」

「いつもヴィーナがいないと普通に歩く事も戦うこともできないし、戦ってヴィーナ守るしか能がないのに怪我までさせちゃったらわたしの役目って――」

「サレナ!」

 

 ヴィーナの怒声がサレナの声を断ち切りました。

 びくりと体を縮こまらせたサレナに、足を引きずりながら這って近づき、ヴィーナはサレナを抱き締めます。


「サレナ、それ以上言ったら怒るよ。」


 怒気を孕んだ声を耳元で囁かれ、サレナは固まってしまいました。


「ねぇサレナ、あたしは目が見えるよ。」

「そう…だね。」

「ねぇサレナ、あなたは目が見えない。」

「うん…見えない。」


 ヴィーナは、淡々と話し始めました。取り乱していたサレナを落ち着かせるように、言い聞かせるように一つ一つ言葉を紡いでいきます。


「サレナ、あたしは大体なんでも出来るけど、戦う事だけは出来ないんだ。」

「それはっ!…でもヴィーナはどう動くか教えてくれるじゃない!」

「そうだね。でも、あたし自身はサレナみたいに武器を握って戦えないの。」

「でも――」

「サレナ。」


 ヴィーナは抱き締めていた腕を解き、サレナの顔を正面から見据えます。塞がれている目とヘッドギアのレンズが向かい合う構図は、なんだか少し間抜けにも見えました。


「ねぇサレナ?あたしはあなたをサポートする事は出来るけど、守る事はできないの。あたしという存在はさ、自分自身すら守る力を持たないのよ。」

「……」

「サレナは目が見えないけど、その代わりに戦う力を持ってる。あなた自身とあたしを、守る力を持ってるのよ。」

「力…?」

「そうだよ。力。安心しなよサレナ。あなたは自分で思ってるほど駄目な子じゃないんだぞ。」

「む……。」

「だから、ね。サレナは今までも今回もこれからも自分とあたしを守って。あたしはそれをサポートする。サレナの肩には2人分の命がかかってるんだぞ!」


 ヴィーナはそう言って笑い、もう一度サレナを抱きしめます。先程は硬かった雰囲気も、サレナを包み込むように柔らかくなっていました。

 それを肌で感じたのでしょうか、今度はサレナもヴィーナを抱きしめ返すことが出来ました。


「元気出た?サレナ。」

「………うん。」

「あたし、本当はサレナが思ってるよりもすっごくサレナの事頼りにしてるんだよ?」

「うん、それは分かった。」

「だからさ、もっと自惚れても良いんだよサレナは強いんだからね。」

「そんなに強いかどうかは…分からないけどヴィーナが言う事は信じられるから、わたしは少しは強いって思う事にする。ありがとね、ヴィーナ。」


 礼を言えて吹っ切れたのか、サレナの表情も柔らかくなりました。

 2人はしばし無言で抱き合っていましたが、すぐにヴィーナが口を開きます。


「ねぇサレナ、ちょっと手を貸してくれる?すぐそこに小高い丘があるの。」

「分かった。どの方向?」

「あたしの真後ろ、12時方向だよ。動けないから少しでも視界を広くしておきたくてね。」


 今のヴィーナでは、サレナの周りを動き回る事で戦闘をナビゲートする事が出来ません。なので、少しでも視界を広くする事で、怪物がどこから来ても対処できるようにしたかったのでしょう。


「よい…しょっと。これで良い?」

「上等上等。ちょっと周り見るから休んでていいよー。」


 ヴィーナは丘の頂上に座り込み、ヘッドギアに手を掛けて周りを見渡し始めました。踊っていた時にサレナが歌っていた歌を鼻歌で再現しながら、丁度振り向く体勢になった時に、それはヴィーナの視界に飛び込んできました。


 すぐ近くまで近づいていた1匹の、そして遠くにいる無数の怪物達が。


「サレナ戦闘態勢!これ…まずいよ!」

「何?今度は何?」

「怪物!近くに一体、遠くにもう数え切れないほどいる!」




 ヴィーナの悲鳴に、サレナの表情が一瞬にして引き締まり、杖を握り直しました。

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