地下の砂漠
歩き歩いて数日、二人は小さな村の跡に辿り着きました。
小さな小さな、まだ人間が生きて繁栄していた時でも100人も人が住んでいなかったであろう村です。小さ過ぎて怪物達の影響も少なかったのでしょう。
二人はしばらくそこで少し長めの休憩を取ることにしました。
「珍しいねぇ…こんなに原型留めてるよ。あの崩壊と怪物もこんな何もない場所までは気づかなかったのかな…?あサレナ危ない」
「え?っおぅっ!」
見事に壁に突っ込んでいきました。ヴィーナの注意は時既に遅しだったようです。
「あらら…壁まで崩れちゃったねぇ。もしかして中に入るのは割と危ないかな?」
「あのね………先に言って欲しかったんだけど…」
「それくらいじゃびくともしてないくせによく言うよ。適当に寝場所でも作っちゃうから待ってて?んーと、うん、その正面に平らなところあるから寝てていいよ。出来たら起こすからさ。」
「んー…そうする…」
芋虫のように這いずってヴィーナの言った場所まで辿り着くと、サレナはそのまま寝息を立て始めました。
それを尻目にヴィーナは寝場所の建設を続けます。
瓦礫を片付け、屋根の状態を確認し、軽く床を掃除して、どれくらい時間が過ぎたでしょうか。
「よっし…完成!サレナ、出来たよー!」
ヴィーナが呼びに行くと、サレナは先程寝付いた所からほとんど動かずに居ました。
「サレナー!寝床出来たから!い!く!よ!」
中々起きません。
「おーーーい!出来たって!」
揺すったり頬をしばいたりして、足を掴んで寝ていた場所の周りを引き摺り回してサレナはようやく起きました。
「眠い……ねぇヴィーナ…。あなたがあっちで寝てわたしがここで寝てれば解決しない…?」
「同じ場所じゃないと危険じゃない?いつ奴等が襲ってきて分断されないも限らないんだし?」
サレナが足を引き摺ってヴィーナが作った寝床に向かおうとした時でした。
「…うわぁっ!ヴィーナ何⁈何したの⁈足がなんかに掴まれて動かないんだけど!」
また見事にサレナがすっ転びました。しかしどうやら自分の不注意ではないようです。
「え?何?あたし今回は悪戯してないよ⁈サレナどうしたの?」
「何かに足引っ掛けられた!え?これ抜けない!ちょっとヴィーナ確認して!わたし
何も見えないんだから!」
「もうどういう事な…の…?何これ?本当にどういう事?何でこんなものがこんな所にあるの…?」
「ヴィーナ?どうしたの?これ何なの?」
困惑しているサレナを放置して、ヴィーナは硬直しました。土を被っていてヴィーナは気付きませんでしたが、サレナが足を引き摺って歩いたおかげで露出したのでしょう。
サレナの足には丸い輪っかが引っ掛かっていました。勝手に出来たものではありません。
足元の地面に固定されたそれは、
「…取手?でも何の?」
「取手?何でそんなものがここにあるの?後とりあえず外すの手伝ってくれる?」
かなり深くはまり込んでいた足を外すのにしばし苦労した後、二人は改めてそれに向かい合いました。
「…で、これは何かという話なんだけど。サレナ何だと思う?」
「分からないけど…取手なら何かを引っ張るためにあるんじゃない?」
「となると…これはいわゆるハッチと呼ばれる物なのかな?」
「だろうね。開けてみる?」
「やってみようか!」
と、簡単には言ったものの、そのハッチを開けるのは中々難しい作業でした。すっかり錆び付いてしまったそれは、力ではどうにもならないレベルでびくともしなかったのです。
結局、
「ッてあぁ!」
サレナが杖でハッチの真ん中に穴を開け、梃子の原理で無理やり蓋を引っぺがすという暴挙に出ることとなりました。
この脳筋め。
「…これでよかったのかな?」
「開いたし良いんじゃない?」
暴挙を正当化した彼らは、ハッチの中を覗き込みます。
開いた先に続くのは長い長い梯子でした。底が全く見通せないほどの深さです。
「高いねぇ…何でこんな物が…」
「降りてみれば分かるんじゃない?ヴィーナちょっと落ちてみようか。」
「んーあたしはちょっと遠慮しておくよほらサレナこそ落ちてみなよほら遠慮しないで」
「いやいやヴィーナこそあなたしか目は見えてないんだからねほらさぁ行ってこい!」
押し付け合いです。みにくいですね。
「じゃあもう分かったよ…。あたしが先に降りるからすぐ後にサレナ続いてね?悪戯しようとしたら引きずり落とすからやっちゃダメよ?」
「はーい了解。それじゃ、降りようか!」
みにくい押し付け合いの末に、二人は同時に降りていくことにしました。荒廃した地上から深い地の底へ、彼らは降りていきます。
