サレナが見つけた変なもの

「ヴィーナ、何があるの?教えて!」


 叫ぶサレナでしたが、ヴィーナは答えません。答えられません。

 そりゃそうです。ヴィーナでもあれが何なのか分からないのですから。とりあえず今ある情報だけで何なのか推理するしか無いのです。

 しかし今ある情報といっても大した物はありません。見た目と、浮いている事と、それが動いているのに何の音も発していない事です。

 それをどう整理するかと考えていたヴィーナははたと気づきました。


何の音も発していない、

ゆえにヴィーナは上を見上げるまで気付きませんでした。


何の匂いも発していない、

ゆえにヴィーナは上を見上げるまで気付きませんでした。


何も降らせてこない、

ゆえにヴィーナは上を見上げるまで気付きませんでした。


何の味もしない、

ゆえにヴィーナは上を見上げるまで気付きませんでした。


 つまり、視覚以外でそれの存在に気付ける手段は何一つ無かったのです。しかし、先に気付いたサレナは視覚を持ち合わせていません。




 それならば何故サレナは気づけたのでしょう?




 そこに思い至ったヴィーナは全身の肌が泡立つ様な奇妙な感覚をおぼえ、震え声でサレナに問いかけました。


「何かあるけどあたしにも分からないの!何でサレナあれに気付いたの⁈あたしですら気づかなかったのに!」

「何でって普通にそこにあるって…あれ……?」


 当然といった表情で言い返そうとしたサレナも、ヴィーナと同じことに思い当たりました。


「あれ?わたし…なんで分かるの?何も見えないのに、何かあることだけ分かる…。どうなってるの?」


 呆然とした表情でサレナは上を見つめて立ち尽くしました。

 それもそうです。長い事一緒に戦ってきた二人にとって、ヴィーナよりも先にサレナが何かに気づくなど初めての経験だったのですから。

 しかし、本来そんな事ははあるはずがないのです。

 怪物との戦闘に特化したサレナに、索敵に特化したヴィーナ。周囲の情報を入手するのはヴィーナの役目です。全ての情報はヴィーナが入手せねばならないのです。

 サレナの方が先に情報を入手するなどあってはならないのです。


 奇妙な静寂が二人の間を満たしました。


「………ま、いっか。」


 すぐにサレナは考えることをやめました。敵の観測はヴィーナがやってくれます。

 ヴィーナは常に一緒にいるので、わざわざサレナができる様になっても意味はありません。

 そんな事に意味は無いのです。そんなことができても、怪物のせん滅にはなんの意味もないのです。

 意味もない事をする価値は、無いのです。


「ヴィーナ?上にあるのがどんなものか詳しく教えて欲しい。形とか、大きさとか、なんでもいいよ。」

「オーケーだよー。」


 サレナの要求をヴィーナは特に軽口を叩くこともなく受け入れ、自分のヘッドギアに手をかけました。


「さーてと、あれはいったい何なのかなー?解析っと…あれ?解析……んー?」


 ヴィーナが首を傾げます。


「ヴィーナ?どうかした?」

「うーむ…なんか解析出来ないのよね…」


 首を傾げながらヴィーナは自分のヘッドギアをためつすがめつしますがどうやら上手くいかないようです。 


「んー……解析!解析!かーいーせーきー!駄目だぁ。ごめんサレナ。上手くいかんよ…。」


 困ったようにヴィーナは振り返りました。


「解析出来ないってどういう事?何かあるのは確かなんだよね?」

「それは確かなんだよ。なんか変な虹色の砂時計みたいな変なのがあるんだよ。なのに……またダメだ。それだけ解析出来ないのよ。こいつおかしくなっちゃったのかなー?」


 言いながらヴィーナはヘッドギアを叩いたり揺らしたりと、もはや壊そうとするかのように扱いますが、それでも解析出来ません。金属の軋む音が響きます。


「ねぇヴィーナ?わたしが叩いてみようか?こう、杖でガッとさ。そうしたら直るかもしれない。どうよ?」

「そんな事できるわけないでしょ!そんな事よりどうにかする方法一緒に考えてよ…何で解析出来ないよの……。もう…。」


 頬をふくらませたヴィーナがヘッドギアをはたいている音をサレナはじっと聞いていましたが、ふと笑みを浮かべて口を開きました。