降りて
降りて
降りて
降りて
降りて
まだ降りて
まだまだ降りて
もっと降りて
もっともっと降りて
もひとつおまけにちょこっと降りて
足りなかった分はぽんっと飛び降りて
二人は一番下まで降りてきました。普段は自分よりも大きな怪物との戦闘もやすやすとこなす彼等ですが、これは流石に堪えたようです。
「……………………」
「……………………」
声も出ません。ぼーっとへたり込んでいます。
「……………ヴィーナ?生きてる?」
「………………………死んでるぅ…。」
先に口を開く元気が出たのはサレナでした。普段怪物達と正面きって戦うだけのことはあってスタミナ回復も速いようです。
「……………ヴィーナ何か見える?周りに何かある?」
「むぅ……あたしたち二人が寝転べるだけのスペースと…壁と……サレナの後ろに扉がある……。」
「また扉か…」
ヴィーナの示した場所を手で探ると、なるほど取手のような物が手に引っかかりました。しかしこれまた、
「固い……動かん…」
錆び付いて動きません。仕方ありません。
「………んぁらぁっ!っ痛ぁ…」
上のハッチを開けたように、また杖を叩き付けて扉をひっぺがしました。しかしサレナは反動を食らって尻餅をつきます。
「あー…ヴィーナ何か見える?扉の向こう何かあるかね?」
「………う?」
「……扉の向こう…何があるー?」
「…………うーん…」
ヴィーナは寝ていました。そういえば、ヴィーナはサレナが寝ていた時でも寝床作ったり周りの片付けをしていたりと寝ていませんでした。
それならば今寝ていても仕方ないのでしょう。
「あー…わたしも寝るか…。」
サレナもヴィーナの隣に横になりました。扉の向こうの探索はヴィーナが起きるまで出来ません。というわけで、ヴィーナが起きるまでサレナも寝る事にしました。休息は大事です。
「……んーっ…あれ?あたし寝てたか…おーいサレナ!起きて!」
「…んぁー?ヴィーナおはよー……そう言えば扉の向こうって結局何があったー?…」
「扉の向こう…?」
寝入っていたせいでサレナの要望は聞いていなかったヴィーナは、そこで初めて振り返りました。錆び付いた大きな扉の向こうにあったものは、
「………は?」
ヴィーナは思わず間抜けな声をあげてしまいました。だって、そんなものが本来こんな所にあるはずがありません。地下の奥深く、陽の光すら満足に届かないのです。それなのに、
「…………砂漠?」
ヴィーナの目の前に広がっていたのは、妙に砂粒が白っぽい事を除けば、誰が見てもそう答えるであろう、砂漠でした。
「砂漠?ヴィーナはまたまたそんな冗談を…うわほんとだ。本当に砂漠だ。」
扉の向こうの地面を触ったサレナは、そこから返ってくる感触が砂のそれである事を確認しました。
「サレナ、行こう。何があるにせよ警戒を怠らないでね。何があるのかまるで分からないんだから。」
「行くのね了解。しかし足場悪いなー…踏ん張り効かないや。」
ヴィーナはヘッドギアに手をかけ、サレナは杖を握りしめ、二人は地下の砂漠に踏み出しました。
踏み出したヴィーナは、程なく気が付きます。
「この砂…光ってる?」
白っぽいと最初思っていたのは、砂粒一つ一つが全て淡く発光していたからでした。一つ一つはそこまでの明るさではありませんが、無数に集まればそこそこの明るさにはなります。
「ここ……何なんだろう…?」
ヴィーナが砂の様なものを弄びながら考え込んでいると、唐突にサレナから鋭い声が飛んできました。
「ヴィーナ!上に何かある!確認して!」
見れば、さっきまでのんびり歩き回っていたサレナがいつの間にか頭上に杖を構えて上を見上げていました。いえ、サレナは見る事はできないので顔を上に向けているだけなのですが。
「上?あたしは何も感知してないけど…。」
訝しげに見上げたヴィーナのヘッドギアに付いたレンズを通して目に飛び込んできたそれは、何とも奇妙なものでした。
向かい合って少し重なった円錐形、としか表現出来ないよく分からないそれは、ゆっくりと回転していました。
灰色や黒など全体的に地味な色をしている二人とは対照的にその何かはやたらとカラフルな虹色をしています。
そして、それが重なった間には何か小さな物が浮いている様でした。
ぽかんと口を開けて暫く硬直した後、ヴィーナはつぶやきました。
「………………何あれ?」
あの時嘘ついてでも何も無いって言っておけばなぁ………。
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