「…ヴィーナ?手、貸して?」

「ん?良いけど、どうしたの?」


 サレナがヴィーナの手を借りるのはいつもの事なので、当たり前のように手を貸したヴィーナ。

 しかし振り向くとそこには、杖を振りかぶったサレナの姿がありました。まぁその姿をヴィーナが見られたのは一瞬だったでしょうが。


「そーれっと!」

「……へ?」


 鈍い音がしてヴィーナが吹っ飛びました


「っだぁぁぁあ!!痛ったいなぁもう!何すんだこのやろう!頭吹き飛ぶ所だったぞ!」

「手加減したよぉ!本気でやったら頭どころじゃ済まないってば!」


 微妙にズレた言い訳をするサレナですが、どうやら本格的にヘッドギアが壊れてしまったように見えます。

 火花が散ってます。レンズにヒビが入っていないのがまだしもの救いでしょうか。


「手加減うんぬんの話じゃないんだよ!これほんとに壊れたんじゃない⁈なんかバチバチ聞こえるんだけど!」

「普通の状態で機能しないなら壊すくらいしてみなきゃ駄目でしょ!」

「その理屈が根本からおかしいことに気付け!」

「言い訳無用!ほらやってみろ!」


 仁王立ちで杖の先をヴィーナに突きつけるサレナ。諦めたヴィーナは渋々火花を散らすヘッドギアに手をかけました。 


「はぁ……解析…っと!」


 そうするとなんと、ヴィーナの声に呼応するかのようにレンズが次々に回転し始めました。

 散っていた火花もそれに連動したのでしょうか、段々と光の輪のような形をとり、レンズの周りで回転していきます。


「あ…あれ?おぉ?出来る…距離30メートル。大きさ11.26メートル。6メートルの長さの円錐が頂点を向かい合わせにして重なり、幅0.74メートルの空間を形成。その空間の中心に未確認物体あり。正体は不明。……ね。あれが何なのかは少なくともあたしたちには理解できないってことで間違い無いよ。…というかほんとにあれ何?」

「ふむ…そんなに大きかったんだね。わたしもっと小さいと思ってたよ。後ヴィーナが分からない事をわたしが分かるわけないでしょ?」

「まぁそうか。サレナ戦闘馬鹿だもんね。あたしの方が賢いのも当然のことだね。」

「で、今回はその馬鹿の案が正しかったわけですがその辺どう考えてるの?何か言う事、あるんじゃない?ねぇヴィーナ?ん?」


 上手いことその話題から逃げようとしていたヴィーナでしたがどうやら駄目だったようです。


「………………」

「何か、言う事、あるんじゃ、なぁい?ねぇ?ヴィーナ?」

「……………ぃ。」

「聞こえないなぁ?もう一回大きな声で言ってみよー。」

「ああもう!サレナが正しかったですどうもごめんなさいねぇ!これで良いでしょ!」

「まぁ良いことにしといてあげよう。」


 勝てば官軍とばかりにひたすらに勝ち誇っています。しかし今回はサレナが完全に正しかったのでヴィーナは何も言えません。

 なので強引に話を断ち切ることにしたようです。


「あぁもうこの話終わり!それでサレナ?もっと小さいと思ってたってどう言うこと?」

「?そのままの意味だよ?ヴィーナの観測から考えると…その中心にある正体不明の物体?しかあたしは感知してないみたいね。」

「あー、あれの事ね。あれなんだろうね?ここからだと遠すぎてよく見えないのよ。」


 それもそうです。いくらヴィーナといえども30メートルも離れた小さな物体がどんな物なのかなんて分かりようもありません。

 しかし遠くて見えないからといって放置するわけにもいきません。サレナが何故か感知できた謎の物体なら、調べない選択肢はないのです。


「何とかして落とせれば良いんだけどなぁ…どうしたもんか…。サレナなんか良い案無い?その目解放したらすっごい視力いいとか、ない?」

「あるわけ無いでしょうが…。そもそも外さないから!」


 怒られました。まぁヴィーナの無茶振りはいつもの事ですが。


「でも…もしかしたら叩き落とせるかもしれないよ?杖ぶん投げて当ててみる?」



 と、思ったら。サレナがぶっ飛ぶ杖よりもぶっ飛んだ事を言い出しました。

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